第11話 森のくまさん

 森の入り口で新しいソナーを放ち、【地図】を開く。

 いくつか光源が出現し、猪も見つかった。


 先の今とで何もしていない内に上達したと知らせるのもどうかと思い、3人の補助に努めることにする。


 まずは仕留めた野鳥の血抜きをするために、川を目指すことになった。

 道中で猪や他の生き物の痕跡も見落とさないように、簡単なレクチャーを受けた。



 川原に着くとエリックが【収納】から野鳥を取り出し、手分けして頭を落としていく。

 足にも切り込みを入れ、脚を紐で縛り、木から吊して血抜きをする。

 落ちる血はダンが持ってきた桶で受け、抜けきったところで川に流した。


 血が抜けるのを待つ間に石でかまどを作り、湯を沸かす。

 鍋も薪もダンが用意していた。


 沸いたところに水で埋めて温度を下げ、肉が固くならないように気を付けながら羽根を抜いていく。


 解体用のナイフを取り出したエリックが、手際よく内臓を取り出し説明してくれる。

 元の世界の本やネットの情報とほぼ同じだったが、心臓の周りに薄ぼんやりと光る臓器があった。


「これが魔核だよ。マナの制御をしている」


「赤ん坊はもとより、小さい子どもじゃ発達しておらん。空気や食事に含まれるマナを処理するので精一杯で、大人でも魔核を飲み込んだりして過剰にマナを摂取すると、中毒を起こしてぶっ倒れちまう」


 狩りを生業にしているだけあって魔核に触れる機会は多いのだと、エドガーが捕捉してくれた。ダンは薪にする木を持ち帰るため切り倒している。


「魔核はマナを貯めてもいるから、魔法を使うときの補助として使うことも出来るんだ。きちんと処理すれば腐ることもなく、マナを放出しきるまで使えるし、いい小遣い稼ぎにもなるんだよ」


「魔核を傷付けちまうと、貯えられていたマナが暴走して、下手すると爆発しちまうんだ。だから食糧目当ての場合は、心臓付近は避けなきゃならんし、槍や剣で突き刺して抜けない場合は、どんなに愛着があろうと離れなきゃ爆発に巻き込まれちまう。──ほれ、1羽やるから捌いてみな」


 エドガーから血抜きの終わった1羽とナイフを受け取った。ナイフはダンから預かった物で、そのまま貰っていいと言う。

 エリックの手付きを横で見ながら、真似して捌いていく。

 魔核に近いところはエドガーも見ていてくれた。


 見てくれは悪いが、ある程度、形になったのはダンの用意してくれたナイフのおかげだと思う。

 元の世界で愛用していた包丁よりも数段切れ味が良かった。


 魔核の処理も教わり、自分が捌いた分は記念にと頂けることになった。

 他のものより魔核が大きかったのは、エドガーがそう思って選んでくれたからだろう。


 一通り捌ききったところで、エリックが【収納】し、ダンが戻ってきたところで昼食にした。


 木を切り倒したおかげで、周囲の動物は距離を取ってくれていた。

 切り倒した木はダンが【収納】してあり、後日リナの家の裏で出して、十分に乾燥させてから薪にしていく。


 昼飯は現地調達かと思いきや、森で調理すると匂いが出てしまい、大人しい動物は逃げ、腹を空かせた獰猛なやつは近付いてきてしまうからと、リタが用意したお弁当を頂いた。



 昼食後、エリック先導のもと、森の奥へと進む。

 更新した【地図】でも猪の位置へ向かっていて、猟師としての力量を感じさせられた。


 猪が近付いてくると、木の根元あたりに身体を擦った痕跡が見られるようになり、自ずと緊張感は高まってきた。



「──いた」


 エリックが肉眼で猪を見つけ指を指す。指し示す方向、視線の先を追ったが見えなかった。

 これまで裸眼の生活で、視力は良い方だと思っていたから少々落ち込んだ。


「んじゃ、手筈通りに」


 ダンの合図で、エリックは単独で猪の反対側に移動。

 エドガーと2人で猪の手前で下草を結び、ダン手製の虎バサミを落ち葉の下に隠して罠地帯とし、鉈を取り出し脇の茂みに身を潜める。

 罠地帯を挟んで、メイスを持ったダンが猪を待ち構える。


 エドガーが小さな【照明】で数回点滅信号を送ると、エリックが矢を放ち目標の後肢を掠める。


 威嚇用の矢羽根を付けた矢の風切り音と、鋭い痛みに驚いた猪は一目散に罠地帯へ向かい走り出す。


 ダンが視界に入っただろうが、邪魔するものは蹴散らさんとばかりに速度を上げた。


 下草の罠は功を奏さず、虎バサミも外れた。

 エリックの通常矢による追撃が右太股に刺さり、大きく勢いを殺がれてダンの前に躍り出た。


「ぬああああああぁっ!」


 気勢とともに、下顎から打ち上げるようにメイスを振り上げ、返しを脳天に叩き込む。

 骨の砕ける音とともに、地面と肉がぶつかる音が鼓膜を震わせた。




「相変わらずの馬鹿力だな」


 感心したような、それでいて呆れたような面持ちでエドガーが茂みから姿を現す。


 二の腕に力瘤をつくって見せ得意気なダンは、猪の後肢に刺さった矢を抜き取り、合流してきたエリックに投げ渡した。


「120kgってところか。大物だな」


「ああ、片付けてさっきの川原へ戻ろうか」


 ダンの見立てにエドガーが同意する。


 【収納】がなければ、この場で捌くことになったのかと思うと、魔法の存在が非常に有り難い。



 結んだ下草を払い、仕掛けた虎バサミを回収する間に、ダンが獲物を【収納】していた。


「父さん、威嚇矢が見つからないんだ。手伝ってくれないか」


 矢を回収しに行ったエリックが渋い顔して戻ってきた。


 エリックに撃ち掛けた場所と、射角を聞きながら皆で探す。


 虚子を使った【地図】を開いて矢を捜すが、落ち葉や木の陰に入ったか、それとも単純に遠いのか見付けられなかった。

 脳を酷使しているのだろう、やはり頭が重くなる。


 矢が飛んだ先と思われる場所へ更に進むが、10分程のところで、エドガーに呼び止められた。


「これ以上は進めん。熊の爪痕がある。縄張りに入っちまったら、矢や猪どころじゃなくなっちまう」


「しゃあねぇ、女将さんには俺から話しておいてやるから、引き返そうや」


 太目の木の幹に付けられた爪痕──マーキングの高さと大きさから、体躯は2mはあるだろうとのことだった。



 来た道を引き返し、野鳥を捌いた川原まで戻る。

 さっきは気にしなかったが、この辺りで狩りをしたときには血抜きや解体でよく使うんだそうだ。


 改めて見ると、相当大きい。


 エリックよると、普段、猪を獲るときは罠で数日掛けるというが、せっかく掛かってもゴブリンに横取りされるかもしれないので、罠を仕掛けることは出来なかったという。

 食肉用となれば魔核を避けるため、胸を狙うことが出来なくなり、なるべく傷を付けないようにしようとすると頭狙いになる。


 鹿などは首が長く、皮も厚くないので喉を狙えるが、猪は首が短い上に、地面に近く、皮も厚いと、弓で打ち抜くことはほぼ不可能。


 強力な突進力をもつ相手に、真正面から頑丈な頭骨をぶち抜ける武器・力が必要となるため、ダンがいてこその手法だ。

 おい、そこ、ポーズをとるんじゃない。


 血抜きの間、エリックといろいろ話した。

 口数が少ないと言っていたが、人見知りなだけじゃないか?

 それとも獲物をとった後だからだろうか?


 茶髪・茶眼の父親とは違い、金髪のため日射しが強いとキラキラ反射して、獲物に見つかることもしばしば。

 短く刈り込もうとしたが、「母親似で綺麗じゃないか」と父親に言われ、母親も残念そうに見るし、妻のリザにも大反対を受けたので諦めた。おかげで狩りの時はフードが手放せないという。


 歳は17になったばかりで、リザは20。3つだけだが姉さん女房だ。

 自分よりも一回り下の子が家庭を築いているのかと思うと、感慨深いものがある。


 元の世界の生徒たちと同い年なんだ。

 片や人にものを教えられるほどの技量をもち、家庭を支える大黒柱。

 片や親の庇護の元、将来の展望もなく、駄欲を貪る自称上級国民候補生。

 離れてしまった生徒たちに見せてやりたい景色が出来たと思うも、今や叶わぬことだと思い至る。


「コイツ、おそらくさっきの熊とやり合っているな」


 血抜きを終え、解体し始めたエドガーが、毛皮に残った疵痕を見て言った。


「あのまま進まなくて良かったじゃねぇか。女将さんにも申し訳が立つわな」


 自分たちの行動を肯定する要素が増えたと安堵するダン。


 解体が進み取り出された魔核は、野鳥のものとは比較にならない程大きく、光り輝いていた。


「でけぇな」


「ああ、いい“魔石”だ。ちょっと待っていろ」


 手早く丁寧に処理していくエドガー。


「歳を重ねた魔核はマナの純度を高めて結晶になるんだ。それを“魔石”って呼んでいる。市に出すなら、値段も小遣いレベルじゃないよ」


 横で見ていたエリックが解説してくれた。


「ほらよ。今日の一番の功労者に相応しいだろう」


「いいのか?」


 投げ渡された魔石に戸惑うダン。


「そう思うなら、何か良い物を作ってくれや」


 軽口を叩きながら、エドガーは解体作業に戻る。

 ひと段落したところで、鼻から縄を通して流されないように木に結びつけ、川に晒して仕上げの血抜きをする。

 流水で野趣深さも和らぎ、温度も下がるため腐敗の防止にもなるそうだ。


 夕暮れが近付く中、一通りダンが【収納】し、帰路に就く。


 空いた時間を見つけては、薪にするんだと木を倒していたダンだったが、手当たり次第というわけではなく、倒れそうな枯木や密度の高い場所の矮木など、間伐をしていたことに気付く。


 森を守る作業に対し、狩人のエドガーがその意味に気付かない筈もない。

 魔石の報酬はその感謝でもあったのだと思い至った。

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