第10話 筋肉は裏切らない

 リナの家で世話になりながら魔法の練習・検証を行う日々の中で、ダンに防具を修復してもらった。


 はじめは複雑な表情をしていたが、ポツポツと亡くなった親方との思い出話をし始め、やがて吹っ切れたように、作業に掛かってくれた。


 元々ダンが形見分けで貰うつもりだったが、サイズが違いすぎて打ち直しの規模が大きくなる上に、元来の機能美を失うかもしれなかったこともあり、リナが管理することになっていた。

 工房と親方の忘れ形見を頂いたからと、自分に言い聞かせて泣く泣く諦めた。


 リタを射止めるために、力強くなろうとして鍛え続けた結果、身体が大きく成りすぎたのが裏目に出てしまったらしい。


 他の弟子たちもダンの泣く姿に気勢を殺がれ、防具一式はリナに一任する事にして、それぞれが得意とする分野の道具を形見分けに貰って、各地に散って行った。


 親方はドワーフ族で背丈は小さかったが、力は強く、平常時と力を込めたときとで腕や脚の太さが大きく変わるため、動きを阻害しないような造りになっているのだという。

 揃いで拵えていたことと、手を加えるなら自分がという思い、ゴブリン討伐まで時間があることもあり、手甲と鉄靴も直してくれることになった。

 サイズが違いすぎて諦めていただけに、とても有り難かった。


 因みに、未だかつてリタにはケンカどころか腕相撲でさえ勝ったことはないと、魂の汗を浮かべながら語ってくれた気がしたが、夜も更けてきていたし、魔法の練習疲れもあり、きっと聞き間違え、見間違えだろう…。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 リナから四大属性と【回復魔法】のレクチャーを受け、1週間ほど経った頃、リザが女の子を出産した。

 母体には産後に魔法が使えるため、思い切ったことが出来るらしく、初産だったが産婆が到着してから産声が響くまで30分と掛からなかった。


 生まれてきた子どもと母親へのお祝いに、宴を開く慣習があるという。

 村人たちへも振る舞うので、多めに肉を調達するべく、丘の上の麦畑から森にかけて狩りをしに行く。

 狩りに参加するのは生まれた子に連なる面々。

 リザの夫で狩りを生業としているエリック、その父で同じく猟師のエドガー、そしてダンだ。

 狩りが苦手な家系であれば農作物や、売買で手に入れた物で賄うそうだ。猟師の稼ぎ時でもあるらしい。


 リナに養われているような状態で、ダンにも防具でお世話になっている。

 魔法の練習も進み、実地運用での問題点を確認したいこともあり、狩りへの参加を申し出た。


 リズも来たがっていたが、料理を手伝うようにと、般若宜しくリタに気圧され、泣く泣く諦めた。実際泣いていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 丘の上は一面金色だった。

 初めて訪れたときは日も暮れていたし、気にする余裕もなかった。

 今では首を垂れた小麦が、収穫が間近だと教えてくれていた。


「この様子だと祝いの翌日にでも、収穫し始める事になりそうだな」


 ダンの声に無言で頷く親子。

 狩りのときに獲物に気付かれないよう、口数は多くないと出発前に言っていたが、そのフォローをしたのもダンだった。

 このままだとダンだけが喋っていそうだ。


 ダンの解説によると、小麦を狙う虫を狙う雉などの鳥がいるかもしれないが、それらを狙って狼が潜んでいるかもしれないため、無理して狙うことはしない。

 本命は森の実りを狙う猪だそうだ。大きいものがいれば、その一頭だけでこと足りるという。


 あって困ることはないので、見つけ次第無理をせずに狩るという、積極的かつ消極的な方針が打ち出された。


 森へ向かい進みつつ、【地図】を頼りに鳥の気配を探る。


 マナソナーには幾つもの反応があり、大きいものを選んで位置を特定していく。

 ソナーに感づかれたのか、数羽がタイミングよく飛び立った。


 ──一方的に位置を把握出来るわけじゃなさそうか。


 自分も周囲からのマナを受動検知出来るのだ。


「トモー、もう少し殺気を抑えた方がいい」


 エドガーの指摘にエリックが頷く。ダンはよく分かっていない。


「気持ちがマナに乗ってしまっているから、勘がいいものにはすぐ気付かれてしまうね」


「すみません」


「構わんよ、積極的に狩りに参加しようとしてくれているのが伝わってきた。倅たちのために、有り難いことだ」


「もう一度、試していいですか?」


 無言で頷く親子。ダンはニヤニヤしている。


 マナをより薄く、弱く、ソナーとして成り立つミニマムに設定。

 感付かれるより早く通り過ぎるように最速に設定。

 獲物たちに影響しないように、自分たちのすぐ周りだけでソナーを飛ばす。


「さっきよりは良くなったが、手負いや子育て中で気の立っているものは、さらに敏感になっているから、其奴等には気付かれてしまうな。敵と認識されてしまえば逆に襲われてしまうぞ」


「精進します」


 ぼくのかんがえたさいそくが、最速ではなかった件。


 野鳥を仕留めながら森へ向かう。

 親子は度々立ち止まり、二言三言交わしたと思ったら、エドガーが石を投げ入れ、飛び出したところをエリックが弓で打ち抜いた。

 麦畑に落ちた獲物を、メイスを持ったダンが拾いに行く。


 撃った獲物は首を貫かれ、即死していた。

 森に着いてから血抜きをすると、すぐにエリックが【収納】に仕舞い込んだ。


 エリックは首か翼を的確に当てていた。

 胴に当てると肉が傷むこと、間違って魔核を撃ち抜いてしまうと駄目になってしまうことをダンが解説してくれた。

 狙いやすくするために、石を投げ込んで敢えて飛び立たせているという。


 何度か繰り返すうちに森に近付いてきた。

 森の中では影響が大きいので、道中考えたソナーの解決策を試してみる。


 ………。


 先行する親子は振り向かない。ダンは鼻毛を抜いていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 コウモリなどは超音波で彼我の位置関係を捕捉する。相手が超音波を感知できなければ一方的に捕捉出来たことになり、俄然優位になる。

 同様にハチの目やヘビのピット器官は紫外線、赤外線を認識出来る。


 相手の認識できない刺激を利用することの優位性は、特異な受容器をもつ生物が数多く存在することが証明している。


 イヌなどの敏感な嗅覚もまたそうであるし、我々ヒトをはじめとする霊長類の視覚、色覚視、明暗視、距離視をすべて備えた目も優れた受容器であり、進化の過程で残った利点と言える。


 ここにマナが加わった。魔核は他の生物にもあった。

 マナを変質させ、他に認識されない刺激と受容器をと考えたが、相手がたまたま同じ受容器をもっていればどうか。

 もしかしたら既存の受容器で認識できてしまえるかもしれない。

 カミオカンデな生き物がいたらどうするか。


 堂々巡って行き着いた先は、この世にないものを利用すること。

 数学者の言葉遊びから生まれた概念。

 負の数の平方根、掛け合わせることで負の数となる、自然界には存在しないモノ──虚数。


 マナを1Mとし、虚数に分解する。


 1M=-1Mi×1Mi


 虚数単位の付いたマナに、通常のマナに反応して揺らぐ性質を与える。これを用いてソナーの要領でパスを飛ばす。


 先行波が目的範囲に到達した時に後続波が追いつき、虚数を打ち消す。

 負のマナが現出するので符合を変えた2波が更に追いつき、正のマナとなって相殺する。

 相殺されたマナがどれだけ揺らいでいるかで影響を逆算し、【地図】へ落とし込んでいく。


 虚数界を進むマナは自然界のマナの揺らぎを受けるのみで直進性は高く、最終的なマナ収支が0になる様にしているためマナの消費も低い。

 物理的な障害物の影響を受けないため、透過型としても使える。

 ソナーの進行速度もより速くなった。


 3人の反応から原理は完成したと見ていいだろう。

 ソナーに使う虚数単位付きのマナを“虚子”と呼ぶことにする。ホトトギスは関係ない。


 【地図】の課題が幾つか解決出来た。


 多少頭が重たくなったが慣れるまでの辛抱だと思いたい。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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