第9話 魔法使いに大切なこと

 リナに教わった魔法は【火魔法】、【風魔法】、【水魔法】、【土魔法】の四大属性と呼ばれる魔法に加え、【回復魔法】だった。


 【ファイヤボール】や【ファイヤストーム】といった種類はなく、本人がどんな形で魔法を形成するか次第だそうだ。

 このため細分化はされておらず、大きな系統で括っているだけらしい。



 魔法はイメージする力が強いほど、正確に発現することが出来る。

 イメージする現象が現実世界での現象に沿うほど正確性や威力は高くなり、マナの消費量も少なく済むという。


 例えば【水魔法】で水球(【ウォーターボール】)を作る場合、

1.水源からそのまま。

2.水源から水(H2O)を抽出する。

3.空気中の酸素と水素、水分(H2O(気体))をかき集める。

4.無から水を生み出す。

1から4の順でマナの消費は大きくなっていく。


 砂漠よりも海辺の方が水球は作りやすく、砂漠では3番のイメージがしっかり出来ていないと、4番を実行する事となりマナの消費が増えてしまうということだ。


 4番は質量保存則が身に付いてしまっているため、不可能だと先入観がはたらいてしまい、はじめは魔法発動に至らなかった。

 マナを不思議物質として、水に変化するイメージをもつと発動には至ったが、聞いていたとおりマナの消費は激しかった。


 しかも数分経つと桶に入れた水は綺麗サッパリ無くなっていた。

 リナ曰く、マナから作り出した物質は術者のマナの供給がなくなると、自然のマナへ還元されてしまうという。

 マナの形態変化だけでは、元に戻ってしまうため、砂漠の水不足は【水魔法】ではなく、【収納】頼りになるのだ。


 【火魔法】の火球など、対象に燃え移らなければすぐ消えてしまうため、眼眩まし程度にしか使えず、反対に燃えやすいものがあれば、下手をすると火事に発展する。

 大気を操作するだけの【風魔法】の方が、マナ消費が少なく勝手がいいので、真っ先に覚えることになるのだという。


 しかもマナの水は飲用に適していない。マナそのもののため妊婦・乳幼児はもとより、成人でも体調を崩し、下手をすると死に至る。所謂マナ中毒だな。

 水源や大気から水を取り出す場合は、物質としての水が存在しているため、マナの影響さえ抜ければ飲用可能だ。一晩放置すれば充分だという。



 如何なる環境でも飲料水が確保出来ることを目指し、試しに石ころから中性子、陽子、電子を分解して取り出し、16-8酸素と1-1水素になるよう再構築。

 化合して水を作り出すイメージをしてみたが、見事に水素爆発を起こしてリナに新魔法の誕生かと騒がれた。そっちじゃない。


 吹っ飛んだ衝撃で身体を強かに打ち付け、マナ消費の比較どころではなかった。


 肋骨に罅が入ったようで、これ幸いと【回復魔法】の講義の後、自分を実験台にして練習する事になった。お陰で新たな発見もあった。


 元素の再構築後、反応後の形までイメージしていくと、爆発を回避することが出来たが、マナの消費は無から生み出すほどに激しかった。


 ふと思い立ち、原子分解するのに必要なエネルギーをマナで先払いし、水素爆発で発生するエネルギーをマナへ置換すればどうか。

 エネルギー収支のイメージを追加しただけで、驚くほどマナの消費が少なくなった。


 マナは前借りが出来る。


 新たな発見に心を躍らせ、石ころの原子分解過程も見直してみる。


 何もすべて分解しきる必要はないのだ。中性子と陽子が8個ずつになれば酸素だ。電子は自ずとついてくる。水素は陽子1個。

 石ころを構成する物質から、ケイ酸塩に含まれる酸素はもとより、28-14ケイ素から酸素分の中性子と陽子を取り出し、残りから水素となる陽子だけを単離していく。

 さらに残った中性子はβ崩壊を起こして陽子になり、新たな水素へ。崩壊時に発生する物騒なエネルギーはマナに置き換える。


 さらにマナの消費を抑えることに成功したが、この世界の物質比を破壊しそうなので、使用は極力避けようか。


 これが太陽を手に入れた気分なのか、言い知れぬ不安感が広がっていく。誰かに教えることはできないな。


 リズがポーっと見ていたが気づかない振りをしておいた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 マナを感じられるようになり、生活魔法も検証していくことにした。


 風呂焚きで【着火】の練習をする。

 試しに薪にマナを伝わらせ、薪の先端から【着火】が出るように念じてみる。

 火種がポンと出て薪の先端から燃え始めた。


 薪を空気の棒に置き換え、マナで包み込んでいく。マナの風船の先端で【着火】が出来るのを確認し、マナのパスが魔法の発現前に形成されたと思い至る。


 マナの風船を糸に変え、より細く長く延ばせるように練習していった。


 リナに協力を願い、薪を持ってもらう。反対側を握り、中程で【着火】出来るか試す。

 案の定、火は点かず、リナが手を離してパスが切れると【着火】出来るようになった。


 【着火】点にはパスの繋がりが必要であり、パスで繋がる──所有物であれば、直接【着火】されることはないことが確認できた。



 【照明】にも応用でき、より高い場所や狭い場所で光源を発生させることが出来るようになった。



 【収納】にも応用できるかと、薪を離れた場所に置き、パスを繋げて試してみたが、手引書にあったとおり、触れていない状態では駄目だった。


 薪を手に持ち、薪同士を接触させながら【収納】してみるが、手持ちの薪のみが【収納】された。


 数本の薪を縄で纏め、その内の一本を触りながら【収納】すると、すべて収納された。

 ひと纏まりの単位として認識できていれば、個々に対して直接の接触は必要無さそうだった。


 工房にあったグローブを拝借し、グローブ越しの【収納】は成功したが、リナの杖越しは本人であっても成功しなかった。

 念の為、靴越しに足で【収納】を試すと成功したが、肘や膝では駄目だった。


 手袋や靴は肉体の一部と認識されている様で、おそらく義手も大丈夫なのだろう。

 同じくらいに使い慣れた杖では駄目だったので、その人の精神体の形に紐付いているのかもしれない。


 事故や病気で身体の一部を失った人が、無くした部位に痛みを感じる幻肢痛は、精神の形と肉体の形の齟齬に因るものと言われることがある。この精神の形が【収納】の判定基準だと思えた。



 マナを感じ、操ることが出来るようになって変化が顕著だったのは【地図】だった。


 五感を研ぎ澄ます鋭さが上がり、これまでぼんやりと感じていた気配が、マナの解釈が増えたことで、鮮明に像を結ぶようになった。

 視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚に加え、“魔覚”として六感に位置づけると、さらに鮮明になった。


 周囲にある情報を、感覚を澄ませて集める受動検知がこれまでのやり方だった。

 反対に此方から積極的に情報を集めていく能動検知が出来る気がした。


 試しにパスをソナーの様に薄く広く飛ばすと、周囲の形状を鮮明に感じることが出来た。

 更にイメージを深め、3Dスキャナーの様に走査し、鮮明な外形像を得る事も出来た。

 走査が出来るなら透過もと試してみたが、マナの消費が激しく、全周囲は不可。

 折り合いが付いたのは、触れられる建物にマナを伝わらせ内部スキャンするといった、範囲を制限し、指向性持たせたものだった。


 妨害があれば、高密度のマナがあると判るため、生き物の位置を特定することも出来た。

 受動検知も能動検知も、いずれもマナの練度が上がれば、精度・範囲とも高まりそうなので、積極的に使っていこうと思う。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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