第8話 あなたが神か

 昼からは魔法を習い始めた。

 3人で裏の空き地に腰を下ろす。


「【照明】は使えるんじゃったな。マナを感じ取ることは出来とるかの?」


「使用後に多少の怠さは感じました」


「出した後の【照明】の明るさを調整することは出来るかの?」


「試したことがないので」


「ふむ。【巡廻】からはじめておこうかの。両手を出しな。リズも一緒にやるぞ」


「はーい」


 リナが右手を取り、返事をして掛け寄ってきたリズが左手を取る。

 リナは握っていた杖を置き、空いた手でリズと手を取り合って3人の輪になった。

 リズは何故かニマニマしている。


「今からお前さんの右手からマナを流していく。マナを感じ取れたら、それをリズに流してみてくれ。リズはトモオからマナを感じたら、ワシへマナを流すんじゃ。──じゃあ、はじめるぞ」


 目を閉じて右手に意識を集中する。

 リナの手の温もりとは違う、ぼんやりと温かみを感じ始める。

 この温もりを身体に巡らせていくイメージを浮かべる。右手から右腕、胴、頭、残りの三肢へ。


 イメージを固める間も右手の温もりは高まり続ける。

 心拍を意識し、熱の伝わりに血流のイメージを追加する。

 静脈から心臓へ、心臓から肺を通り再び心臓へ。そして全身へ──。


 二つのイメージが重なった瞬間、右手の温もりが消失し、全身に温もりが広がりきった。

 リナから送られてきたマナが全身を巡った。


 次はこの温もり──マナをリズに流していく。

 左手を意識し、リズの手の温もりを感じる。

 この温もりに全身の温もりを重ね、馴染ませていく。

 マナを感じ取ってくれたのか、左手の温もりが薄くなっていく。


「思いの外、早く馴染んだの──。そしたらゆっくり鎮めていくぞ。魔核のある胸にマナを集めるよう意識するんじゃ」


 鼓動の高まりを鎮めるように深呼吸する。

 全身に広がった温もりを胸に集める。


 幻想するのは寒冷地。

 体表の毛細血管が収縮し、四肢への流量が減り、脳と心臓を守る血の流れをイメージする。

 すぅっと熱が引き、平常に戻っていった。



 目を開くと、リズは真っ赤になっていた。

 女の子としてダメな顔をしていたので、見ない振りをする。


「こちらも見事じゃな。適当に【照明】を使うんじゃ」


 言われるままに納屋で使ったときと同じ【照明】を出す。


「マナのパスは感じるかの? より明るくしてみるんじゃ」


 再び目を閉じて意識してみるが、パスはよく分からなかった。


 やるだけやってみようと、そのまま明るくなるように念じてみる。


 LED照明の明度調整ボタンを押して、リモコンから赤外線信号が出ていくのをイメージする。

 【照明】が明るくなるとともに、赤外線のイメージが糸に置き換わり、まるで風船のように感じられるようなった。


 今度は糸を手掛かりに、マナを胸から【照明】へ送り込むとさらに明るく、逆にマナを引き揚げさせると暗くなった。


「パスを感じられるようになったようじゃな。マナのパスは持ち物との間にも繋がるんじゃ」


「【収納】出来る物はパスの繋がった物だけというわけですか」


「察しがいいの。その通り【収納】にもマナのパスは関係していて、【収納】の可否だけじゃなく、パスが強いほど入れておける時間も長くなる」


「弱いとパスが切れてしまい、【収納】から勝手に弾き出されることもなく、マナに還元されてしまうと──」


「お前さんは本当に話が早いのう。涎垂らして居眠りしているリズには、些か勿体ないわい」


 感心した様子を見せながら、隣で船を漕ぎ始めた孫娘を窘める。

 妙な既定路線が伝わっているのは気になったが、藪蛇になりそうだったので流しておいた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 日が傾き、影が長くなった頃、ダンがやってきた。


「女将さん、お疲れ様です。周りの村々と協議して、ゴブリンの討伐はひと月後、刈り入れの後に行うことになりました。北の村の家畜も全頭健在で、見回りを強化しておくとのことでした」


「そうかい。当面森に入るのは男のみじゃ。エリックらには、狩りの際には鏃をなるべく回収すること、ゴブリンの痕跡にはくれぐれも注意するように伝えとくれ」


 今後の方針の報告を横で聞きながら、魔法やこの世界のことを学ぶ猶予があることに安堵した。


「わかりました。暫く工房をお借りすることが増えますので、ご迷惑をお掛けしますが宜しくお願いします」


「そう思って、トモオに薪割りしてもらっておる。礼代わりに工房に置いてある防具一式使えるようにしといてくれ」


「お安い御用です。トモー、後で寸法採らせてくれ」


「宜しくお願いします」


「あと、今日からウチに泊まって貰うことにしたから、リタに伝えといてくれ」


 衝撃の事後承諾──。


「分かりました。リザも出産が近いですからね。ウチとしても助かります。──それでは失礼します。リズ、帰るぞ」


「えっ、はーい。トモーさん、お婆ちゃん、また明日ね」


 去り行く2人を見送り、リナとともに家に上がる。


「それじゃあ、風呂の用意をしてもらおうかの?」


「風呂があるのですか?」


 事後承諾どころか拒否権さえなかった。


「世話になった“渡り人”が好きでな。一度試してみたら、ワシも気に入ってしもうたんじゃ。工房の窯の余熱も使えるしな」


 工房の裏手の区画に案内されると脱衣所の先に浴室があった。

 かつての職人たちが一度に複数入れるように、大浴場と言えるほどの湯船が鎮座在していた。


 ──神はここにいた。


「感動しとるところ悪いんじゃが、隣に風呂専用の窯があるから、火を焚いとくれ。工房奥の納屋に繋がっとるから、そこの薪を使っとくれ」


 そもそも文句はなかったが、先の薪割りが風呂にも繋がっていたとは、リナの慧眼には恐れ入る。


「ワシは此処で水を用意しとるから、早く湯に浸かりたければ、さっさとすることじゃ」


「ハイ! 喜んでッ!!」


 リナが輝いて見えたのは【照明】のせい。

 暈けて見えたのは魂の汗のせい。

 そうと分かっていても、リナの神々しさは崇拝に値した。


 この世界で生きていく覚悟が固まった日だった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ママに言われてトモーさんと一緒にお婆ちゃん家に行くことになった。


 着くなり2人で話があるからって、マナを練っているように言われたけど、午前中ずっとだった。


 記録更新だよぅ。


 午後から漸く魔法の練習が始まった。


 魔法を使える人にマナを身体に巡らせてもらって、マナを感じ取る【巡廻】からだった。

 キホンのキだね! トモーさんもアタシと一緒に頑張ろう!


 ──ウソッ? 早くない!?


 お婆ちゃんがトモーさんにマナを流し始めると、すぐにアタシに向かってマナが流れ込んできた。


 アタシ1週間掛かったんだよ?

 きっと年の功だ。【照明】も使えるし、なんだかんだマナの使い方が判ってたんだ。


 それにしても、トモーさんのマナ、温かいなりぃ…。魔核のある胸も、お腹の辺りもポカポカしてくる。

 頭もポーッとしてきたよぅ──。



 ──。



 目を覚ますとパパがいた。ムサい。


 明日からもトモーさんと一緒に魔法の練習が出来る。そう思うと目覚めの不快感は我慢できた。


 ──衝撃の展開。

 トモーさんは今日からお婆ちゃん家に泊まるって──。


 夜な夜な既成事実を作ることは難しくなったけど、お婆ちゃんはアタシの味方だもん。


 一緒に修行する2人、互いに意識し合い、高め合いながら、いつしか──。


 お婆ちゃん、ぐっじょぶ!



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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