第7話 武器や防具はもっているだけじゃダメだ!
翌朝、起きたときにはダンはもう家を出ていた。
湯桶を返し、朝食をご馳走になる。
「リズはお婆ちゃんのところへ魔法を習いに行くのよね? 一緒にトモーさんを連れて行ってあげて。お爺ちゃんの使っていた旅道具で、使えるものがあるかもしれないから、見てもらってちょうだい。
「そんな、悪いです」
今後の話をする前に、先に話を切り出されてしまう。
「気にしないで。形見として後生大事に残してボロボロになるのを待つより、必要としてくれる人に使って貰った方がお爺ちゃんも喜んでくれるわ」
あまり固辞するのも失礼かと思うが、昨晩のやり取りが警戒感を誘う。
しかしゴブリンとの戦いに参加するにしても、武器になるような物や道具類は必要だ。
その後に旅立つにしても、今貰っておいて損はないだろう。
リズに魔法を教えたというお婆さんにも興味があった。
「何から何まですみません」
「一応、お婆ちゃんには確認をとってね」
パチンとウインクするリタには、すべて見透かされているような気さえしてくる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
リズの祖母の家に向かいながら、村の様子を観察する。
直径2km程の外周は簡素な柵で囲われ、中央には教会があり、周囲には家屋が20戸程点在する。
その内の幾つかは倉庫や厩舎のようだった。
民家の造りは煉瓦だが、倉庫や厩舎は木造だった。
家屋から柵までの間に、野菜の育てられている畑があり、若い実りをもたらしていた。
途中、雑貨屋に寄り、衣類を購入した。
雑貨屋とはいうが、たまにくる行商人から物を購入し、管理している倉庫番といったかんじだった。
【収納】があり、各自が自給自足しているため、人々の購買意欲は高くない。
店主もその一員でもあるから、積極的に売ろうともしない。
自然と集荷場のような倉庫が出来上がったという。
教会の裏手、太陽の昇る位置から北側だろうか。周りの家々より広めに間隔を空けて、一際大きな煙突のある家があった。
どうやらそこが目的地のようだった。
「お婆ちゃーん。お客さん連れてきたよ~」
リズが声掛けとともに上がり込み、進んだ先で家主と二言三言交わす。
程なく姿を現したのは、白い中に栗色の髪が混ざった老齢の女性だった。
杖を突いているものの、背筋は曲がることなく、鋭い目つきは年齢を感じさせない。
リタのピリッとした空気は母親譲りなのだろう。
「ダンから話は聞いとるよ。ワシはリナ。リズとリザの祖母で、リタの母じゃ。この村で魔法を教えておる。──トモオさんでいいんじゃったかの?」
「ええ、発音も完璧です」
「リズや、裏でいつものようにマナを練っておいで。用が済んだらすぐ行くよ」
含みのある笑みを見せた後、リズに指示を出す。
人払いだろうな…。
名前を呼ばれたとき、リタやリズたちとの会話時にあった違和感が、一瞬無くなった。
「お前さん、“渡り人”──異世界人じゃな?」
鋭さを増した眼光は全てを見透かされているようだった。
下手な言い訳も論破される。
そんな確信めいたものを感じ、答えることにした。
「ええ、私みたいなのはよく現れるので?」
「ワシの知る限りじゃ30年程前じゃのう。お前さんと同じように黒髪・黒眼の男じゃったらしい。会えておらんから真偽は不明じゃ。ただ、この世界じゃ黒髪・黒眼っちゅうのは珍しいんじゃよ。──歳の頃は30か?」
「29です」
「この世界の人間は15で魔法が使えるようになり、成人と認められる。お前さん【収納】を何で使わんかった? 森から戻ってくるとき大きな籠を背負ってきたそうじゃないか」
「【収納】は一般的なものだったのですか…」
「生活魔法じゃからのう。独り旅をするようなら【収納】は必須じゃよ。リザに鎌かけられて、見事に引っ掛かっておるな。」
ニヤニヤしながら解説される。
「成人したてのリズはまだ【着火】と【地図】くらいじゃ。生憎【地図】のセンスがなくてな。いじけて【風魔法】に寄り道してしもうた。リザは稚児を胎に抱えておる。妊婦が魔法を使うと、マナが胎の児を殺してしまうんじゃ」
リザが魔法を使わなかったのは使えなかったのではなく、お腹の子を守るためだったのか。
「『黒髪・黒眼で【収納】を使わないのは“渡り人”の可能性が高い』とは、さきの“渡り人”本人の言葉じゃ。あくまで可能性が高いだけであって、確実ではないんじゃがな。人気のない森の中で遭ったというのも、只人の可能性を低くしてくれた。──何よりお前さんが素直に話してくれたのが一番じゃったがの」
ぐぬぬ、ここでも鎌をかけられたのか。
「“渡り人”の話は有名なのですか?」
「いや、この村ではワシら家族しか知らん。“渡り人”という言葉自体、世に知られているわけじゃない。ダンやエリックにも、黒髪・黒眼が村に訪れたらワシのところに連れてくるようにしか言っておらん」
そう言って窓の向こうで瞑想しているリズに目をやる。
「よければしばらくこの村に留まっていかんか? この世界のことを教えてやれるし、リズとともに魔法を学ぶのも一つじゃ」
「どうしてそこまでして頂けるのですか?」
「なに、昔“渡り人”に良くしてもらった分、新しく来た“渡り人”に恩返しをしたくての。それにお前さんは孫娘たちと、これから生まれてくる曾孫の命の恩人じゃ。ゴブリンの討伐の折には、ワシの客人として断ってやるぞ」
「ゴブリンのことはさておき、宜しいのでしょうか? 魔法を教えるのも労力が掛かるでしょうし、秘伝だったり門外不出だったりするのでは?」
「構わんよ。もともとワシが世話になった“渡り人”に教わった魔法じゃ。世界が豊かになるならと授けてくれたんじゃ。その意志を継いで、村の連中にも教えとる。使えるかどうかは本人の資質次第じゃがな。じゃからワシは秘伝や門外不出なんて大層なもんじゃないと思っとる。“渡り人”から授かったんじゃ。“渡り人”に授けるのが筋じゃろう?」
「私が世界を豊かにすると?」
「今は考えられなくとも、こうして発破をかけられれば頑張るじゃろ?」
「本人に言うことではないですね」
感心半分、呆れ半分だが、世話になろうと思わせるには十分だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
世話になることを伝えると、亡くなった旦那さんの遺品から使えるものを持って行っていいと、納屋へ向かいがてら家を案内された。
家は広く、居住スペースの先には窯が2つある工房が併設されており、片方は鍛冶用で、もう片方は煉瓦用の窯だという。
生前は弟子も数人いて、住み込みの部屋や窯の番のための仮眠室を設けていくと、自然とお屋敷と言える広さになってしまったそうだ。
旦那さんが亡くなってからは、弟子たちは近隣の村々に散って開拓を支えるようになり、この村に残ったのがダンだという。
最近ではリザの新居のため煉瓦焼きと、嫁入り道具として台所用品を打ったのを最後に、農具や家の補修でたまに窯に火が入るくらいだそうだ。
近くゴブリンの討伐のために、武器の手入れや打ち直しで再び火を入れることになるとのこと。
工房を抜けた先に納屋があり、焼き上がった煉瓦や真新しい金物が幾つか残っていた。
薄暗い納屋で【照明】を使い、物色していく。大工道具に日用品がほとんどだった。
「トモオ、こっちじゃ」
リナが奥の大きな木箱を指していた。
手前に引き摺り出して蓋を開けると、革と金属製の防具一式が入っていた。
「お前さんに合うものがあればいいんじゃが」
そう言いながら、中の物を取り出していく。
鉢金付きのヘッドギアと胸当、肩盾とも言えそうな肩当に手甲、脛当と鉄靴。
「手甲と鉄靴以外は使えそうですが、革部品は交換が必要そうですね」
「それじゃあ隣の工房に持っていってくれ。あとでダンにやらせておくよ。そのくらいならあの筋肉達磨にも出来るはずじゃ。せっかくじゃし手甲と鉄靴も持って行ってくれ。町に行けば打ち直してくれる職人もいるじゃろう」
思いの外、使えそうだった。【収納】を活用し工房へ持ち込んで並べておく。
「昼の用意をしてくるから、表で薪を割って納屋の薪棚に入れといてくれ。場所はリズに聞いけば分かる」
外のリズに薪割り場を聞いて、小一時間ほど汗を流す。
昼ご飯を3人でいただき、食休み時に薪割り場の鉈も頂けるか訊ねてみた。
暫し沈黙があり、一息漏らすと席を外し、件の鉈を手に戻ってきた。
「気に入ってくれたんじゃったら構わんぞ。爺さんの最後の作品じゃ。大事にしてやってくれ」
「そんな大事な物とは露知らず、申し訳ないです」
「構わん、構わん。薪割りするのはダンじゃから、彼奴が困る分には問題ない」
そう言うと今度は工房へ行き、真新しい金鎚を持ってきた。
「鉈と対に作った金鎚じゃ。あの筋肉馬鹿は腕力だけで鉈を振り抜きよるから、使わずに仕舞い込んどった。コイツも持って行ってやってくれ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます