第6話 壊れかけのレィディオ

 リズの家に案内され、簡単に自己紹介をした。


 父親はダン。

 赤みがかった短髪に、日に焼けた堀の深い顔は強面と評するに相応しい。

 顔に傷跡でも有ろうものなら出禁必至だ。

 服の上からでも分かるガッシリとした体つき。

 肌にゴツゴツと節くれ立った手は、働く父親の象徴のように思えた。


 母親はリタ。

 背まで伸ばした栗色の髪に、目鼻立ちははっきりしながらも柔和な面立ち。

 スラリとした体型は2人も産んだとは思えないほど引き締まっており、こちらも程よく日焼けしている。


 美女と野獣とはよく言ったもので、片や2m近い巨漢を140cmに満たない身体で受け止めたのかと思うと、生命の神秘と片付けて、二度と触らないと即断する。



 娘のリズは母親とよく似た栗色の髪を肩まで伸ばしており、今は食事の邪魔になるとリボンで一つに纏めていた。

 改めて明るい場所で見ると、クリッとした目は父親譲りだが他は母親似。

 見た目は10代半ばであるが、母親よりも背は高く、丸みを帯びているように感じる。

 日焼けした肌は健康的な眩しさを放つ。


 これが若さか──。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 野菜のスープにパンと聞いて、野菜殻のスープに堅いパンを覚悟したが、肉も入っていて元の世界とも大差ない食事だった。

 先人たちの努力が各家庭でも実を結んでくれたのであろうか。


 食事の後には森での顛末を話した。


「ゴブリンが2体か。魔核は?」


「暗くなってきてたし、更に増えたら手に負えないのは分かってたからそのままにしてきちゃった」


「森だったらスライムの餌食だろうし、2体なら問題にはならんか…」


 スライムもいるのか。元の世界じゃ雑魚の代名詞だが、屍肉喰いをするようだな。


「リタ、俺ぁ明日の朝、教会で村の衆に今の話をしてくる。そんでそのまま若いのと手分けして近くの村々へ伝令で走ってくらぁ」


「お願いね。特に北の村はブタを育てていたから早い方がいいわね」


 任せておけと、ダンは明日に向けて身の回りの準備をし始めた。


「で、あなた達はいつ結婚するの?」


「脈絡ないよッ! ママ!?」


「いかん! いかんゾ!!」


 大きな物音を立てながらダンが戻ってきた。


「今日出会ったばっかりなのよ!? 何よりトモーさんに悪いじゃない」


「あなた自身は満更ではないのね」


「いかん! いかんゾ!!」


 動揺するリズを揶揄い、リタは此方に向き直る。


「トモーさんさえよければ、うちの娘を貰ってやってくれないかしら?」


「いえ、お言葉は嬉しいのですが、私は旅の途中で根無し草。このように一晩屋根をお借りできるだけで十分に有難いのです」


「旅の途中──ね。うちの娘が嫌ってわけでなければ、一緒に連れて行ってもらってもいいのだけれど」


「いかん! いかんゾ!!」


「もうママ! トモーさん困ってるじゃない! この話はもうお終い!!」


「アラ残念。あなたももう成人したのだし、早いとこ嫁の貰い手を探してあげようとする親心が分からないなんて、ママ悲しいわぁ…」


「いかん! いか…………」


 泣き真似するリタがオウムのように繰り返していたダンの顔を掴み、片手で持ち上げ静かにさせる。


 頭がどうにかなりそうだった──。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「トモーさん、部屋はこっちを使って。後で身体を拭くお湯を持ってくるから。あとこれ、パパの寝間着。サイズは大きいかもしれないけど、これしかないから遠慮なく使って」


 そう言って部屋へ案内してくれたリズがダンの服を寄越し、台所へ戻っていった。


 旅装を解いてお湯を待っていると、ドアがノックされた。

 返事をしてドアを開けると、お湯の入った桶を持ったリタがいた。


「可愛いリズちゃんかと思った? 残念! リタさんでした!」


 そう言って部屋に入ってくるなり、部屋の隅に立て掛けられた二回り大きな桶を床に置き、その中に持ってきた桶を入れた。


「この手拭いをお湯で濡らして身体を拭いてね。なるべく床を濡らさないようにしてくれると助かるわ。終わったらお湯はそこの窓から捨ててくれたらいいから。窓の外に引っ掛けがあるから、二つとも掛けて乾かしてね。湯桶は明日の朝にでも台所に持ってきて。部屋桶は元のように立て掛けてくれたらいいわ」


 湯の説明をしながら手拭いを渡された。


「あと隣がリズの部屋よ。お湯を捨てる音が聞こえたら準備完了ね。ダンは私が黙らせておくから」


「お気遣い感謝します。お湯はありがたく頂戴しますが、娘さんは遠慮しておきます」


「アラ残念。ふふ。正直に言うとね。ゴブリンが出たでしょ?また男衆を集めて森狩りをする事になるわ」


「そこに私も加わって欲しいと?」


「ええ。ゴブリンを倒した実績もあるしね。今晩泊まっていくんだから手伝ってなんて、厚かましいことは言えないじゃない。だからリズを貰ってくれれば、縁が出来るでしょ?」


「買い被り過ぎです。闇雲に杖を振り回していたら、偶々いいところに当たっただけですから」


「ふふ。そこまで言うならそういうことにしておいてあげる。お湯が冷めるといけないからもう行くわね。助けが欲しいのは本当よ?可能な限りのお礼はするわ」


 ドアが閉められ、気配が遠ざかるのを確認してから身を清めた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 困っている人は助けるように──。


 布団に入り、今後のことについて考える。


 旅人と称しているが、元は偽装だ。

 実際にこの世界を見て周りたいが、目的地もなければ急ぐ旅なんてものでもない。

 

 この世界で生きていくしかない。

 実感はなかったが一度死んだ身。いつかはこの世界でも死を迎える。


 唯でさえ異世界だ。

 ゴブリンと戦うこともなく、未知の病気で明日にでも死んでしまうかも知れない。


 言い繕うことは簡単だ。

 乗りかかった船。

 情けは人の為ならず。

 そのくらいの動機と心構えが丁度いい。


 目を閉じて自問自答を繰り返し、リタの【照明】が切れた頃、意識も闇に落ちていった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 身体を拭き終えて、桶を片付けベッドに入ろうとしたとき、ドアをノックされた。


 瞬間、胸が跳ねるのを自覚する。


 ママが変なこと言うからだ。

 トモーさんの顔をまともに見られる自信がない。


 熱くなる顔を押さえながら、待たせてはいけないと返事する。


 ドアを開けるとママだった。


「格好良いトモーさんかと思った? 残念! ママでした!」


 気持ちの落差に眩暈を覚えた。

 知らず溜め息が出てしまう。


「ホントに残念そうね。そんなにゴブリンと戦ったときのトモーさん格好良かった?」


「戦ってるときはそうでもなかった。むしろトモーさんが負けると思ったし」


 ゴブリンに苦戦していたトモーさんを思い出す。


「でも助けられちゃった。次は自分の番だって思って、構え直して前を向いたら、立ってたのはトモーさんだった」


「殺されると思った瞬間に颯爽と現れて、苦戦して死んだと思って、覚悟を決め直していたら、怪我もなく目の前に立っていたと」


 夕飯後に話したことだけど、ひとの口から聞くとなんだかムズムズする。


「惚れちゃったんだ?」


「そうなのかなぁ?」


「否定はしないのね」


「だってよく分かんないんだもん。ママは何でそう思うの?」


「あなたずっと彼のこと気にしているじゃない。夕飯後の話でも殆ど彼のことを見ていたわ」


 指摘されて思い返すと、顔がまた熱を帯びてくる。


 明日どんな顔してればいいの!?


「じゃあママはもう寝るわね。オヤスミ~」


 ぼんやりと思考が定まらない中、ニヤニヤしたママがドアの向こうに消えていった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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