第5話 母は強し

「大丈夫ですか?」


 声を掛けるが、反応に乏しい。

 チュートリアルにも手引書にも掲題がなかったから言語は問題ないと思っていたが。


「──えっと」


「あ、すみません。助けて頂いてありがとうございました」


「怪我はないですか? そちらの女性は?」


「だ、大丈夫です。お姉ちゃんも──そうだ、お姉ちゃん!?」


 少女は振り向き、未だに蹲ったままの女性を揺すり話し掛ける。

 言葉はちゃんと伝わったが、なんだか違和感があった。



 程なく女性も立ち上がり、少女に支えられながら対面する。


「助けて頂き、誠にありがとうございました。私はリザ。この子はリズ──妹です。お腹の子も大丈夫です」


 そう言ってお腹をさするリザ。


「私はトモオと申します」


 姉妹の服装を見るに、此方の旅装より簡素な仕上がりだった。

 動きやすさを重視した普段着といったところか。


 妊婦が護衛なしに妹と森に入っているあたり、有力者の娘の線はまずないと見ていいだろう。

 懸念点は杞憂だった。加護はあった。


「いえ、お気になさらず。失礼ですが、この森へはよく来られるのですか? 恥ずかしながら道に迷ってしまって、人里までご一緒させて頂けるとありがたいのですが」


「アタシからもお願いしたいです。マナがもうスッカラカンで、お姉ちゃんのお守りで精一杯なの」


「そうね。うちの村まで一緒に帰りましょう」


「では、日も大分落ちてしまっているので先を急ぎましょうか。さっきのヤツらがまた現れても厄介ですし」


「ええ、そうしましょう。リズ、籠をお願いね」



 姉妹を連れて、元の道に戻る。


 お互いの身の安全のためにもと、同道を申し出たが受け入れてくれた。

 打算的ではあったがウィンウィンだ。


「トモーさんはどうしてこの森に?」


 籠を背負いながらリズが聞いてくる。


「世界を見て回る旅をしているんです。差し支えなければ、その籠持ちますよ。リズさんはお姉さんを支えてあげて下さい」


「いえ、重たいですし、そこまでお世話になるのは申し訳ないです」


「大丈夫ですよ。早いところ森の外に出ましょう。見ず知らずの異性のエスコートよりも、リズさんがお姉さんを支えてあげた方がペースも上がるでしょう」


「じゃあ、すみません。お願いできますか」


 リズは籠を預け、リザの手を取り先行していく。

 籠には山菜、キノコ、果実が入っていた。大した重さではなかったが、姉妹が【収納】を使っていない点が気になった。


「トモーさんは旅をされているそうですが、お連れの方などはいらっしゃるのですか?」


「いえ、気ままな独り旅です」


「あら、荷物が少なそうなので、てっきり荷物持ちの方と別行動でもされているのかと思いましたわ」


「昨夜、水浴びをしているときに何者かに鞄を持って行かれましてね。着替えや小物は無事でしたが、野営道具はゴッソリです。今晩はどちらかに軒先でもお借り出来ればなと思っていた次第です」


 リザの鋭い指摘に、【収納】の話をしようか迷うが、事前に考えていた設定を即興で組み直して話す。


 旅人として荷物は少ないが、実際に荷物は無いのだ。

 文化風習に疎い余所者なのだから、旅人を装った方が記憶喪失を騙るより、後の活動の自由度が違う。


 【収納】が一般的でない場合は、荷物は無くすか奪われるかで、手持ちだけになったことにするつもりだった。

 よくある【収納】もちが稀少→奴隷落ちorチートテンプレは回避したかった。


 偽名は知り合いに遭遇する確率も0じゃなさそうだからやめておくことにした。


「だったら家に泊まればいいんじゃないかな。お姉ちゃんが嫁いで一部屋空いてるしさ。お姉ちゃんもいいでしょ?」


「そうね、助けて貰ってばっかりじゃ悪いし、パパも事情を話せば分かってくれるでしょう」


「お言葉に甘えさせていただきます。それにしても、先程の連中はこの辺りではよく出るのですか?」


「ゴブリンのこと? ここしばらくは見なかったんだけどね~」


「定期的に現れるんです。村にちょっかい出され始めると、周辺の村の男衆で討伐隊を組んで一掃するのよ」


 矢張りゴブリンだったか。リズに続いてリザが補足してくれる。


「もしかしたらトモーさんの荷物もゴブリン達が持ってっちゃってたりして?」


「ええ。なので巣の場所が判れば取り返せるかなぁと」


「隣村で見かけた人が居たらしくってさ、最近この辺りにやってきたと思う。巣の場所を知ってる人はいないんじゃないかな。それに使い方が解らない道具なんかすぐ壊されちゃうんだって。」


「はぁ、やっぱりそうですよね。大したものは入っていないので諦めます」


 リズがゴブリンと荷物の行方とを結び付けてくれたのを幸いに便乗しておく。


「リズさんがゴブリンを吹き飛ばしたのは魔法ですか?」


 ゴブリンついでに魔法のことも聞いてみる。


「うん、そうだよ。お婆ちゃんに教えて貰った【風魔法】。トモーさんは魔法使えない人?」


「あまり得意ではないですけど、多少は使えます。【照明】とか。ゴブリンを倒せる威力のものはないですね」


「【照明】使えるんだ!? いいなぁ。ねぇ、だいぶ暗くなってきたし、村までの灯りをお願いしてもいいかな?」


「私からもお願いします。こんなに遅くなるとは思ってなかったから、ランプを持ってきてなくて。私は今こんな状態ですし、リズが【照明】を使えたらよかったのだけれど…」


 お腹をさすりながら申し訳なさそうにするリザに、期待する目のリズ。

 もう互いの表情も判り難くなってきていた。


「いいですよ。足元が暗いと歩き辛いですしね。ただ得意ではないので、期待しないで下さいね。村までは後どれくらいですか?」


 試射できていない不安はあるが、当たり障りのない【照明】が出来ればいい。


「大体30分位かな? あそこの丘を越えると直ぐだよ」


「30分ですね。むー…、はい!」


 部屋の豆球くらいの明るさで30分持続する蝋燭をイメージする。

 足元を照らすように腰の高さに直径5cm程の穏やかな光球が現れた。


 軽く気怠さを感じた。

 前の世界であれば精気とでも表現したのだろうが、これがマナを使った実感なんだろう。

 鼓動が早くなるのを感じる。

 動悸を和らげようと深呼吸する。


 ついでなので五感も巡らせて、【地図】も見ておく。

 【照明】に釣られるものはなさそうだった。

 リズの言うとおり、道形に進んだ丘の先に集落があった。


「おおぉ。トモーさんありがとう!」


「ありがとうございます。大分歩きやすくなりました。リズも早く覚えてね」


「はーい」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 丘を登りきると、星明かりの元、集落の影が見えた。

 簡易な柵で囲われ、入り口と思しき篝火の門の周りに幾つかの人影があった。


 集落に近付いて行くと、此方の【照明】に気付いて数人駆け寄ってくる。


「リザ! リズ! 大丈夫だったのか!?」

 

「ゴブリンを見かけたって話もあったから、皆心配していたのよ! 怪我はない? リザ、魔法は使ってないわよね?」


 太く、響き渡る音声は暗い中でも体格の良さが判る男性から。

 凛と通る声は姉妹によく似た印象の女性から。


「ごめんなさい、心配かけて。ちょっと問題もあったけど、こっちのトモーさんが助けてくれたの。お陰でお姉ちゃんも魔法を使わずに済んだの」


「パパ、ママ、トモーさん今晩泊めてあげて欲しいのだけど、駄目かな? 私の部屋が空いたままだと思うのだけど…」


「来週から戻ってくるってんで、部屋も片付けてあるし、そりゃ構わんが…」


「2人がお世話になったのだったら、そのくらいお安い御用よ」


「そうと決まれば、こんな所で話しててもしょうがねぇ。おい、エリック! リザを連れてってやってくれ!」


「それではトモーさん、これにて失礼致します。また後日改めてお礼に伺います」


 そう言って一礼したあと、傍にきた控え目な男性に寄り添うように、リザ達は村へと入っていった。


「彼がお姉ちゃんの旦那さん。その籠の中身も殆ど彼の為なの。明日誕生日なんだって。結婚して2年目なんだけど、いっつも仲良くってね~。アタシも素敵な旦那様が欲しいなぁ」


「リズに結婚はまだ早い! お前さんにウチのカワイイ娘はやらん!!」


 体格のいい男が明らかに動揺している。

 リザが結婚したときのエリックの苦悩が慕ばれる。


「そんな事よりリズ、森で何があったか話して頂戴ね?」


 パンッと手を叩き、空気が引き締まる。


「「ハイ! ゴメンナサイ!!」」


 身震いして、返事する2人。

 この人には逆らわない方が良さそうだ。

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