第4話 ブラックジャックにヨ□シク

「──ヤーーーーッ!!」


 もう2つの光点を確認しようとしていると、立ちふさがっていた少女から音声が上がり、突風が巻き起こった。


 ギャギャッ!

 ギェッ!!


 ヒトのものとは思えない叫び声とともに小さな人影が宙を舞った。


 1体は背後の木に打ち付けられて地に伏した。

 もう1体は木の枝に掴まり、うまく勢いを殺した。

 枝にぶら下がる姿は、短身痩躯、肋は浮きながらも突き出した腹は、さながら餓鬼のようだ。


 アイツがゴブリンか?

 地に伏した方は動かなくなったな。

 さっきの突風が魔法なら、加勢しなくても少女達は大丈夫だろう。接触は避けられそうだ。


 枝に掴まっていた個体が降りてきて、少女と再び対峙する。


 さぁもう一撃だと、心の中で応援しながら、突風の巻き添えにならないように、身を隠したまま位置取りを調整していく。


 茂み越しに様子を伺うと、少女の顔色は真っ青で足下が覚束ない様子。


 少女の限界を悟った相手が、ここぞとばかりに距離を詰める。

 いつの間に拾ったのか、手には木の棒が握られており、棍棒代わりに振りかぶる。



 続く殴打の音は手元から聞こえた。


 咄嗟に両者の間に身体を滑り込ませ、持っていた木の杖を盾に、木の棒を受け止めた。


 腕の細さの割に力が強い。


 相手の突き出した腹を踏み抜くつもりで蹴りを見舞う。

 当たる直前で後跳したのか、手応えはなく、踏み出した勢いそのままに、杖を横薙ぎにするが、空を斬るだけだった。


 此方は手持ちに木の杖。太さはだいたい2cm、長さは1mほど。

 武道の心得などなく、荒事は避けてきた。


 相手は身長150cmくらいか? 棘突起の浮き出た背中は丸められているため正確には測れない。

 痩せた体躯には不釣り合いな力と素早さは体感済み。

 手に持つ棒は太さ4cm、長さは50cmといったところか。


 打ち合いが続けば此方が不利だ。


 背にした女性は相変わらず蹲っており、少女も立っていられなくなったのか腰を下ろしていた。

 女性の体調が急を要するものなのかもしれないし、長期戦は不利そうだ。

 追い払うだけでは、その後の追撃や増援の危険がある。この場で倒しきるのが理想だ。


 有利なリーチを活かして攻めていくしかない。


 相手も突如現れた新手の値踏みが終わったのか、意気揚々と身構える。


 初撃は受けることができたが、次も受けられるとは限らない。何より杖が保つかもわからない。

 後手に回ってはいけないと、距離を詰めつつ杖を振り回す。


 狙いは頭部。

 一撃での致命傷が狙えない杖では、棒を持つ腕や腹部に下手に当てて、危険と判断されれば逃げられてしまう。

 仕切り直しとなれば、お荷物を抱えることになる上、土地勘もなければ、間もなく夜になる。

 仲間を連れて戻ってきたら、詰み|(・・)だ。


 意識を刈り取るべく、執拗に頭部を狙う。

 狙いを察したのか、単調な杖の軌道は木の棒で容易く妨げられてしまう。


 数合打ち合ったとき、ミシリといやな感触が杖を駆け抜けた。


 ──マズい。


 木の棒越しに相手にも伝わったのか、醜悪な笑みを湛え、横薙ぎに振るってくる。


 案の定、受けた杖は半ばで折れ、先端部は茂みの彼方へ飛ばされてしまった。

 体勢を整えようとするも、足がもつれてしまい、踏ん張ろうとするも、落ち葉で滑り尻餅をついてしまった。


 牽制に落ち葉を掴んで投げ、目眩ましにするが、怯むことなく近付いてくる。


 援護を期待して少女に一瞬目を遣るが、少女は蹲る女性を庇うように覆い被さっていた。


 ダメか──。


 木の杖を左手に握り直し、右手で落ち葉を投げ続ける。


 此方が立ち上がろうとする気配を察して、棒を高く振り上げ大きく跳躍してくる。


 ギャギーーッ!


 絶叫とともに木が激しくぶつかる音、遅れて肉と骨を叩く感触。


「ふぅ…」


 蹌踉ながらも立ち上がり、伏した相手の後頭部にもう一度右手を振り下ろす。

 呼吸がないことを確認し、もう一体も死亡を確認しておく。


 深呼吸をして呼吸を整え、周囲を見渡し五感を総動員する。【地図】を開いて増援がないことを確認する。

 今の立ち回りで動物たちは逃げたようで、周囲の光点は彼女たちだけだった。


 左手に握った杖は根元から折れてしまっていた。

 使い始めて数時間。愛着はまだない。


 右手の鈍器は彼女たちに背を向けたまま、外套に仕舞うように【収納】へと戻しておく。

 用心のため、河原に出たときに替えの靴下を二重にして、中に石を詰めておいたが、実用するとは思わなかった。


 森は腐葉土に被われ、武器になりそうな石なんて拾える見込みがないからな。


 言葉は通じるだろうか。

 ハリセンは──まぁいらんだろう。

 彼女たちが如何様な身分であれ、命の恩人を邪険にする事はないと信じたい(切実)。


 さぁ、原住民とのファーストコンタクトだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 もうダメかと思った。


 身重のお姉ちゃんに誘われて木の実を採りに森に入ったけど、ゴブリンに遭遇するなんて。それも2体。

 日も暮れてきたし、そろそろ帰ろうと話していた矢先だった。


 パパが隣村近くにゴブリンが出たらしいって言っていたけど、うちの村の近くにまできていたなんて…。


 最近使えるようになった【風魔法】で撃退しようとするけど、一発目はどっちも躱されちゃった。


 魔法が使えないお姉ちゃんは、お腹の子どもを護ろうと蹲っちゃった。

 まぁしょうがないよね。今戦えるのは私だけだし、下手に動かれないほうが戦いやすいかもだし。


 【風魔法】を使えるのはあと1回。

 それ以上はマナが保たない。

 こんな事ならもっと練習しておくんだった。


 今度はありったけのマナを練って、2体を纏めてやっつけられるタイミングを待つ。


「──ヤーーーーッ!!」


 ギャギャッ!

 ギェッ!!


 やった!


 って、2体とも吹き飛ばした時は思ったけど、1体は枝に掴まって【風魔法】の勢いを殺されちゃってた。


 お婆ちゃんなら巻き起こす風で切り裂くこともできたんだけど、今の私は突風をぶつけるだけで精一杯。


 木にぶつかった1体は動かなくなったけど、躱し続けられたやつには打つ手がなかった。

 マナを使いすぎちゃって立ってるのもやっとの状態。


 パパとママ怒ってるかなぁ。心配してくれてるよね。私たちが死んじゃったら泣いちゃうんだろな…。


 ゴメンナサイ。

 お姉ちゃんの赤ちゃん見たかったよぉ。



 ゴブリンが振りかぶる棒を、目を瞑って待ち構えるけど、痛みはいつまで経ってもこなかった。


 目を開けると、外套に身を包んだ男の人が立ちはだかって、ゴブリンと戦ってた。

 誰かは知らないけど、助かった?


 前言撤回。

 木の棒に対して木の杖だわ。身のこなしも良いとは言えないし…。

 でもこの間にマナを回復させれば、もう一発撃てるかも。


 抜けた腰に活を入れて、お姉ちゃんの元に行く。

 お姉ちゃんを庇いながら様子を伺うけれど、戦況は芳しくなさそう。


 急いでマナを回復させなくちゃ。


 瞑想してマナの回復に努めるけど、激しく木が弾ける音に邪魔されてしまう。

 音の方に目を遣ると男の人が尻餅を付いて落ち葉で牽制していた。


 ──ダメッ!


 身体中のマナを集めても魔法を使えるには足りないわ。


 ギャギーーッ!



 男の人がやられちゃったら次は私。

 

 死にたくないよぅ…。


 涙で俯く視界が滲む。


 ──お姉ちゃんを、赤ちゃんを護らなきゃ。


 震える身体を立ち上がらせて涙を拭う。



「大丈夫かい?」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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