第2話 手引書

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 この世界は大地と呼ばれている──

 単純に名前がないだけだよ。

 キミが命名者になるかもね。



 キミたちの世界との違いは、まず1日の時間が異なる。20時間で1日、1時間が60分は変わらないよ。分の長さが違うなんてこともない。

 日の周りが早いから気を付けてね。気が付いたら真っ暗なんてこともあるからね。

 1年は30日をひと月として12ヵ月。360日で1年だ。



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 最大の違いは、マナと呼ばれるモノが存在することだ。魔力と言い換えた方が分かりやすいかもしれないね。

 大気中にも存在していて、生物にはマナを利用するための“魔核”と呼ばれている器官が備わっている。

 このマナを利用することで、魔法現象を起こすことができるんだ。


 キミたちはマナの存在しない世界で生きてきたから、魔核は本来ないのだけれど、この世界に渡る際に植え込んでいる。なければ生きていけないからね。



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 魔法の使い方を兼ねて、スターターパックの生活魔法の説明を記しておく。


 まずは【着火】。

 任意の対象に火を点けることができる。

 但し、何でもというわけじゃない。

 水や氷、砂や土といった燃えない物はもちろん、生体にも基本的に不可だ。


 何に【着火】できるかは先人たちに訊ねるか、自分たちで確認してくれたまえ。

 はじめは手の届く範囲しか【着火】出来ないけど、慣れれば多少離れていても着火できるようになるよ。

 すぐに燃え上がってしまう物に触りっぱなしじゃ火傷しちゃうもんね。



 【発光】は文字通り光を放つ。

 ルーメン? ルクス? カンデラ? ワットにアーデルハイドなんか知らないよ。

 キミたちはもっと協力することを覚えた方がいいよね。いくつも単位を設けすぎだよ。


 話が逸れた。

 明るさは使用者次第。

 初心者は鍵穴を照らす程の範囲で蝋燭くらいの明るさから、上級者は閃光弾程の眩しさを再現できるよ。普通は夜間の照明目的で使っている。

 照らし方はイメージ次第。光球を頭の上に浮かべてもいいし、指先を光らせてもいい。

 オススメは眼から光線だね! 一度でいいから見てみたい!!



 【地図】は使用者の資質が顕著に現れるよ。

 目に届く範囲を平面で再現できる人から、他人から聞いた情報を立体で再現できる出来る人もいる。

 再現の仕方も、自分の脳内で完結しちゃう人から、描き記すことのできる人、マナを使ってホログラフィーのように立体的に投影できる人もいる。

 空間認識能力がダイレクトに影響するんだ。

 訓練である程度は使えるようになるけど、人によっては全く出来ないこともあるし、再現できても距離感が滅茶苦茶なんてこともある。

 …まぁ、がんばってくれ。


 【収納】は任意の物質を異空間に預けることが出来、いつでも取り出すことが出来る。

 但し、これも何でも、というわけじゃない。

 生体は対象外だし、身体が触れられる物しか預けることは出来ない。

 触れていても、他人の物は【収納】できない。

 取り出すときにも制限があって、触れた状態でしか取り出せないし、取り出す先の空間より大きな物は、もちろん取り出せない。


 例えば密室で大量の水を取り出そうとしたとき、水は部屋の容積までしか取り出せないし、家具や調度、人物などの体積分は取り出せる量が目減りする。

 【収納】を利用した破壊行為は出来なくなっているから、室内の内圧を高めて扉や壁を破壊することは出来ない。溺死するのが関の山だね。

 これも何がどこまで出来るかは先人たちに訊ねるか、自分たちで確認してくれたまえ。


 あと、預けた物は自分で覚えていないと、取り出すことは出来ないからね。

 リストが脳内に~なんて便利機能はないよ。

 記憶力勝負になるから、大人しくメモを取ることをお薦めする。

 預けられる物の大きさや量なんかは資質と経験次第で増えていくからね。

 長期間取り出されることのなかった物はマナとなって世界に還元されてしまうから、人類の損失を招くことも間々ある。

 たまに取り出して整理してくれれば問題はないはずさ。

 

 以上、4つがスターターパックですぐ使えるようになる生活魔法だ。


 他の魔法にも言えることだけど、呪文なんて必要ない。

 使うことを意識すれば発動するよ。

 使用時の意識付けとして、動作のルーティーンを組む人はいるね。

 両手を合わせたり、指を鳴らしたり、わざわざ呪文を唱える人もいる。

 当人が使い易いなら何でもいいサ。


 いずれも、大きな影響力を発揮しようとすると多量のマナを消費することになり、魔核にかかる負担も増大する。

 慣れないうちから濫用すると、最悪命の危険もあるから注意してね。



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 スターターパックの他の特典について記そう。


 まずはこの手引書。

 管理者のマナでつくられている。

 説明なしに問題が起こりそうな事柄について記載しているんだ。ある種、先人の足跡とも言える。

 せっかく世界を越えてきたのに、死んでしまうとは情けない…よね?

 要らなくなったら、燃やしてくれてもいいけれど、所有権を放棄してくれたらその場でマナに還るよ。心で念じてくれればいい。魔法と一緒だね。


 【収納】の中じゃ長期間放置しても消えないけれど、持ち主の寿命が尽きればマナに還るね。


 他人に渡すことは出来ないし、奪われることもない。

 他人に渡そうとすると所有権の放棄と見なされ、強引に奪われた場合は持ち主の【収納】にすぐ戻ってくる。

 手引書に栞などを挟んだ状態で奪われた場合、戻ってくるのは手引書だけ。

 栞は奪われたままだから、ヘソクリなんかしていると持っていかれちゃうので注意してね。



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 次は身の回りのものについて。

 【収納】の中に『チュニックシャツ』と『パンツ』、『肌着(上)』と『肌着(下)』に『外套(フード付き)』、『靴下』と『ブーツ』が入っている。

 この世界で標準的に着られている旅装だよ。ただの布の服よりかはいいものさ。

 肌着と靴下は2着ずつにしてある。


 世界を渡って齎される物はどうしても珍しくてね。たびたび争いの種になるんだ。

 送り込む前に脱がすにも、コンプライアンスがうるさくてね。痴漢だ変態だは言われ飽きた。

 自分たちで着替えて貰うようにしているんだ。


 着替えたら元の服は【収納】に入れておくといい。

 コレクターがいて、いい値段で買い取ってくれるし、場所によってはこの世界で再現された物が出回っていて、着用していても問題なかったりする。


 他には、水の入った『水筒』。

 キミたちの世界標準での飲料水だから、安心してほしい。


 『木の杖』。

 硬度はそこそこあるからいきなり折れたりしないけれど、体重をかけたり、より堅い物を殴ったりすれば、折れたり割れたりする。

 ただのトレッキングポールだ。

 終盤まで持っていたら伝説の刀になるようなことはないからね。

 遠慮なく使い潰してくれたまえ。


 『銅貨』。

 50枚入っている。

 贅沢しなければ都市部でもひと月は余裕を持って生活でき、節約すれば2ヵ月生活できる額だ。



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