理系人間の異世界見聞録
ふりおきよし
第1章 ゴブリン・獣人編
第1話 知らない天井
──ねぇ…起きて。
…。
──ねぇってばっ。
…ん。
──起きてよ~。
重い瞼の誘惑に抗い、目を開けると見慣れぬ景色が広がっていた。
知らない天井だ…。
パーン!!
──キミ余裕あるね。
にこやかな笑みを浮かべながらこちらを見つめる人陰。寝ぼけているのか。焦点が合わずにぼやけて見えるが、笑みを浮かべているのは感じられる。
頭を叩いたであろうハリセンはハッキリと見えるんだが、はて面妖な。ってか、今どきハリセンて…。プッ。
パーン!!
っ!?
──起きた?
あぁ、起きた。
──良かった。コミュニケーションも問題なさそうだね。とりあえず、キミ状況の置かれた状況について説明するよ。
コイツ、コミュニケーションが取れるか分からない相手をハリセンで叩いたのか。ってか、今どきハリセンて…。プッ。
パーン!!
──もうこの下りいいよね? 話進めようよ。
そう言ってハリセンを手放したら、スゥーと消えていった。消えた?
認識の外にはずれたと表現した方がいいのか?
──ハリセンはもういいからっ! まずキミの置かれている状況だけど、落ち着いて聞いてね?
…。
──キミはなんと死んでしまいました。
…ほぅ。
──…落ち着いてるね。もうちょっと『嘘だろ!?』とか『なんでだよぉ!?』とかあってもいいんだよ?
落ち着いて聞いてねって言われましたよね?
──んー、話の流れ的に? まぁいいや。キミが死んじゃったことは変わんないし。
──っでね、キミをボクの管理する世界に連れて行くんだけど、その前のチュートリアルをしておこうと思ってね。ここまでで聞きたいことある?
まず、死因。いつ、どこで、どのように死んだか。次に、このような死後の世界といった話は普遍的にもたらされているのかどうか。
──うんうん、気になるよねぇ~。
そう言うと、どこからか取り出した手帳を広げ、ページをめくりだした。
──鈴木
──キミの死因はね。事故死ってことになってるね。具体的には職場の高等部2学年の修学旅行の引率中、帰りの飛行機が南洋で墜落、海の藻屑となりましたとさ。
──1週間程捜索隊が出されたけれども、飛行機の残骸こそあれ、遺体は他の乗員・乗客を含めて見つからず、預け荷物の遺品のみが遺族のもとに帰されてるよ。
──死後の世界については普遍的にあると言っていいかな。キミの場合はちょっと特殊だけどね。
──普遍的なものとしては、天国・地獄って聞いたことくらいはあるでしょ? 魂を浄化して来世に行って貰うんだけど、浄化のプロセスが人によって異なるんだ。
──生前の行いが良ければ天国、悪ければ地獄ってね。それぞれ天国または地獄ってのが死後の世界と言えるし、たまに記憶を残したまま来世に行った人にとっては来世も死後の世界と言えちゃうね。
特殊というのは?
──うん。ここからが本題とも言える話になるんだけど、キミは天国にも地獄にも行けない。
行いが良くも悪くもないと?
──そうじゃない。実はね、そもそも死を管理してるヤツがいるんだけど、ソイツが本来死ぬはずだった人とキミとの名前を間違えたんだ。
ん?
──鈴木|明郎(あきお)、キミの同僚だね。本来は彼が死ぬはずだったんだ。
アイツも同じ飛行機に乗っていたはずですが?
──うん。彼ももちろん死んでいる。
ではなぜ?
──死者の記録は一度書き込まれると、関係各所に通達され、修正するには上長への報告、始末書を提出した上で当事者には減俸処分が下る。文字通り、人の生き死にが関わり、通達による影響も多岐に渡るからね。
──で、キミの名前が書かれている事が間違いであると判明したときには修正期間を過ぎてしまい、飛行機事故に巻き込まれることが決まってしまっていたんだ。
──間違えられることも含めてキミの人生だってバッサリ割り切ることは出来たんだけど、それには影響が大き過ぎたんだ。つまり生かすことも、死なすことも出来なくてね。
それでこの空間に?
──正確にはボクの管理世界に、だね。ココはあくまで事前説明会場だよ。天国や地獄にも管理者がいてね。そこに連れていけないキミは、どこか受け入れてくれる世界をもつ管理者に委ねられることになったんだ。
その管理者がアナタと。
──そ。ボクのもっている世界は比較的出来立てでね。キミぐらいなら受け入れることが出来そうだからって白羽の矢が立ったというわけ。
原始人生活?
──そこまでじゃないよ。キミたちの世界でいうところの中世。今流行りの剣と魔法の世界ってやつだよ。ゴブリンからドラゴンまでファンタジーな要素は盛り込んであるから安心して。
安心とは…。
──そんな世界にいきなり放り込まれるわけだから、ココで説明しておいて、無用な混乱を避けるわけさ。
──当たり前の話だけど、ボクの世界の住人にも命があり、キミはそこの一員として過ごしてもらうことになる。
──条件としては転移となるから、今の肉体と知識はそのまま。当たり障りのない地域にとばすから、付近の村に転がり込んでくれたらいいよ。
──村には適齢期の女性も多く、そこで生涯を終えてもいいし、村を足掛かりに旅立って世界を見て回ってもいい。そこはキミの自由さ。
──ただ、さっきも言ったけどゴブリンからドラゴンまで棲息する世界だから、転移して早々に襲われてしまうかもしれない。
安心とは…。
──…。
──ちょっと加護を付けとくよ…。1週間くらいで切れるから、それまでに村に到達してね。生前ボーナスは…29才・非童貞か…。
──自爆スイッチなら付けられるけどどうする?
要らないです。
──デスヨネー。
──30才・童貞なら『魔法使い』パックが付けられたんだよ。40才・童貞で『賢者』、50才・童貞で『大賢者』。魔法がほぼ使い放題になるから食うことに困ることはまずないね。
どこかで聞いたような話ですね。童貞は必須なのですか。
──キミたちは面白いよね。あまりに面白かったから、ボクの管理世界に採用しちゃった。
──ちなみに60才、70才、80才と歳を重ねるごとに『賢聖』、『導士』、『導師』となり、発言力に補正が付いて魔法の行使力のみならず、民衆への説得力が上がる。いわゆるカリスマってやつだね。
──ぶっちゃけ異性を口説く成功率も爆上がりだから、そっち方面も食うことに困ることはまずないね。
──90才で『仙人』。発言力補正と引き換えに不死性が与えられる。寿命という概念がなくなり、食べなくても死なない。霞を食って生きていくってやつだ。
──完全不死じゃないから、大きな怪我をしたり、毒なんかにあたったりすれば死んでしまう。不死性だけだから勿論老いる。身体を動かしておかないと筋肉が弱り過ぎて身動きとれなくなるよ。
──世俗との関わりがなくなる代わりに一生好きなことに打ち込める。他人と関わりたくない研究者向きだね。
──100才で『童帝』。希望する年齢にいつでもなれるし、完全不死、状態異常無効。そんな年まで清らかでいた人へのご褒美。最早ボーナスステージだね。
ヘェーソウナンダァー。
──長々と話したけど、ボクの管理する世界には『大賢者』までしかいないし、生前ボーナスだけがすべてじゃない。魔法が使えても生き方が不器用だったら台無しじゃん?
──後天的にボーナスが与えられる事がないわけじゃないし、前述の内容が条件って訳でもないから、遠慮なく子を成してくれていいよ。
──キミの場合、生前ボーナス対象外だけどスターターパックは付けておくよ。生活魔法も最初から使えるようになる。
──具体的には【着火】、【発光】、【地図】、【収納】の4つ。それぞれ些細なものだけど、キミたちの世界に近付けるためだから期限は設けないでおくよ。
──以上かな。質問はあるかい?
新しい世界の話は大丈夫です。
生徒たちのことを聞いても良いですか? 鈴木明郎が死ぬ予定だったとして、生徒たちもまた巻き込まれただけなのでは?
──あー、そこは大丈夫なんだ。禁則事項に触れるから多くは語れないけれど、キミの教え子たちは、飛行機事故に遭う運命だったんだ。
では、出発前に亡くなった学年主任は? 本来修学旅行の引率は彼でした。私を死なせるために彼が死ぬことになったのでは?
──彼は普通に寿命。死者の記録は記載されていない他者の死まで影響することはないよ。
そう言いながら手帳を再びめくり始める。
──うん。キミを飛行機に乗せるために捻じ曲げられた因果は学年主任の葬儀に出席した学校関係者が揃って食中毒になったくらいだね。
──そうでもしないと、非常勤講師のキミが修学旅行の引率に抜擢されるわけなんてないしね。だからキミが気に病んだりする必要はないよ。
そうですか。では行きましょうか。
──おおぅ。早速だなぁ。いいのかい? 家族のこととか彼女のこととか。近況くらいは教えてあげられるよ?
いえ、死んだ爺様が戦闘機乗りでして、飛行機に乗るときは遺書を書けと言われて育ってきたんですよ。
家族には遺書が届いているでしょうから問題ありません。
彼女には次の出会いを探すようにと書き残してありますし。若いから何とかするでしょう。
──そっか。じゃあ行こうか。これから先はボクはキミに関与することができなくなる。もしかしたら御告げや天罰といった干渉はあるかもしれないけどね。スターターパックには手引書も付いているからよく読んどいてね。
そう言うと眩い光があふれ、目を開けていられなくなった。
──そうそう、キミのことを間違えた担当者には相応の処分が下っているから安心して。
安心とは…。
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