【22 尾行】
◇――――◇――――◇
予想通り雨足は強まり、車内にもわずかな潮の香りが逆流する。
運行が天候に左右されない分、雨の日は乗客が増える。LARKは人波の隙間からわかばを見いだし、手元の端末にささやきかける。
「ワキャバ」
《――わかばです》
「似合ってないぞ」
《――ゾンジテオリマス》
至極悔しそうな声だった。
何を勘違いしたのか、わかばは露出の多いパンクルックで攻めてきた。
バカでかいサングラスもタイトで穴だらけのショートパンツも、フェイクのシルバーアクセサリーも、まるで美事に似合ってない。ハロウィーンの仮装大会だと言った方がまだ通じそうなほどで、変装と都会デビューを履き違えている節が見えた。
幸いにも、路線は繁華街の真下を通過する。
わかばには申し訳ないが、この状況は非常に好都合だ。今更、物珍しそうに娼婦と客を見るような奴は、この辺では逆に浮いて見える。目立つやり方はセオリーから外れるが、炙り出すには丁度いい。
加えて、隣にいるのがサイケで悪趣味なアロハシャツの朝比奈ということもあって、何週か回って存外自然に見えた。上京デビューで小遣い稼ぎに手を出して見たモノの、趣味の悪い親父しか捕まえられなかった、とかそんな感じだ。
LARKは一旦周囲を見渡した。乗車率は平均よりも高いが、満員と呼ぶにはまだほど遠く、追手からすれば車内での移動は難しくない。しかしその分、徘徊する者は目に点きやすく、先にこちらから仕掛けなければ監視はバレにくい。
「ワキャバ」
《――わかばです》
「不用意に口動かすな、通話してんのがバレるだろ」
端末を手すりのチガに接続し、秘匿の通話モードに切り替える。画面の記事を注意深く読むフリをして口元を隠す。マルボロお手製のこの特注品は、外部の交換機を経由せず直接わかばのヘッドホンに直接声を飛ばせる。
「ヒットチャートにノるフリでもしてあたりを見渡せ――リズム感ねーな、お前」
LARKは不気味に揺れるわかばを一瞥し、流れで車内を見渡す。わかばたちの手前にはさらりまんの団体客、反対側にはシャツを着た丸眼鏡の小男。その奥では、背格好もバラバラの男たちが目をギラギラ光らせ、二人か三人固まって人混みを分けながらぐいぐい近づいてくる。
「見えたか、ハンドサインで返事」
安物のヘッドホンに否定の
「向かって右、団体客の向こう側だ」
わかばの耳元に肯定を示すハンドサイン。少しだけ震えている。
「この数分でどうやってたどり着いたのかは知らねえが、お前にも分かるんだから素人だ、対処は考えてあるからひとまず安心しろ」
わかばの震えは収まったが、止まりはしなかった。
マルボロの計画によれば――ブラフの規模拡大に乗じ、東側の民警も連動して警戒態勢に入る。本命であるLARKたちは、分散しながら系列の違う私鉄を阿弥陀クジの要領で渡り、朝比奈の追手をブラフ諸共鉄道側の取りにさせる――雨天ダイヤの乱れ方と、民警各社の対応速度を熟知していなければ、こんな芸当はできない。
だが、出来映えについては不満があった。クライアントである朝比奈と合流して、地下鉄に乗車、乗り換えること三本目。それにも関わらず、乗車して五分も経たずにLARKは数人の追跡者らしき者を認知した。
生唾を嚥下するわかばを視認して、少し違和感を覚えた。わかばの手に指示待ちのサイン。震えは先ほどよりも強く、加えて隣の朝比奈が俯いたまま微動だにしない。
恐らく、アタリなのだ。朝比奈が面を上げられないのは、顔見知りの可能性が高い。変装が見破られる距離まで近づいた場合、素通りしてくれるとは思えない。
「次の駅で撒く、タイミングはアタシが出す。 落ち着いて、指示通りに動け」
奥で男達がうごめく。見つけられたら最後だ。
団体客が足止めになったとして、好機はほんの一秒余り。わかばはやや前に屈めみ、いつでも動けるように身構えている。
「手前のさらりまんたちと、新しく乗ってくる客を盾にするよう移動しろ。 目の前の扉から一旦降車して、ホームの中を早足で進み、一分捲いてから再乗車だ」
通話中に車両は駅舎に進入した。時間はもうそんなに残されていない。
「いいか、絶対に走るなよ? 体力と人手は相手が上、悪目立ちすれば逆効果だ。
今一度車内を見渡すと、追跡者らしき男たちが一目散に走り出そうとしていた。
「停車時間はおよそ三〇秒、遅れるなよ――今だ!」
即座にわかばは座席下の回線から端末を引き抜き、朝比奈の腕を掴んでそそくさと車内を突き進む。遅れて、列車が減速し始め、車内全体が揺れる。予想通り団体客が追跡者たちの側へ倒れかかり、敵の行軍は一瞬だけ足止めを食らう。その隙にわかばは朝比奈と仲良く腕を組んで降車、軽犯罪臭を漂わせたままホームの中を突き進む。
続けてLARKも降車し、鼻をつんざくオゾン臭のまっただ中に身を乗り出した。あたりは奇抜な格好の
しかし、逃がし屋の狙いはそっちじゃない。
LARKは追手らしき一団を無視して、一歩遅れてわかばたちの後を追い、小走りで駆け抜ける小男を見つけては足早ににじり寄る。
「ちょっとぉ~久しぶりじゃない?」
わざとらしく男の肩を叩き、胸の双房を二の腕に強く押し付ける。男がふり向いた瞬間に、白々しく笑顔でウィンク。表情付けは、ややぎこちなかっただろうか。
「あの、今急いでるんだけど――」
丸眼鏡の奥で目に男の困惑した瞳が浮かぶ。身長は低く、中肉中背、頭には円形脱毛症がちらほらと見て取れる。肉体労働に従事した経験はほとんどないことが、肩と腕に触れた感覚から分かる。伏兵かと思ったていたが、完璧な素人筋と見た。
「あ、ごっめーん、知り合いと間違えちゃった」
LARKは再び猫なで声と共に左足を小股に滑り込ませ、男の丸い顎をなでる。
「でも、アタシの小鳥ちゃんがね、お兄さんの枝に留まりたいってさ」
「いや、ホント、時間ないし」
「やだな、すぐ済むんだって――小銭持ってない? 五分もかからないからさぁ?」
LARKは男の襟をいじらしく弄び、一番上のボタンから外していく。そうこうしているうちに電車の扉が閉まる、男はあっと息を呑み。それを合図に、LARKはたるんだ襟を掴み喉元を閉めあげ、腕力だけで小男を持ち上げる。
文字通り浮き足立ったところでマイルドの一言。
「Speak LARK!」
かけ声と共に、ヒバリのタトゥーが小男の股ぐらにめり込む。鶏を絞めたときのような音が太い喉から上がった。小男が白目を剥いて崩れ落ちる寸前、胸ポケットから財布を頂戴する。LARKはさらに後方から追いかけてくる一団を一瞥すると、発車しはじめた車両を全速力で追いかける。
「だぁーー待てコラぁ!!」
疾走するLARKを尻目に、車両は加速。最後尾のドアが目前に迫った。腿とふくらはぎが弾きれそうになり心臓は今にも破裂しそうだったが、あと一息。
LARKは駆けた。幸運にもメンテ用のリーダーを見つけると、懐から出した魔法のカードを通し、扉をこじ開けて運転台に飛び移る。衝撃で、上着に隠した獲物が胸を強打する。割と痛かったが、気にしてる場合じゃない。
「ワンマン運転で助かったぜ、まったく」
大きく肩で息をつきながら、最後まで追いかけてきた追跡者たちを見ると、幸いにも、駅か鉄警の制服がホームに並んでいた。朝比奈の追手は捲けた。胸をなでおろし、ついでに小男からスった餞別をまじまじと物色する。
運転台のコンソールに倒れ込みながら息を整え端末をチガに接続すると、小うるさいわかばの悲鳴が耳をつんざいた。
《LARKさん!》
「クライアントは?」
《無事です――と言っても、すごい息切れしてますが》
朝比奈のけったいな震え声が、ノイズの向こう側から聞こえてくる。
《それより、すごい手際でしたね》
「何、見てたの?」
《そりゃもう、アクション映画顔負けでしたから――》
LARKは鼻で笑い飛ばし、嘯いた。
「この程度のことができなきゃ、逃がし屋はやれねえんだよ」
《――あはは、転職考えとこうかな~》
わかばの下手な愛想を聞き流しながら反面心底同意しつつ、ふと、コンソールを眺める。何枚かのカードを取り出す。運転台の影からチガを探り当てて拡張機器に接続し、小男のキャッシュカードを読み込ませ、基礎データを開示する。
「――なら今の男、とっ捕まえてギョーカイ経験談でも訊いた方が良かったかもな」
《なんでです?》
「――アタシの見当違いだったんだ、ヤツは追手じゃない」
能天気なわかばの声を聞きながら、LARKは端末をいじくり回す。
モニター代わりにした運転台のコンソールには、キングエドワード銀行の個人口座に記された預金履歴と、取引先と思われる社名が列挙している。
LARKは静かに告げた。
「たぶんあの男、ナイトクローラーだ」
◇――――◇――――◇
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