第3話 空奏ファンタジア

 クソ! 何て事だ!


「クオン!ごめんなさい! 私が留守にしたばかりに…。」

 エリーゼはクオンを抱きしめながら言う。


「クオン。もう大丈夫だから安心して。」

 クオンはエリーゼの声に反応が薄い。情緒不安定な状態だ。


「私…逃げてしまいました…。バゲット様、申し訳ありません…。」

「逃げなければならない状況だったのでしょ! そんな事は気にしないでいいの! それよりも誰に何をされたの?」

 バグエの問いにクオンは横隔膜を痙攣させながら話す。


「長老一族の…。若頭様に…。その…。無理矢理…。」

「クオン、もういいよ。言わないでいいよ。安心して、ここは大丈夫だから。」

 僕の問いかけに多少の反応が出てきた。


「ブッカーか! 相変わらずの色キチガイだな!」

「クオン、眷族ファミリアにはされなかったようね。」

 エリーゼが安堵の溜め息と共に言った。


「奴もそこまで浅はかではなかろう。」

 バグエは思うところがあるような言いまわしだ。


「エリーゼ、今日は北の山へ戻って、山全体の確認と、ストボリの街を偵察して下さい。必要でしたら僕も行きます。」

「はい、わかりました。」


「バグエ、君も今日は…。僕も一緒に行くので、ルシエールさんとお話をしよう。」

「そうね。」

 バグエは下唇を噛み締めながら言った。


「あと、ルキエラ! 来て下さい!」

「ルルルルルキエラ様!?」

 僕の呼び掛けに驚くクオン。


「はぁい! クオンを連れて行くのね!」

 突然現れるルキエラに、エリーゼとクオンがひざまづく。


「ありがとうルキエラ。宜しくお願い致します。」

「そのかわり! クオンを迎えに来るときは颯太じゃなきゃダメだからね。それが条件だけど良いかしら?」

 ルキエラは意地悪そうな顔で言った。


「うん。わかりました。それじゃクオン、ルキエラと一緒に行って。そしてルキエラの身の回りを世話してあげてね。ルキエラってけっこうズボラだからさ。」


「そそそそそんな! 颯太様!? 私などでルキエラ様のお役にたてるのでしょうか!?」

「うわぁー! その言い方! もしかしてクオンの中のランク付けって、ルキエラよりも僕の方が下かぁー!?」


 僕は冗談っぽく言った。


「ああああああ…。そんな事は……。」

 挙動不審に陥るクオン。


「それじゃ私の方が下か?」

「あわわわわわわ……。」

 ヤバい。ちょっといじりすぎたな。


「クオンってもしかしてエルフ族?」

「はい。そうでございます。颯太様。」

 相変わらず緊張した面持ちのクオン。


「そうだったんだ。それじゃしょうがないか。それとさ、言いづらいけど。実は今、セラとミノンとウルスラがルキエラのところにいて、あと…。シレーヌもいるんだ。シレーヌとミノンは無視していいからね。ごめんね。」

「えっ? ミノンが? 良かった! 無事だったんだ! 本当に良かった!」


 うわ!? クオンとミノンって、知り合いだったんだ? もしかしてクオンもミノン系なのかな…。嫌だな…。


「ルキエラ。できればクオンのメンタルな部分もケアしてもらえるかな?」

 僕は小声でルキエラに言う。ルキエラは笑顔でうなづいてくれた。良かった…。これでひとまず安心だ。


「それじゃ母さん。」

「大丈夫よ。颯太、男らしくなったじゃないの! 無理しないでみんなを頼るのよ。行ってらっしゃい!」

「うん。ありがとう! 朝には戻ります。それじゃ行ってきます!」

 そう言って僕達は隠世かくりよへと向かった。





 隠世、北の大地…。


「別に良いのでは? ただの使用人じゃないですか。」

 ルシエールさんは何事も無いように言う。でも、何かを隠しているようだ。


「使用人と言えども、身の回りの事を丁寧にこなしてくれています。家族同然とまでは言いませんが、それなりの対応を取るべきかと思います。」


 僕の言葉に少しだけ、怪訝な顔をするルシエールさん。やはり、僕が人間だからか?


「出すぎた事を言っていることを陳謝ちんしゃ致します。ですが、貴族という立場は国民のために働くものかと思いまして。」

「確かに…。颯太殿の言うのもわかるのですが、今は…。」

 ルシエールさんは相変わらず眉間にシワを寄せ、額に指をあて考えている。


「今すぐにアクションを起こす訳ではありません。向こうの…。いわゆる、セルス派の方々の言い分もあるでしょうから。それに彼等の言う、僕が王の座に着くということが、納得いかないと言う事も承知しております。僕は人間ですから…。」


「颯太殿、質問です…。颯太殿は何故、力で捩じ伏せ無いのですか? 貴方にはその力があります。」

 ルシエールさんは先程の態勢のまま、眼だけを僕に向け話した。


「暴力では解決しません。メタさんの時のようになります。」

「颯太殿…。そうなのですよ。私はエルフ。その中でも、私とルキエラは戦闘に適した種族です。こう言っては失礼にあたりますが、始祖のバンパイア等、私達の足下にも及びません。ですが、颯太殿の言うように、ちからではダメなのです。かと言って、話し合いも通じません。彼等は過去の栄光に囚われているのです。実はブッカーは…。セルスの従姉の甥で…。セルスは秘密裏にバグエとブッカーを…。その…。婚儀を考えていたようで…。勿論、秘密ひみつでしたので、私の知る余地は無かったのですが。」


「母様!? そんな! 私は嫌です!」

 バグエは血相を変えて僕に抱きついてきた。


「当たり前です! そんな事は私も許しません!」


「ルシエールさん…。」

 政略結婚みたいなものか? どこの世界にもあるんだな…。


「ただ…。バンパイアの長老共が…。彼等は私の事を好いてはいないのよ…。その事もあり、クオンの件も…。それ以外の事も、穏便に済ますことになってしまった。なんとも歯切れの悪い言い回しですが、スミマセンね…。」

「いえ。事情が事情なだけに僕も、どう対処をして良いのかわからないのです。」

「そうですね…。それにこの北の大地はもともと彼等…。始祖の土地、トゥルーバンパイアの土地だったの。そこに私がセルスと婚儀を交わした。そのせいも有り、エルフもこの土地に入るようになりましてね。このストーロボーリという城下町が街として機能しだしたのはその頃です。そしてストボリはあっという間に発展しました。今では多種族が暮らす大都市にまでなり…。勿論、この事が長老一族が面白く思っていないのは当然です。当時、始祖達は国民を散々、いじめて自分達をあがめさせ、そして多額の税金を巻き上げていました。ですが、今では始祖達を崇める事もなく、その当時以上の税金を納めさせているのですからね…。」


「あの、ルシエールさん。ブッカーというのは始祖なのですか?」

 僕はわかりきった質問をルシエールさんに問いかけた。


「そうですね…。だからなのです…。だからなんですよ、颯太殿。ブッカーもエルフだけではなく、他種族を嫌う。」

「支離滅裂だな…。」

 僕はうまく言葉が浮かばない。


「颯太殿、もう1つ質問です。颯太殿から見たエルフの女性はどうですか?」

「率直な意見ですが、皆さん素敵に思います。妖艶さというか、それでいて純真無垢な振る舞い。両方とも人間にはない物を持っています。おそらく男性を虜にする何かを持ち合わせているような。でも、本人達にその自覚は無いように思えます。」


「おい! 颯太!」

 怒るバグエ。

「怒らないのバグエ。 颯太殿はバグエ以外の女性には興味は無いから安心しなさい。」

 ルシエールさんは、バグエをなだめるように、穏やかに言った。

 そして、話しは続く。

「確かにその通りです。私達に颯太殿が言われた自覚など持ち合わせておりません。」

 ルシエールさんは微笑みながら僕とバグエに言う。


「でも母様…。颯太は最近、私以外の女性にも優しくしている…。」

 バグエは頬を膨らまし、照れながら怒っている。


「バグエ…。変な心配までかけてごめんね。」

 僕は気の効いた事も言えないでいた。


「ところでルシエールさん。今の質問は何ですか?」

「ふふ…。颯太殿がアリゼーに魅了されるどころか、逆にアリゼーをメロメロにしましたからね。だいたい、彼女は人間が大嫌いでしたの、特に人間の男性がね。彼女に限らず、ほとんどのエルフが人間自体を嫌います。」

「そうなんですか? そのわりには皆さん礼儀正しいと言うか…。ん? そうか! 僕がカーストの頂点になるかもしれないからか!」

 ルシエールさんは再び含み笑いをした。


「バグエ、これを…。」

 そう言ってルシエールさんは封書をバグエに渡した。


 封書を受け取り、書面に眼を通すバグエ。


「夕食後、造園士のシズから貰いました。バグエ、他にもあるのよ。執事やメイド、自警団からも。みんな颯太殿が大好きですって。」

「颯太…愛されているのね…。」

 バグエは涙ながらに書面に眼を通す。


「颯太殿の言う、学校という物を…。貴族の者も良い事だとわかり始めてきています。その情報は瞬く間に広がり、今ではストボリ中がこの話題で盛り上がっております。しかしセルス派の、長老側のいくつかの貴族は、あまり興味を示しておりませんが…。ですが颯太殿。学校と言うものができ、学問を発達させればこの世界にだって車や飛行機が現れるのも夢の話ではなくなります。」

「ルシエールさん。ありがとうございます。」


 僕はホッとした。熱く語った甲斐があった。


「それに今では…。ルキエラが私の前から消えたのもわかる気がします。最初、私はルキエラが消えたのは私がセルスと生きる道を選んだからだと思っていました。エルフの里を手放してまで、セルスを選んだのだから…。そんな私に嫌気がさした…。姉妹の縁を切るほど私を嫌ったのだと思った…。ですが…。ルキエラがΝύξ,ニュクスと手を組んだのは私の為なのでは? と思いました。実は何百年か前から、セルスとルキエラが密な関係なのも知っていて…。私はセルスに裏切られたと思いました…。セルフィーにも裏切られ、シレーヌを筆頭に手練れのハイエルフ、100数名迄も連れていかれ。挙げ句の果てに、シレーヌは神の怒りをかい、海の賊を喰らう化け物にされました。」


「セイレーン…。ですね…。」


「そうですね。颯太殿…。貴方がトリシューラで浄化した化け物。シレーヌの擬態、セイレーンです。」

「今思うとですが、あの時シレーヌは僕の事を憎くてたまらない感じでした。何故だったのか…。何をどう考えてもわからないのです…。」


「そうですね…。颯太殿は乙女心をおわかりになっていない…。そこが貴方のチャームポイントであり、ウィークポイントでもあるのですよ。おわかりにならないようなのでお教え致します。美梨と言う娘。あの娘が颯太殿を愛していたからです。自分が憑依よりしろにしている身体が人間の男に恋焦がれていた事が嫌だったのでしょう。」


 ああ…。シレーヌらしい考えだな…。


「話を戻します。ルキエラですが、おそらく自身が夜の王となり、セルス派の貴族共を支配しようとしたのでしょう…。全ては妹である、私の為だと思います…。」


 そうか…。榛名湖でバグエが泣いていた時、僕を威嚇したのは、バグエが僕に魅了されたと思ったのか。バグエまで僕に盗られたと…。


「ルシエールさん。僕はこの地で暮らす事を嫌とは思いません。この地を改善し、いずれは人間ですら住めるようになればと思います。それに、この世界には転生者もいるようですし…。」


 ルシエールさんは驚いた顔をしている。


「気がついていましたか…。」


「顔を隠すような長い髪。闘気を隠す為の法具の被り物。この平和なストボリの街中で、長い両手剣を持っています。その人達は男女に関係なく存在しています。初見で人間に近い存在だと思いました。」

「そうでしたか…。」


「母様!? 転生者って!?」

 バグエは眼を見開いて驚いている。


「これは僕の想像ですが…。昔、魔族の襲撃、またはとてつもなく強大な力を持つ魔族が現れて…。異世界からの召喚の儀式等をしていたと思います。それからですよね。この世界と僕がいた世界が繋がりやすくなったのは。」


 ルシエールさんはふふっと笑い、うなずいた。


「バグエ。転生した者って、転生した当時のままで、見た目は歳をとらない。そういう見た目だから、こちらの住人と区別がつかないんだ。でも、身体の中身は年々、老いていく。この世界の住人は見た目は若いけど、年齢は人間の何百、何千倍の人もいる。そして身体の中身は見た目と変わらない。そこが転生者とこちらの住人との違い…。」


「その人達は元の世界には帰らないの? と言うか、帰れないの?」


「原理はわからないけど、人間の寿命を遥かに越えているんだ。ストボリで見かけた男性はおそらく100歳以上だよ。現世で言う、江戸時代の時に転生した人だと思う。今の時代に帰っても身分を証明することができないので、働く事もできない。勿論、お金がないから衣食住を確立できないんだ…。」


「母様…。その人達はどうすれば良いのでしょうか? 助けてあげられませんか?」

 バグエは心配そうに困った顔をしている。こんな時に不謹慎だけど、バグエの困った顔を見ると萌えるんだよな…。


「もしかしてですが、颯太殿はその者達に先生になってもらおうとしているのでは?」

「驚いた! ルシエールさんには全てお見通しでしたか。」

「ええ。血が繋がっていなくとも、貴方の母となる者です。貴方のバグエを思う気持ち、この国を思う気持ちが伝わってきます。」


「ありがとうございます。あと、クオンですが、今はルキエラの所にいます。ルキエラの身の回りの世話をするように言い付けました。本人は緊張しておりましたが、良い経験になるかと思い…。」


「そうですね。クオンはセラの妹のミノンと姉妹のように育ってきたそうです。こちらに来て知り合いもいない中、1人で黙々と頑張っていましたので、ちょうど良い骨休みになりますね。ですが、今回の件に関しては…。」


「そうですね…。先程も言いましたが、事情が事情だけに…。今は城の使用人に、注意喚起として緊急招集致します。許可をお願い致します。」


「わかりました。私も同席致しますが、お話は颯太殿からお願いしても宜しいですか?」

「はい。」






 明朝。


「颯太さん、起きてください。朝ですよ~!」

「エリーゼ?」


「今朝は私が朝食をお作り致しました! お弁当もお作り致しました! もぉすっかりあなた様の奥さんですわ!」

 くったくの無い笑顔で言うエリーゼ。


「颯太様。おはようございます。」

「サレン? サレンは帰っていなかったんだ?」

「はい。今日まで休暇を頂いておりますので。それよりも朝食をお取りになられて、お仕事の仕度をしてください。」


「うん。ありがとうございます。エリーゼも起こしてくれてありがとうございます。」

 僕は着替えてテーブルに着いた。


「あれ? エリーゼ…。この朝食って…。」

「うふふ。バレちゃいましたか。サレンが作りました。お弁当もサレンです。」


 エリーゼ…。もしバレなかったら、そのまま自分が用意したことにしたんですか?


「サレン。ありがとうございます!」

「あわわわわわわ! そそそ…そんな! お口に合うかわかりませんが…。」


「サレンは優しくていい子だね。今日はゆっくりとしていてね。エリーゼは?」

「今日はこの部屋でサレンとあなた様の帰りを待ちますわ…。」

「僕は今夜、会社の人と食事会をするので遅くなります。ですから気にしないで、隠世へ戻って下さい。」


「あの…。颯太様。お邪魔でなければですが、颯太様の帰宅時までこちらで待たせて頂いても宜しいでしょうか?」


「え? 別にかまわないけど…。どこか行きたいところでもあるのかな? 僕は何時に帰れるかわからないですけど、いる間はこの部屋を好きに使ってください。」

「はい! ありがとうございます!」


 ん? 何で困った顔をしているのかな……。


「颯太さんが鈍感な方で良かったです。ね? サレン。」


 は? 何? 何なの?





 満点ホーム展示場事務所。


「椚田君、先にお昼にしていいよ。」

「大榧さんありがとうございます。でも大丈夫だよ。今日もお弁当だから。」

「またひかりさん? いいなー。ひかりさんってお料理が上手なんでしょ?」

「うん。でも、今日はサレンが作ってくれたんだ。昨夜は僕の部屋に泊まったみたい。気がつかなかったけど…。」

「サレンちゃん? ケモミミの?」

「アハハ。ケモミミって…。あの子は料理長なんだよ。現世うつしよにはエリーゼとよく来るみたい。 買い出しらしいけど。」

「そうなの? 何を買うのかな…。食べ物とか?」

「えっと…。言いづらいな…。」

「あー。女性用の下着でしょう?」

「…。」


 大榧さん…。鋭いな…。


「アハハ! 返事しないってことは正解だね! 椚田君は優しいね。」

 僕は返事ができないでいた。


「なあ椚田。今夜さ、梓川さんと御一緒するんだろ?」

「げっ!?」

 中原さん? 何で知っているんだよ…。


「何がげっ!? だよ! 梓川さんと御一緒するのか?」

「う…。うん…。」

 僕は小声で返事をした。


「本社の社員のほとんどが知っているけど? 特に女性社員。」

 大榧さんまで…。それに楽しそう。


「ああ。昨日、突然そういう話になって…。まだ場所も決めていないんだ。」

「はっ? 何を言っているんだ? 世界の山ちゃんだぞ? 私と大榧も行くぞ!」


 なにそれ? なにそれなにそれ!? 僕は立ち上がり、事務所を出て梓川さんに電話をした。


「はい。満点ホーム総務課、中里です。」

 出たのは女性社員。


「お疲れ様です。展示場の椚田です。」

「あっ、椚田さん! お疲れ様です! 今夜楽しみにしてますね! もしかして、梓川に用事ですか?」

「え? ええ。いらっしゃいますか?」

「すみません。只今、銀行に挨拶回りに行っておりまして。直帰になっていますが、お急ぎですか?」

「いえ、大丈夫です。」

「それでしたら今夜、山ちゃんでお話をしてください。」


 なんだよ…。何で楽しそうなんだよ…。何で山ちゃんなんだよ…。何で中里さんが知っているんだよ…。


「はい。わかりました。それでは失礼致します。」


 まったく…。どういう事だ?「二人で飲むならOKかい?」とか言っておきながら…。

 僕はやるせない気持ちで事務所の扉を開けた。すると、中原さんが受話器を僕に渡してきた。なんだ? いきなり…。


一瀬いちのせさんのご主人。椚田さんにお話があるそうですよ。」


 ん? 一瀬さん? なんだろ…。


「はい。お待たせ致しました。椚田です。」

「あの…。お忙しい所申し訳ありません。椚田さん。今朝、起きたら、颯太がいなくて…。そちらにお伺いしていないかと思い…。」

「え? 颯太君が? こちらには見えていないと思いますが…。一応、場内を探してみます。折り返しお電話致しますので、今表示されている電話番号で宜しいでしょうか?」


 僕は一瀬さんとの通話後、所長と部長に事情を説明し、手分けして捜索にあたった。僕は駐車場をひとまわりし、中央案内所にも顔を出した。そして颯太君の特徴を話し、見つかりしだい連絡をもらえるようにした。


 その後、僕は展示場へ戻りながら、フェイレイにも確認をとってみる。


 (フェイレイ、颯太君の気配はあるか?)

 (主よ。ここにはいないでゴザル。)

 (ここには? なんだ? 何か知っているのか?)

 (たぶん今はサレンとVitaで遊んでいるでゴザル。)


「はっ? なんだそれ?」

 思わず口にしてしまった。


「椚田君が独り言ひとりごとを言っていますね~。」

「お、大榧さん? ち、違う! 今のはフェイレイと…。」

「わかっているよ。何かわかったの?」

「フェイレイが言うには、僕の部屋でサレンとVitaで遊んでいるらしい…。確認してみる。」

 僕は自宅に電話をしてみた。

 ん? そうか…。電話なんてわからないか…。


「ちょっと行ってきます。」

 僕はそう言って飛び立った。


 まずは近くの電柱に飛びうつり、次に3階建てのアパートの屋上に飛び移つる。

 国道を越え、次の高層マンションの屋上に飛び、社宅近くの公園まで来た。


 すると、その公園の遊具の近くにいるサレンを見つけた。

「サレン!」

 驚きの表情で僕を見るサレン。


「颯太様? 何で? もうお帰りですか?」


 嬉しそうな顔で迎えてくれるサレン。そのサレンの言葉につられて、遊具のトンネルから顔を出す男の子。


「お兄ちゃん! スゲー! 空を飛んでいた!」

 颯太君だ! 良かった…。


「颯太君? 今ね、お父さんから電話をもらってね。今朝、起きたら颯太君がいなくてビックリしたって。」

「え? そうなの? 籠萌かごめに言ったのに!」

「籠萌? 妹ちゃんかな?」

「うん。あいつ! パパに言わなかったんだな! ひどいよね? サレンお姉ちゃん!」

「ソウタ君はお父さんとお母さんに内緒で来ちゃったの?」

 颯太君に優しく聞くサレン。


「うん。だって、パパとママは颯太お兄ちゃんは忙しいからって…。」

 悲しそうに話す颯太君。僕は笑顔で颯太君の頭を撫でてあげた。そして、颯太君をサレンに任せて、一瀬さんに連絡を入れる事にした。

 受話器の向こうの声は安堵の溜め息と嬉しそうな声。僕は今いる場所と事の内容を颯太パパに説明をした。

 そして颯太君のもとへと戻る。

「さぁ! 颯太君! 何をして遊ぶ?」

 僕の言葉に彼の顔はパーっと明るくなる。


「え? いいの?」

「大丈夫だよ。僕が決めてもいいかな?」

「うん!」

 颯太君はとびきりの笑顔で返事をする。


「よし! じゃあ影踏みね。サレンが鬼! 逃げろー!」

「えっ? 颯太様!? ちょちょちょ…。待ってください!」

 驚くサレン。


「僕か颯太君の影を踏むんだよーー!」

 そう言いながら僕と颯太君は走り出した。ところが…。


「踏みました。」


 げっ!? サレン? ここは空気を読んで…。ビースト、いわゆる猫族の君が本気を出したら素早いのは当然ですって…。しかたがない…。


「よし! 次は僕が鬼だね! 颯太君とサレンの影を踏んじゃうぞー!」

 そう言うと二人は逃げ出した。


 後ろにピッタリとついて追いかける僕に対して、サレンは颯太君を抱きかかえた。そして、ピョンピョンっと跳ねてロープタワーの最上段に立つサレン。


「サレンお姉ちゃんスゲー!」

 楽しそうな颯太君。

 おいおい!?

 サレンさん?

 ガチ過ぎですよー………。


「サレン! 危ないから降りて!」

「はい。かしこまりました。」

 サレンはそう言うと、またもやピョンピョンっと跳ねて地上に降りた。


「サレンお姉ちゃんってスゲー! てか! お兄ちゃんとお姉ちゃんスゲー! ねぇねぇ! バゲットお姉ちゃんもできるの?」

 颯太君のテンションは上がりまくりだ!


「はい。バゲット様は空をお飛びになることも出来ますよ。大きな翼をお持ちですから。」

 自慢げに話すサレン。

 と、そこに…。


「ちょっとサレン! あなたは何で颯太さんと遊んでいるのですか! まったくちょっと目を離すと!」


 エリーゼが怒り心頭で登場。あれ? そういえばエリーゼの姿が見えなかったな…。


「エリーゼ! 違うんだ! 僕が無理矢理サレンを付き合わせたんだ! サレンは悪くないよ。」

 僕がサレンをかばうと。


「キャー! 颯太さんがそう言うと、まるで私が悪者ですわ!」

 涙目になるエリーゼ。


「エリーゼ、ごめんね。エリーゼは悪者なんかじゃないよ!」

 僕はそう言ってエリーゼの肩を抱いてあげた。最近のエリーゼはヒステリックだな…。


「もう…。颯太さんはズルいです。こんな事をされたら怒れません。でも…。嬉しいです!」

「アリゼーお姉ちゃんも来てくれたんだね! 一緒に遊ぼう! 影踏みだよ! 本気を出さないと颯太お兄ちゃんとサレンお姉ちゃんはすごいよー!」

 楽しそうな颯太君。


「ソウタ君? サレンなど私にかかれば秒殺ですわ…。行きますよサレン!」


 ものすごいスピードで逃げるサレンに、エリーゼは軽く追い付いている。

 ガチだ!

 これはガチの影踏みだ!

 そして、颯太君の目は二人を追いかけている。おそらく、普通の人の目には追い付けないスピードだ。だが、颯太君はニコニコしながら見ている。この子は目の身体能力も、活性化されているようだ。


 そんな事を考えていると、いつの間にかサレンは追い詰められていた。公衆トイレの壁に行き止まり状態で立つサレン。その壁に寄りかかるサレンにエリーゼが言う。


「ふふん! 万事休すね、サレン!」

 その二人から離れて見ていた僕たちはあきれている。


「ねえ、お姉ちゃん達…。そこは日陰だよ…。オニは日陰に入ったらダメなんだよ。アリゼーお姉ちゃんの負けだー!」


 その言葉にエリゼは「きー!」と言って悔しがっている。あまりにも悔しがるエリーゼに、僕はお姫様抱っこをしてあげた。


 嬉しそうなエリーゼ。「次は僕!」僕は颯太君にもお姫様抱っこを…。少し違う気がするが、してあげた。

「よし! 最後はサレンだね!」僕はサレンにもお姫様抱っこをしてあげると、サレンは泣き出してしまった…。


「サレン? ごめん! 嫌だった? もう2度としないから! ごめん! 許して…。」

「いえ! こちらこそスミマセン! 私…。生まれて初めてこんな事をしていただいて…。温かくて…。嬉しくて…。安心できて…。」


 涙を流しながら嬉しそうな顔をするサレン。そんなサレンを見ると、この子もDVを受けた女性と確信する。もしかして、サレンは母親の顔もわからないのかな…。

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