第2話 There will be love there(愛のある場所)

 年明け初出勤。


 今朝、朝礼が無いのは所長と部長と大榧さんが賀詞交換会、いわゆる組合の名刺交換会に出掛けているからだ。

 そして、成人式が近いこともあり、1月の今の時期はお客さんなど、まず訪れない。

 家よりも自分の息子や娘を優先させるのであろう。

 そんな中、僕は休み中に溜まった財務関係の書類や作業書類の写真データをチェックしていた。




「明けましておめでとう! 椚田!」


「あっ 所長、お帰りなさい。本年も宜しくお願い致します! 」

「正月早々、冴えない顔だな? どうした?」


 所長は頬が少し腫れぼったい…。昨夜も飲んでいたのかな?


「いえ、特に何もありません。大丈夫です。」

「そう言えば、昨日イオンモールの展示会で、一瀬いちのせさんが見えたよ。あそこのお子さんも颯太って名前なんだぞ。それで颯太君が颯太君に会いたがっているらしい。昨日も颯太お兄ちゃんがいるかもしれないと言って、無理矢理連れてこられたらしいからな。ちなみに、妹さんは椚田の彼女に会いたいんだってさ。優しくて、可愛くて大好きだそうだ。そうなのか?」

 所長は颯太君よりもバグエに興味があるみたいだな。


「あとさ、椚田って中原のお父さんと知り合いなのか?」

「はい。」

 ああ…。どうせエリーゼの事だろうな…。


「お前、何かやったのか? 昨晩さ、とあるお店の新年会で会ったんだけど、中原さんが何かにつけてお前の事をダメ出ししていたぞ?」

「そうなんですか? たぶん、家か会社で嫌なことでもあったんじゃないですか?理恵さとえちゃんが無視をするとか。」

 僕はニヤケて理恵ちゃんをチラッと見て言った。


「椚田、仕事中は中原さんと言え! あと、お前の事は家でも颯太のクセに生意気だ! って言っているぞ。」

 なにそれ? ジャイアンかよ……。


「椚田君おはよー! 今年も宜しくね!」

大榧おおかやさんおはよう! こちらこそ宜しくお願い致します!」


「今日は13時に美梨みりちゃんのところでしょ? タイミングが会えば一緒にランチしたいって言っていたよ。」

「あー。今日はお弁当なんだよな…。」

「えっ!? 凄い! 椚田君が作ったの?」

 大榧さん、驚きすぎですよー。


「まさか…。昨夜は…。」

「椚田! まさかアリゼーさんじゃないだろうな!?」

 目の色を変えて言い寄って来る笹目部長…。僕の話を遮ってまで聞くことか?


「はっ? アリゼーさん? どゆこと? 椚田、笹目。どゆこと?」

 所長がキョドっている。


「所長。そゆこと!」

 正月早々から、やめてください…。


「昨夜は実家にいたので、お弁当はひかりちゃんが作ってくれました。あの…。そろそろ仕事に戻ってもいいですか?」


「二人とも最低だな…。さすがに今のは椚田が可哀想に思えたよ。」

 中原さんが軽蔑な眼差しで所長と部長を見る。あれ? 中原さん今日はいつもと違うぞ?


「本当。私もそう思いました。」

 大榧さんまで優しいな。どうしたんだ? 今日の女性陣…。


「え!? そっ、そうだよな…。すまん、椚田。」

 自己嫌悪に陥ったような笹目部長。


「アハハ。別に大丈夫ですよ。気にしないでください。」

 所長まで暗い顔になってしまったので、とりあえず気にしないように言ったけど。さすがに今のはきつかったな…。


「椚田。本社に用事があるんだろ? それ、済んだら行ってこいよ。後は私と大榧でできるから。所長。いいですよね?」


 はっ? 理恵ちゃん、どうしたの? すごくいい人。てか、いい先輩なんだけど…。


「そうだな。いつまでも椚田にやらせられないからな。戻ったら、引き継ぎ頼むな!」


「は…はぁ。わかりました。」

 なんだろう…。違和感アリアリだな…。




 本社屋…。


 僕は退職手続きの書類を頂きに本社に来た。入社して1年も続けられないダメ社員なのに、丁寧に受け答えをしてくれる統括部長に感謝の言葉しか出てこない。


「明けましておめでとうございます! 年始のお忙しい中、大変申し訳ありません。」

「あっ椚田! ゴメン! もうちょっと待ってね。と言うよりも、明けましておめでとうございます! が先だったね。連休は楽しめたかい?」

 いつも笑顔で迎えてくれるこの人は総務人事課の統括部長、梓川あずさがわさん。


「はい! おかげさまで楽しめました。」

「彼女と…どこかに行ったのかい?」

 梓川さん、聞き上手だな…。そして、ブラインドタッチでキーボードを打ち込む所なんて凄い特技だ。しかも、僕と話をしながらなんて…。


「ええ、彼女の実家に行きました。とてもいいところでした。」

「マジか~!? 凄いね! 向こうの親は? ツカミはOK的な?」


 ヤバイ! この人、本当に聞き上手だ! ペラペラ喋っちゃいそう…。


「ええ。早く来てもらいたいみたいで…。」

「そうか…。何だか残念だよね…。僕も椚田と話をするようになったのは最近だもんね。椚田がこんなにいい奴とは思わなかったよ。それにさ、椚田のファンって本社にもけっこういてさ。女子達に飲み会をセッティングするように言われていたんだよね。何だかさ、梓川がチンタラやっているってからだボケ! とか言われそう…。」

 梓川さんは小声で僕に言ってきた。


「またまた。そんなわけ無いじゃないですか。たぶん梓川さんを呼ぶ口実だと思いますよ。」


「椚田! 君は本当にナイスガイだな! 涙が出そうだよ…。ところで彼女は何歳いくつなんだい?」

「もう止めてくださいよ。」


「何で? いいじゃん? 書類ならもう少しでできるんだから、話に付き合っておくれ。」

「えっと…。たぶん200歳位だったかな…。」


「アハハハハハ! そんな事を言ったら、彼女に怒られるぞぉ~!」


 しまった! 本当の事を言っちゃった…。


「引く事の180歳です。」


「うひゃー! 20歳ですかあーー!! 椚田って本当にその娘の事を上手に射止めたんだね。今夜の飲み会はこの話で盛り上がりそうだよ。ところで、今夜同席しないかい?」


「はっはい。はい!? すっすみません。今夜は犬のしつけ教室なんです。実はボランティアでやっていまして。僕の犬は大きいので、日中は出来ないんですよ。」


 上手い! 梓川さん、話の持って行き方が上手すぎる! 危うく、行きます! って言ってしまうところでしたよ!


「へー。もしかして、西口公園でやっている教室? うちの家内も行っているよ。もしかしてさ、アイリッシュウルフハウンドの颯太先生って椚田のこと? 教える側?」


「あちゃー! そうです。バレちゃいましたか…。」


 マヂか…。世間せけん、狭すぎだ…。


「家内が言っていたよ。イケメンの先生だって。大きいワンちゃん連れていて、絵になるって。」


「本当に、梓川さんは…。そんな事よりも、書類できましたよね。ありがとうございます。」


「椚田はイケメンとか言われるのが嫌なんだね。気を悪くさせちゃったかな? 申し訳ない。それじゃ、しつけ教室、頑張ってね。本社の女子達には内緒にしておくよ。あとさ椚田。僕と二人で飲むのならいいかい?」

「はい。是非お願いします。」

「今週は?」

「明日なら空いております。」

「OK。それじゃ明日ね。」

「梓川さん? 2日連チャンで奥さんに怒られませんか?」

「ハハハ。結婚して何年か経つと、亭主は元気で留守がいいんだよ。」

 梓川さんはそう言って、にこやかに笑った。







 13:00 Catch The Wave ピアノ教室…。


 トントン…。


「満点ホームの椚田です。」


 ガチャ…。


「こんにちは。どうぞ入って。」

 美梨が笑顔で迎えてくれた。


「お邪魔致します。」

「やだー。よそよそしい。二人だけなんだからいいじゃん。」

「仕事中なのでそうはいかないです。先日言われたチェック項目の訂正です。」

 僕は図面を渡した。


「もう、堅いんだから…。」

 軽く文句を言いつつも図面を念入りにチェックする美梨。


「ありがとう。あとは建具の方だから担当は別だね。今までありがとう!」


「とんでもないです。最初は図面をビリビリに破かれたもんね。今回もやられたら、さすがに泣いちゃうから、必死だったよ。」

「ちょっ!? それは私じゃないってば! シレーヌでしょ! もう…。」

「へー。本当かな…?」


「ふふ…。やっと仕事モードの颯太君じゃなくなったね。」

 嬉しそうに言う美梨。でも、何かを言いたそうにしている。


「美梨、今まで僕に接してくれてありがとう。」

「やめてよ! この世からいなくなっちゃう訳じゃ無いんだから!」

「そうだね…。」

 何だか寂しそうだな…。


「セルフィーとはもう会ってないの?」

「彼女は東の滝の魔女でしょ? そう簡単に離れられないみたい。それに、セルフィーはアリゼーさんみたいに自分の分身を作ったりできないみたいだし。アリゼーは凄いエルフだ! って、来るといつも言っているの。あとね、アリゼーさんは人間の男性が大嫌いだったみたいよ。それなのに、颯太君の事が大好きだから不思議だとも言っていた。」

「ふぅん…。でも、それは僕も思うんだ。何で僕なのかなって…。」

「アハハ! 颯太君は鈍感だもんね。」

「それ! 本当にそれ! フェイレイにも言われたんだよね…。 全く意味がわからないよ…。」

「颯太君はわからなくてもいいのよ。その方が見てるこっちは楽しいから。」

「なにそれ? フェイレイも全く同じ事を言ったよ? 本当にこの流で。何だかデジャブだよ。」

「あはは。でも、フェイレイってさ。自分は性別はない! って言っていたけど、あれは私から見ると充分に女の子だよ。使い魔の領域を越えた、何かがあるね。聞いているんでしょ? フェイレイさん。」

「あまり、わずらわしい事を言うと食うぞ。」

 フェイレイは僕の影から出ると同時に美梨を威嚇した。


「その反応は図星だね。」

「…。」

 フェイレイは美梨に何かを言おうとしたが、すぐに僕の影へと戻った。


「それだけのために出てきたのか?」

「本当に颯太君って…。いいや…。そんな事よりもさ! 向こうに行く前に颯太君と二人だけで会いたいな。どお? 一緒にご飯食べてさ、その後にお洒落なバーでお酒を飲んで。それでね…。だんだん颯太君は私の事が大好きになっちゃうの…。そして別れ際にはね、颯太君はもう…私にメロメロになっちゃうんだよ…。どう?」


 美梨…。そんな涙目で…。


「ありがとう美梨…。でもね、僕は現世に大好きな家族や友人がいるけど、隠世に行きます。大好きな女性がいたとしても。それほど大変な事態になっているんだ。だから…。」

「何でそんな事を颯太君がするの!? 現世の人間なのに!」

「僕は北の大地の王なんです。」

「バカみたい! 人間なのに! 何であんな…。人間を利用する連中のために!」

「現世が平和でいられるためでもあるんだよ。」

「わかんないよ。そんなの…。もし隠世の住人が攻めてきても自衛隊とか、他の国の軍隊に任せればいいのに。」

「隠世の住人に拳銃やミサイルは効かないよ。核爆弾も同じ。それに隠世は格差がすごくてね。見逃せない状況なんだ。僕が何とかしないと。」

「だから! 何で颯太君がやらなきゃならないの!? バカみたい! もう話にならない! 帰れバカ!」


 相変わらず涙目の美梨が怒って言った。


「…はい…。お邪魔しました。」

 僕は立ち上がり部屋を出ようとドアノブに手をかけた。


「帰るなバカ颯太! 泣いている女の子を残して帰るな!」

「はい。わかりました。それではもう少しだけお邪魔させていただきます。」


 そう言って僕は再び席に着いた。そして美梨は頬杖で話を始める。


「どうせさ…。バゲットさんだけじゃないんでしょ? 他の女も絡んでいるんでしょ?」

 美梨は少し呆れたように言う。


「女性だけじゃないんだ。男女の問題じゃないんだよ。貧富の差なんだ。大人が簡単な計算もわからないんだよ。字も書けないのも当たり前なんだ。だから何とかしたいんだ。」

「そんなのルシエールさんに言えば済むことじゃない! 北の大地の女王様なんでしょ!?」

「格差によって、弱い者が乱暴されているんだ。それが悪い事だとわかっていない。お父さんが誰だかわからない子供がたくさんいるし。熱した鉄を脇腹にあてられて、泣き叫ぶ子供を見て楽しんでいる連中がいるのを見逃せない。」


 美梨は絶句した。


「そんな…。あり得ない…。見たの? 颯太君はそれを見たの?」


 声を震わせながら話す美梨。


「今言ったことに、近い事をされているのを見た…。そして、それを今でもされている女性を知っている。」

「颯太君…。バカって言ってごめんなさい。」

「気にしていないよ。だって美梨は気が強いもんね。図面を破いたり、僕を後ろから襲う女性だもん。」

「だから! それはセルフィーとシレーヌでしょ!もう…。そうやっていつも笑顔で言うんだから。

 颯太君は優し過ぎるんだよ…。

 だから心配なんだよ…。

 だから大好きなんだよ…。

 行かないでよ…。

 私の物にならなくてもいいから行かないでよ…。」


「えへへ。そうはいかないよ。僕は王様だからね。色々な人と約束したんだ。みんなが住みやすい国にするよって。それにメタさんが出来なかったんだから、僕が出来れば、きっと僕の事を見直してくれるでしょ?」

「私はどうすれば颯太君の力になれるの?」

「僕の事なんかサッパリ忘れて、美梨の。美梨が悔いの残らない人生を送って。」

「バカ! やっぱ帰れ!」

「うん。それじゃ元気でね。お邪魔しました。」

「バカ颯太!」


 僕は美梨のピアノ教室を後にした。






 満点ホーム住宅展示場事務所…。


「戻りました。」

「椚田君お帰り。何か飲む?」

「ただいま、大榧さん。ついでの時でいいんで、コーヒーをもらえますか?」


「ついでがないから、今いれるね。バカ颯太君。」

 ふふ…。と笑いながらキッチンに向かう大榧さん。

 まったく…。

 美梨が何か言ったんだな…。


「お帰り、椚田。大榧から聞いたけど、大榧姉にバカって言われたんだって? まあ、本心じゃないだろうけど、お前は女難の相が出ているな。」

 不機嫌な顔で言う中原さん。


「そうなのかな…。そんな事よりも、引き継ぎをしましょう。」

「椚田、お前さ…。もうちょっと何かないのか? 大榧だってお前の事…。」

「すみません。今は色々とあって…。深く考えると…。」


 ヤバい…。今まで見て来たことを考えると自然と涙が…。


「颯太…。何となくだけどわかっていた…。

 お前が優しい子で、それを見逃せなくて…。

 今はどうにもできなくて悩んでいるんだろ?

 私には何もできないけど、話して楽になるなら言いな。

 話せる時でいいから。」


 理恵ちゃんは僕の頭を抱きしめて言ってくれた。


「うん、ありがとう。何だか今日の中原さんは優しいね。いつも優しかったらモテモテだと思うよ。」

「調子に乗るな! バカ颯太!」


 その後、僕は中原さんと大榧さんに、作業の引き継ぎをした。





「お前、スゲーな! これを一人でやっていたのか?」

 中原さん、あなたが何もしなさすぎですよー。


「私もビックリした! でも、財務関係は所長がやるべき事のような気がするんだけど…。作業写真も、本来なら品質管理課だよね。」

「大榧さん、作業写真を僕がチェックするのは現場の人達のためでもあるんだよ。職人達が一生懸命に作業していて、1番いい絵をデータとして残してあげるんだよ。それは満点ホームの躍進にも繋がるからね。それにさ、夏の猛暑や冬の寒い中でも外で頑張っているからね。僕たちができるのはそのくらいだから。」


「お前、本当にスゲーな。協力業者の社長や親方のほとんどが、椚田ちゃん! とか、颯太ちゃん! って言っているのがわかるよ。こりゃ愛されるわ…。」

「ところで椚田君。もうすぐ18時30分になるけど、大丈夫?」

「あー。そろそろ行かなきゃ。今日で最後だからみんなに挨拶しないとな…。なんて言おうかな…。」

しつけ教室か…。私も見に行こうっと。フェイレイが犬を演じている所を見たいし。」

 大榧さんは ふふ…っと笑いながら言った。





 西口公園…。


「こんばんはー! 椚田さんが少し遅れているけど、始めましょう!」


 ヤバ! 始まっちゃった。どうしよう。フェイレイ、どこで出てきてもらうかな…。僕は辺りを見回した。


 ん?


 植え込みが動いているけど何だろ? この漫画でよくあるシチュエーション。


 僕は公園入口の脇にある、ガサゴソと音のする植え込みに近づいた。


 誰かいるみたい。茂みの中で何をしているんだ? というか、細い子だな…。こんな寒いのに半袖シャツで…。猫耳帽子? あれ?


「サレン!?」

「きゃっ!」

「どうしたの? サレンでしょ?」

「ああああ…。颯太様!? 颯太様ぁ! アリゼー様がいなくなってしまって…。怖くて…。」

「そんな事よりも、寒いでしょ! これ着て!」


 サレンに僕のブルゾンを着せてあげた。


「ここここ困ります! これは颯太様のお召し物です!」

「いいから着て!」

「すみません…。でも、アリゼー様が見たら怒られそうです。」

「そんな事させないから安心して。それよりもどうしたの? 何で現世に?」

「…。アリゼー様と買い出しに来ました。あと、今日は颯太様が先生をされると聞きましたので。先生ってなんの事だかわかりませんが…。それでアリゼー様と伺いました。」

「で? エリーゼは?」

「ここで待つように言われまして…。」


「まあ、サレン! そのブルゾンを私に貸しなさい! あなたはこれを着るの!」

 突然現れるエリーゼ。


「すすすすすすみません!」

「エリーゼ。そんなにキツくあたらなくても…。」

「だって颯太さんの服を着るなんて悔しい!」

 眉をつり上げて怒るエリーゼ。


「エリーゼ、今の発言は変態に近い発言ですよ? でも。エリーゼは優しいね。サレンにアウターを持ってくるなんて。」

「だって颯太さん。この娘ったら、着ていた服を野良猫にあげちゃうんだもの。」

「アハハ! サレンらしいね。エリーゼもサレンも優しくていい娘だね。あっそうだ! もう行かなくちゃ! それじゃまた後でね!」


 いつの間にか隣にいるフェイレイに驚きつつも、僕達は教室に向かった。


「こんばんは! 遅くなりました。宜しくお願い致します。」


 あれ? 何だか今日はギャラリーが多いなぞ? って…。母さん達まで来てるのかよ!? バクエまで!?


 僕はとりあえず、いつものように躾教室を始めた。躾教室と言っても、実際はフェイレイが各ワンちゃんたちと話をしているんだけど…。


 中にはケンカするワンちゃんもいるので、そんな時はフェイレイが、「お前ら喰うぞ!」と威嚇すると、すぐに静かになる。とにかく、いい子にしていると、ご褒美が貰えることを教えているわけだ。


「ねぇ颯太先生。今日で辞めちゃうの?」

 小学生の5~6年生位の男の子が話しかけてきた。


「うん。引っ越すことになってね。あれ? ゆず?」


(柚君 = 1stステージ、彼女と私の事情 椚田日向の場合 に合気道々場にいた少年)


「えへへ。柚だよ。日向ちゃんはなかなか名前を覚えてくれないけど、さすがは颯太兄ちゃんだね! それよりも、颯太兄ちゃんはもう帰ってこないの?」


「実家は今のままだから、帰ってくるよ。そうだ! 水曜日に帰ってくれば合気道に行けるね! そうしよう!」

「うん! そうしよう!」

 柚が嬉しそうに言った。


「アリゼー様。颯太様は皆さんにお優しいのですね。今日の、この日の事を皆に伝えても宜しいでしょうか?」

 サレンは嬉しそうにアリゼーに言った。


「ダメ! これ以上颯太さんに悪い虫が付いたら大変です!」

「アリゼー。別にかまわないだろ? サレンも颯太に優しくされた一人だろ? それだけの話だ。」

 バクエはサレンに微笑みかけて話した。


「バゲット様。ありがとうございます。」

 サレンはバクエに深々とお辞儀をした。


「まったくバグエは…。」

「アリゼーだって、颯太からたくさんの優しさをもらっているであろう? 颯太は皆に優しいんだ。でも、私には特別な優しさをくれるけどな。あっはっはっはっ!」

 高らかに笑うバグエに、近くにいた大榧さんが言う。


「悪代官みたいですね。」

「大榧お前、バゲットさんに殴られるぞ!」

「バゲットさんは中原さんみたいに心が狭くないので、大丈夫ですよ。ですよね? バゲットさん。」

「先手を打ちよって…。でも確かに、そのくらいで腹を立てていたら颯太の妻にはなれないからな。」

 バグエと大榧さんが楽しそうに話しているけど、何を話しているのかな…。


「颯太先生。うちの子が最近太っちゃって、どうすれば良いのでしょう。」

 それは食べさせるからでしょ?


 (フェイレイ、この子は何を食べているんだ?)

 (主よ。こいつはラーメンとチョコレートだと言っている。)

 (マジか!)


「たぶんカロリーの高いものをあげていませんか? 最近よく聞く話で、ラーメンとかチョコレートをあげてしまう飼い主がいるんですよね。ワンちゃんは濃い味が好きなので、あげない方が良いかと思いますよ。ちなみに、何を食べているんですか?」


 おっと!?

 ネームプレートに梓川の文字。


「実は…。ラーメンとチョコレートです。美味しそうに食べるから、ついあげてしまうんです。」

「そうでしたか。でも、この子のためだから今後気を付けてください。話は変わりますが、旦那さんは満点ホームの梓川さんでしょうか?」

「ええ。主人をご存じで?」

「はい。実は僕も満点ホームです。展示場で営業をしております。でも、今月で退社するのですが。その事で、今日統括部長の梓川さんのところへ行きました。人当たりの良い素晴らしい旦那さんですね。」

「そうですの? 家ではゴロゴロと寝ているだけですけど…。」

「みんなを気づかうとても良い人です。たぶん毎日気を張っているからお疲れなのでしょう。ご自宅では息抜きをさせてあげてください。」

「颯太先生が言うのなら、考えておきます。」


 梓川さんの奥さんは笑顔で答えた。旦那さんを誉められて、やはり嬉しいんだな。梓川さんは「亭主は元気で留守がいいんだよ。」なんて言っていたけど、これはオシドリ夫婦確定だ。


「はい。それでは本日の躾教室は終わりになります。それでは最後に颯太先生に挨拶をしていただきましょう!」


 何?

 この拍手は!?

 ギャラリーまで…。

 あれ?

 梓川さん!?

 本社の人達まで!

 梓川さんのウソつき!

 言わないって言ったのに!


「皆さん。今日までありがとうございました。実を言うと、僕はワンちゃんの躾なんてできなくて。ほとんどうちのフェイレイがやってくれていました。僕はフェイレイの付属品をしていただけでして。ね、フェイレイ。」

「ワン!」


 フェイレイが犬の鳴き真似をすると、母さん達は大爆笑をした。特にひかりちゃんと五和ちゃんは涙を流して笑っている。


「それでは皆さん。これからもワンちゃん達との生活を楽しんでください。ありがとうございました。」


 気の利いた言葉も言えずに、躾教室が終了した。

 そして…。

「颯太先生、今までありがとう。」


 そう言って主催者の先生がフェイレイに。と言って、sciencedietサイエンスダイエットと表記されたドッグフードをくれた。


 ヤバい! これは地雷踏んだな!


「すみません、ありがとうございます! 良かったなー、フェイレイ! ダイエットしような!」


 ジワル! ヤバい! 何その顔!?


 フェイレイは 昔の不良が、「なめてんのかコルァ!」と言っているような顔をしている。

 ギャラリーの中でひときわ笑う、バグエとエリーゼ。


「キャハハハハハ! ヤバい! お腹が痛い! キャハハハハハ!!」


 フェイレイは相変わらず「貴様! いい加減にしないと噛むぞ! コルァ!」の顔をしている。


「あの…。アリゼー様? フェイレイ様はなぜ怒っておられるのですか?」

 不思議そうな顔をするサレン。


「それはね、あのドッグフードをサレンに盗られてしまうのでは? と心配しているのよ。」


 エリーゼ? マジで噛まれますよ。


「そそそそそんな! フェイレイ様! 私はフェイレイ様の物を盗んだり致しません! 今まで1度も人様の物なんて…。」

 サレンは涙を流して訴えている。


「あー! アリゼーさんがサレンちゃんを泣かせたーー!」

 日向ちゃんが楽しそうに言うと。


「大丈夫です! 泣いておりません! フェイレイ様、信じてください! 私はフェイレイ様の物を盗んだり致しません!」


「サレンを信じるワン!」

 フェイレイの一言に一同が大爆笑をした。


「ぎゃはははは! ちょっとフェイレイやめてよ!」

 日向ちゃんと理恵ちゃんも膝を着いて笑う。


「フェイレイ、ありがとう。うまく誤魔化してくれたね。」

 僕はみんなに聞こえないように小声で言った。


「主は優しすぎだ。見ろ、サレンの主を見る眼を…。」

 フェイレイも小声で話す。


「でも、今の優しさはフェイレイだよ。ありがとう。」

 僕はそう言って、フェイレイの頭を撫でた。


「終わったんだから帰りましょ。今日はひかりとサレンちゃんが夕飯を作ってくれたのよ。」

 母さんがドヤ顔をしているが、なぜ?


「えっ? サレンが?」


「颯太様。勝手なことをしてすみません。」

「何を言っているの? 買い出しで疲れているだろうにありがとう。それじゃ帰ろう。エリーゼも大丈夫でしょ?」

「はい。もちろん伺います。」



「おい小僧!!」

 ん?


「セルフィー!? クオン!?」

 クオンはぐったりとしている。


「クオン! どうしたの!? 何があったの!?」

 クオンは泣いていて話せない状態だ。


「おそらく、反対派の貴族の連中だ…。」

 話したのはセルフィー。


「アリゼーが留守だったので私のもとへ来た。アリゼー、こういう事もあるのでなるべく…。」

「クオン! 大丈夫? すぐに治します!」

 僕達はアリゼーとクオンの周りに立ち、見えないように壁を作った。


「みんなありがとう。」

 情けない…。僕はこんなことしかできないのか…。


「……アリゼー様。ありがとうございます。」

 どうやら治療は済んだようだな…。


「それでは私はこれで消えるが小僧…。負けるなよ。」

 そう言ってセルフィーは隠世へと帰った…。

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