episode 4 ー動揺と執着ー
いろいろとツッコミどころがありすぎて何も言うまい。
目の前の綺麗な顔を睨みつける。
「とりあえずベッドから降りて。」
『なんで?』
ふざけんな。昨日遠慮して床で寝たお前の記憶はどこいった。
いつから横にいたんだ。
『
声に出してもないのに返事が帰ってくる。
『
くくっと目を細めて笑う。私の栗茶色の長い髪の毛先をくるくると指で遊んでいる。
「気安く名前で呼ばないで触らないで。」
彼氏がいるのに。なんだか自分が尻軽の女に成り下がった気がして低い声が出た。
『何もしてないよ。ただ横で眠っただけ。』
当たり前だ。何かあってたまるか。
そのときうっすらと頭によぎる記憶。
遠慮がちに左手を繋がれているような感覚。
しばらくして身体に回った腕の感覚。
ひどく安心して眠った、ような気がする。
「(何をしているんだ。この男も私も。)」
私は知らないふりをした。
******
気まずい気持ちになりながら出勤準備を終えた私はバスで、五十嵐は最寄り駅まで歩いて電車で出社した。
何事もなかったかのように一日を過ごした。
部署も全く違う五十嵐とは普通に過ごせば社内で会うこともない。
朝からなんだか疲れていた私は一般的な企業よりも少し遅めの定時になるとすぐさま帰宅準備をする。
パソコンで勤怠をつけ、スマホのメールをもう一度チェックした。
ホーム画面に戻ったときにメッセージアプリの通知がなる。
反射的に開くとそれは五十嵐からだった。
『飲みに行こう。下で待ってる。』
思わず周りを見た。
なんだこいつは。私を監視しているのか?
とりあえず既読スルーをしてエレベーターに乗り込んだ。
私の会社は少数精鋭といった感じで社員も100人ほどしかいない。
この時間に帰る人はそんなに多くない。
扉が閉まり一人きりになった瞬間、静かに溜息を吐いた。
******
自動ドアをくぐると植木の周りの縁に腰掛けている五十嵐がいた。
『お疲れ様。』
無視。
一瞥して何も言わず駅まで歩き出す。
後ろから五十嵐がついてくる。
電車にまで乗ってきた。
どこまでついてくるつもりなんだ。
最寄り駅で降りたところで振り返った。
「飲まない。ついてこないで。疲れてるの。」
『疲れてるならこの辺の店でいいよ。明日は休みだし僕は家から遠くても気にしない。』
めんどくさい。一杯だけ付き合ってすぐ帰ろう。
そう思って店を物色するが、金曜日のこの時間になかなかすいている店がない。
もうコンビニで酒買って公園で飲むとかでいい。
絶対嫌がるだろうと思って提案したら、五十嵐はめちゃくちゃ楽しそうだった。
五十嵐というやつが本当にわからない。
公園近くのコンビニでサワーとハイボールを買って、ちょびちょびと飲みながら歩いた。
話した内容は記憶に残らないほど他愛もない話。
しばらくすると足の甲が異様に痒くなってきた。
******
街頭の下で足元にスマホのライトを照らして確認すると右足の甲に5箇所も蚊に刺された跡があった。
くそ。痒い。
なんで今日に限ってスニーカーじゃなくてパンプスなんだ。
最近寒かったり暑かったりを繰り返していたからまだ大丈夫だと完全に油断していた。
『うわ。蚊に刺されすぎでしょ。』
「O型だから昔から刺されやすいの!」
痒すぎる。歩くとパンプスが擦れてどんどん腫れてくる。
もう家に帰ってはやく薬を塗りたい。でも私も五十嵐も缶の中身は半分以上残ってる。
『残りは雨宮の家で飲めばいいじゃん。家すぐそこだし。』
溜息を吐きながら家までの道のりを歩き始めた。
パンプスが擦れないように気をつけながらゆっくり歩く。
五十嵐はスピードを合わせてくれているようでずっと横を歩いていた。
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