第4話

【一日嫁】


四話


家に帰ってから最近はあまり使うことがなかったこたつに奴は一目散に入った。

「で!明日は休みでしょ!」

「……まあ、そうだけど俺は多忙なんだよ」

俺はすぐ近くにあるダイニングに腰掛ける。

寒いけどあいつと一緒にあの狭いこたつに入りたくはない。

「え?なにかあるの?」

「寝たりゲームしたり忙しいじゃん?」

言ってやると、彼女はジト目を向けてきた。

「な、なんだ?」

「暇じゃん!」

「話聞いてたか?俺はゲームに睡眠と忙しいって」

「うるさい!ばか!行くったら行くの!」

こうなるとこいつは頑固だ。大変悔しいのだが、昔馴染みではあるので、そのへんはよく知ってる。

そして、その次の日、全くこれっぽっちも心がぴょんぴょんしないデートが、始まろうとしていた。

「私服とかそんなに持ってないけど……どうするか。一応名目上デートってことならそれなりの格好しないと行けないだろうし……はぁ。面倒」

でも、ここで面倒だからって逃げたら同じだ。なんの成長もしてないことになる。

あいつがあんなにも変われてるというのに、俺が俺だけがこのままなんて絶対に嫌だ。

「……今日のデート全力で行かせてもらう。覚悟しとけよ!」

「あら?それは有難いことですね!ひろ君!」

俺の部屋越しに声が飛んできた。

「まあ、俺も覚悟を決めたってことだ」

それから服を見繕い、姿鏡を見やるといつものスーツじゃないからか少し違和感を覚えた。

本当にこれでいいのだろうか?でも、他に私服なんてないしな……これで行くしかないか。

いつもコンビニに出る時に着るような真っ黒なダボッとしたパーカーとリブパンツを履いて廊下に出ると、彼女は白と黒を基調としたシンプルイズザベストなもので、かっこよくも可愛らしく着飾っていた。

「……デートなめてるの?」

「し、仕方ないだろ!これしか服ないんだから!」

「……で?何か言うことは?」

「……ごめんなさい?」

「はぁ……」

彼女は深くため息をついてから説教口調で始めた。

「いい?仮にもこれはデートなんだよ?なのに、おなごの服を褒めないとは何事か!」

「キャラブレてるぜ?」

「無礼者!もっと優しく接しないか!」

「は、はい……」

今日はこれで行くのか?だとしたらいつもの三倍くらい面倒だ。

「なぁ。今日はどこに行くんだ?」

車に乗り込んだところで俺はそう聞くと、目を丸くして彼女は言った。

「え?決めてきてないの?」

「えぇ?言い出したのお前じゃん」

「もしかして、童貞なの?」

「何故そうなるのかはわからねえがそうだな。否定はしない」

「やっぱり?そうだと思った〜」

くそ。クソビッチめ。これだから女子は嫌なんだ。見た目は普通だってのに、中身はド淫乱。俺が童貞で何が悪い。人様に迷惑をかけた訳でもない。寧ろ、なにもしてない。

「……まあ、いい。ショッピングモールでいいか?」

「……君にしては悪くないチョイスだね」

「へいへい」

そして、車で三十分程かけて大型ショッピングモールに着いた。アホみたいに車は入ってくるし、駐車場もあまり空いて無いが、運良く入口付近に車を停めれた。

「よし!じゃ、行こ!」

「そうだな」

入口から入って早々に飛んできた声に、俺は驚愕することになった。

「で?どこ行くの?」

「……さっき行こって行ったのお前なのに、投げやりかよ。……まあ、いいや」

「あれ?アテあるの?」

「まあな!」

リア充だらけの退屈な世界でぼっちな俺が取れる選択肢なんてほとんどない。だが、ゼロではない。この歳になるまで彼女を作ったことすらない俺にしか学べなかったであろう逃げ場所!

「……本屋さん?」

「あぁ!そうだ!ここはいいぞ?時間は潰せるし、新たな本との出会いだってあるかもしれないし、なによりもあまり人が居ない。ひたすら読み耽っていたとしても誰の迷惑にもならない。それに、リア充と一緒の空気なんて吸ってたら死んじまうしな」

「少しだけ期待したのに……」

「あっ!新刊!」

「はぁ……」

「あ、退屈なら勝手に服でも買いに行けば?俺はここに居るから」

「なんでだし!ほら行くよ!」

そう言って奴は俺の腕を掴もうとしてきたが、ひらりと躱して三歩ほど後ろに下がる。

「……本気で言ってるのか?」

「本気だよ!本ならいつでも買えるでしょ!」

「服だって買えるだろ?」

「私の好きな店があるの!」

「だから一人で行けばいいんじゃないの?俺だって好きな店に来てるんだし、お前も好きな店があるならいけばいい」

「……ちょっと正論っぽいって思ってしまった私のこの憤りをぶつけられたくなかったら早く来なさい?」

「やっと気がついたか。正論だ。よって俺はここを動かない」

本に目を落としながら言ってやる。

「正論ってそういうのを言うんじゃないんだよ!それは屁理屈って言うの!早く行くよ!」

「なぁ。ここは本屋だぜ?静かにしてくれない?」

「それは正論だ……」

奴はそれから静かになった。やっと安心して本を読めると思いつつも、何となくふと、横を見やると奴は一生懸命に背伸びをしてめいっぱい腕を伸ばしていた。

「新しいダイエットかなにかか?」

「違うし!この本なにかなぁって思ってさ」

その手を伸ばしてる方向を見ると、恋愛占いと、書かれているものがあった。

「うわぁ……」

「あ!頭悪そうとか思ったでしょ!?」

「自覚はあるのか?」

「本当にそういうところウザイ!」

頬を膨らまして彼女はぷいっとそっぽを向いてしまった。

「やれやれ……ほらよ」

「……え?」

「ほら。そこに置いてやったろ?」

脳みそお花畑な奴らが読んでそうな本を、下の本棚に移動させ、その場からちょっと離れてやつとの距離を保つ。

「……そういうのも変わらないんだね」

「なんか言ったか?」

「ううん!別に!」

「あっそ……」

それから奴は本が気に入ったのかそれを買い、普段の俺ならずっとここにいたかもしれないが、買おうと思っていた新刊も買えたので店に用が無くなってしまった。

「万策尽きた……」

日が暮れるまでずっと本とにらめっこしてるはずの俺の計画が、台無しになってしまった。

「なぁ。逆にお前なんかないの?」

「あたし?うーん。じゃ、映画行こうよ!映画!」

「そうだな。映画なら一人になれるしな!」

「……え?まあ、作品に没頭するならそうか。いこっ!」

そして、このショッピングモールの最上階にある映画館までやってきた。少し薄暗くてポップコーンのいい匂いがする。

「……んじゃ、俺は俺で観るから。終わったらここのソファで集合な」

「ばっかなの?」

「なんで残念なものを見る時の哀れんだ目でこっちを見るの?映画なんて一人でいいだろ。カラオケも一人でいいし、遊園地とかも別にいいな。あ!焼肉も一人でいいし……あれ?別に他人とどっか行く必要なんかなくね?」

「ひろ君……なんか可哀想」

「……んんっ。そういうことだから。またここでな」

「……その残念さ加減も全く変わってないね。でも!今日はデートなのでダメです。これ観よう?これ」

そう言って指さしたのはこれまた頭の悪そうな恋愛映画だ。

「馬鹿か?青春なんてクソ喰らえだ」

原作の方は最近読んだあれだ。久しぶりに恋愛系の話を話題に上がっていたから読んだってのにちっとも心弾まない話だった。

なんだよあの出来レース感は。完全に夢物語だ。まあ、小説なんてそんなもんなんだけど。

「ほら!行くよ!それにさっき本屋さん付き合ったでしょ?」

「それも……そうだな」

今度は正論を返されてしまった。俺は仕方なく言われるがままそれを買うとすぐに上映が始まった。ポップコーンやらを購入して席に着く。

始まって奴は映画を食い入るように見ているが、正直反吐が出る。青春ってのは幻想なんだよ。

そっと目を閉じると、程よい気温と久しぶりの人混みの中で溜まった疲れからかすぐに意識を手放していた。

「……ろ……ん……ひろ……ん……ひろ君!」

「……あと五分」

「もう映画終わったよ!ばか!」

あぁそうか。俺は映画見に来てたんだっけか。

「まあいいや。終わったんだろ?出るか」

ぼけっとしながらも俺はそこから出ると、やつも後ろを着いてきていた。

「ちょっと待ってよ」

さっきまで寝ていたからか反応が遅れ、彼女に袖をちょんちょんと引っ張られ、微笑まれた。

「触れるんじゃねえ!!」

その笑顔のせいか触れられたせいか過去の苦いだけの辛い記憶が鮮明に呼び起こされる。

「触るな……触るな……」

身体中の震えが止まらない。今にも戻してしまいそうな程に気持ちが悪い。

中学校まではずっと話すらしてなかったが、高校生になり、奴と同じクラスになってよりが戻ったというか話すようになって、俺はあの映画のような青春というまやかしに騙されて、好きな人というものを作ってしまった。これが黒歴史の幕開けになることともつい知らずに。

そのどうでもいいような思いを打ち明けようと、勇気を振り絞り放課後の誰も居なくなった教室に奴を呼び出して、決死の覚悟で告白をした。

なんと言ったかははっきり覚えてないが、噛まずに言えたし、やりきった達成感のようなものもあった。

あとは答えを聞くだけ。簡単なことのはず……そのはずだったのに教室の引き戸が開かれた音で頭が真っ白になった。

そこから女生徒数人が出てきて、俺を貶すような笑顔を浮かべ「きっもーい!」だの「告白とかありえないんですけどー!」とか言われ、好きだと思っていた女子に肩に手を置かれて「そういうわけだから。あはっ!」と、確定キルを入れられた。いや、もう死んでるのにも関わらずオーバーキルを決められてしまったのだ。

その相手こそ今、目の前にいる奴である。やっと自分の気持ちに気がついたってのにあいつは俺の気持ちなんて知ろうともしないで踏み躙ったのだ。

いや、正確には好きというものではなく、もっとおぞましい何かだったのだろう。

「ご、ごめん……」

「……もう俺の家から出ていってくれ。変わろうと思ったけど、もう俺は変わらない。もう変われない。悪かったな」

「……嫌だ。逃がさない。今度は絶対に逃がさないから」

そう言って奴は俺の腕に絡みつく。振りほどこうとするが離れない。

「離れろよ……」

「嫌だ!」

「……ここで離したらまたあの時みたいに後悔するもん!」

彼女の瞳には涙が浮かんでいたのだ。

なぜ、奴は泣いている?俺には理解できない。さっぱりこれっぽっちも分からない。

「な……んで?」

「……嬉しかったの! あんたに告白されて! でも、あいつら覗き見してたみたいでさ……バレるのは恥ずかしかったから……」

「……嘘ばっかり言うなよ」

「嘘なんかつかないよ! 小中と喧嘩ばっかりしてたけど高校ではそれなりに話せるようになって嬉しかった。だけど、それであんたと疎遠になって……でも、忘れられなかった! ……好きだったから」

「……だからってもう時効だろ。離れろ」

「……嫌。もう、自分の気持ちに嘘なんてつきたくない!」

 もう、人を好きになることなんて俺にはないし、誰とも分かり合う気もない。

そのはずなのに、拒否とは違う閉じ込めていたはずの感情が奥の方から込み上げてくる。学生の頃に奥の方に閉じ込めたはずなのに。

あんなに嫌だった彼女の手を振り払うことが俺は出来なかった。

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