第3話
【一日嫁】
三話
あの99階層に到達した時の感動は社会人になった今でも覚えてる。その感動を共有したあの人がまさかアイツだったなんて……
「今日は帰ってこないの?」
「あぁ。お前が居るからな」
「へぇ。そういうこと言っていいのかな? あのカレー無くなっちゃうよ? 二日目の方が美味しいのに」
「……俺の胃袋を掴んだ気になるなよ?」
「あーあ。美味しいのになぁ」
ゲームのチャットとは違い、声が聞こえてきた。あの忌まわしき声だ。
「……漆原。何故ここにいる?」
開けたられたドアの先に奴がパソコンを片手に立っていた。
「ほら、帰るよ?」
「……なぜ俺の居場所を知ってる?」
「一日嫁の期間に帰りが遅くなる場合は連絡をすること。もし無ければ、GPS機能で居場所を嫁に送るってあるでしょ?」
「……そんなもんがあるのか?」
「え? 知らなかったの?」
「知らなかったけど……」
「まあいいや! ほら、帰るよ! ひーろくん!」
「マジでその名前で呼ぶな。張り倒すぞ」
「えー! こわーい!」
ここで馬鹿騒ぎする訳にも行かないので仕方なく、家に帰ることになった。
「お風呂にする?ご飯にする?それとも……」
「じゃ、風呂で」
「えぇ!なんで!?」
オーバーリアクションな奴を無視して、風呂に向かうと、風呂が沸いている。
「……やるべき事はやってくれてるんだよな」
まあ、給料も出るらしいしやってもらわないと困るんだけど。
「あ、あなた?」
寄り道はしたけれど、寒い中帰ってきて浸かる湯船ってのは最高だなぁ。と、歓喜の声を上げてると、奴からのとんでも発言が飛んできた。
「はぁ?なんだそれ。悪寒が酷いからやめてもらえるか?」
「ちょっとくらい夫婦っぽくしてもいいじゃん!馬鹿!」
「バカはお前だバカ!」
「あー!馬鹿って言った!バカって言った方が馬鹿なんですぅ!ばーか!もう、いくし!ばか!」
「……全く。馬鹿馬鹿言い過ぎだろ」
やつに対する憤りは募る一方ではあるが、この飯の匂いには叶わない。
「……お前料理上手いよな」
「……え?」
「まあ、でも、お前のいい所なんてそれくらいか」
「はぁ!?今のは百合音ちゃんムカつきましたよ?」
「自分のこと名前で呼んでるところとか、地雷臭半端ないっすわ」
殺されない程度に怒らせれば、こいつとおさらば出来て昔から溜まりに溜まった鬱憤も発散出来る。なんでこんなに素晴らしいことに気が付かなかったのだろう?一石二鳥じゃねえか!
「な、なんでよ!そんなに私のこと嫌い?」
「逆に嫌われてないと思ったのか?あんだけのことをしておいてさ?」
「……そう……だよね。私馬鹿みたい。一人で舞い上がって……」
彼女の拳にぎゅっと力が篭もった。
「さっき、バカって言った方が馬鹿とか言って自分は馬鹿ですよアピールしてたじゃないか」
「うん。馬鹿だ。私」
彼女は俯いて方を小刻みに揺らしていた。
……やべ。やり過ぎたか?
「散々ひろくんの事虐めてたもんね。それで女性恐怖症になって全部私のせいだ……」
その瞬間、プチンと俺の中で働いていたブレーキが壊れた音がした。
「……全部私のせいだって?馬鹿かよ。自分の罪を自分だけで被って私が一番傷ついてますアピールか?笑わせんな!俺だって俺だってな……!」
「そんなんじゃないけど……」
「……言い訳なんて聞きたくない。出てけ」
「そう……だよね。私なんか居ない方がいいもんね……」
「分かってんなら消えろよ。鬱陶しいんだよ!」
「……うん。わかった。出て行くよ」
彼女は俯いたまま席を立ち、玄関から出て行った。
「……はぁ」
ため息が漏れる。
椅子にもたれ掛かるように腰を下ろし、頭の痛みにこめかみを抑える。
彼女を怒鳴って何になった?少しでも気が紛れたか?
……いや、答えはノーだ。寧ろ、気持ち悪い。
幼稚園の頃から彼女とは腐れ縁なのか一緒だった。
幼稚園の頃はいつも彼女と遊んでいた気がする。小学校に入っても暫くは家が近所ってこともありよく遊んだ。
でも、急に彼女は俺と遊ぶことを嫌がり、仲が良かったはずなのに、距離が出来、次第に俺も彼女に対して苛立ちを覚えて、目が合えば喧嘩する犬猿の仲みたいな関係になっていった。
すべての責任を彼女に押し付けて俺は逃げに逃げてきた。でも、すべての責任を彼女に押し付けるのは違う。それはわかってるんだ。でも、そうでもしないと今の自分を否定するようなもんだから、もう会うこともなかったはずの彼女に全ての罪を被せ、悪びれもせずに女子はそういうものだと自分に言い聞かせて今まで生きてきた。
「バカはどっちだってんだ……クソ。完全にブーメランじゃねえか……分かってるけどさ!やっぱりムカつくんだよ!」
コートをハンガーからひったくり、外へ駆け出すと、この大寒波のお陰であまり積もらない千葉とはいえ雪が積もってた。
寒いのは酷く嫌だが、幸いまだ足跡が残ってる。家から続く足跡を辿っていくと小さい公園に行き当たった。暗がりにライトを照らしつつ進んでいくと、その足跡はパンダをモチーフに作られてる家のような大きな滑り台の方へと続いている。
それに登っていくと、ささやかに啜り泣く声が聞こえてきた。
「……なんで着いてきたの?」
「……こんな中、飛び出して行かれて風邪なんか引かれたら困るんだよ俺が。だから、これ着ろよ」
そう言って俺は自分と着てきたコートを脱ぎ渡した。
「でも……君が無いじゃん」
「バカは風邪ひかないって言うだろ?」
「あはは……それを言うなら私だって馬鹿だもん」
「馬鹿さならお前に負けねえよ。ゴタゴタ言ってねえで着てろ」
「……ありがと。優しいんだね」
彼女は俺からそれを受け取ると、力なく笑った。
「優しさなんかじゃない。お前なんかに誰が優しくなんてするもんかよ」
これは言うならば俺のためだ。逃げて、逃げまくって全部の責任をこいつにかけてしまった罪の償い。
「……なんでお前は逃げ出さないで俺の家にずっと居座ってんだ?」
涙を拭って彼女は顔を上げ、自信たっぷりに言った。
「もう後悔したくないから」
「そっか……」
俺はひたすら逃げてきた。もう傷つくのが嫌だからずっとこの二十年近く逃げ続けてきた。だからか彼女が少し羨ましく感じた。
「なんでお前はそんなに強くいられるんだ?」
「強くなんかないよ。強がってるだけ。今だって怖いもん……そ、それよりさ」
奴は頬を赤く染めて俺から目を逸らした。
「ん?」
「その、大丈夫なの?結構近いけど……」
言われて初めて気がついたが、この中は結構狭くて肩が触れ合うほどに奴と近づいていた。
「う、うわぁぁぁ!!」
そのまま俺は滑り台を滑り落ち、砂場に投げ出される。
「だ、大丈夫?」
「あ、あぁ……」
「あ、わかった!」
「……そんな大声出すなよ。頭に響くだろ。で?なにがだ?」
「ごめんごめん!それより聞いて!私、ずっと考えてたの。君の心に背負わせてしまった傷をどうやったら癒せるかを」
妖艶な青っぽい瞳が月明かりに照らされて、パンダ滑り台の上で輝いている。あれはやる気の目だ。
「ほう?もう一生治らないと言われた俺の女性恐怖症を治すってか?」
「そう!」
「ほう。で、やり方は?」
「その根源である私と手を繋いでデート出来たらトラウマも無事解消して、君の女性恐怖症も治るよね!」
「そんなの出来るか?」
「逃げないでよ?私も今日のことで覚悟決めたから!」
そう言って微笑む彼女を見ると、なんでか不思議と頼もしく、彼女にだけは負けたくないと思えた。
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