第435話 妹ドルぱらだいす! #8

 湯煙。

 そう、湯気ではなく湯煙(ゆけむり)だ。

 湯気という言葉よりも、こう……妄想を掻き立てられるだろう?

 某ネコ型ロボットアニメ紅一点の入浴シーンを包み隠すのは『湯煙』で。

 某時代劇のサービスシーンを覆い隠すのも『湯煙』だ。

 そして、これはお色気アニメでも古くから活用されてきた。

 胸やデルタの部分に時折『謎の光』が差し込むことは、諸兄もご存知だろう。

 あるいはアングルや小物を駆使し、ぎりぎり見えない位置に問題の部分を持ってくることもある。おお、人類の叡智の何と素晴らしいことか。

 だが、湯煙は説得力が違った。

 それこそ謎の光など『僕』は邪道とさえ思っている。なぜ薄暗い体育倉庫の中でブルマをずらしたら、急に光るのだ? 電飾のパンツでも穿いているのか?

 アングルで隠すにしても、限界はある。股間の位置に常にペットボトルを置いておくような配慮を、登場人物がするものかい?

 一方で、お風呂場での湯煙はまったくもって自然だ。

 裸の女の子と正面から向かい合っていようと、湯気があるなら問題なし。

 しかも、これは女体の神秘を隠すだけではない。見えそうで見えない、だからこそのドキドキ感を演出し、視聴者の『僕』たちに夢を与えてくれる。

 ブルーレイだと湯気が薄くなるって……?

 ヒロインのあられもない姿が、この湯気の向こうに……?

 そんな湯煙の力には、『僕』とて脱帽せざるを得ない。まさに演出の妙技、規制と配慮の境界線で生まれた、神の手法だ。

 ただ――『僕』としては、ひとつ満足できないことがあった。

 お風呂で、素っ裸のヒロインと。

 ……全裸のヒロインと。

 この『僕』にとって、女の子の全裸はギャグに過ぎないことは、前にも話した通り。

 あえて言うが、全裸のどこにムラムラするのだ?

 湯煙の向こうにあるものが全裸(笑)では、ドキドキも続かない。

 だって『僕』はコスプレが好きなのだから。

 特にスクール水着とか、競泳水着とか、レオタードとか。一時はセミヌードに目移りしそうになったものの、やはり『僕』の本命はJKのスクール水着にある。

 いやJCも……あとバニーガールやレースクィーンも……。

 そういうことだ。

 たとえ湯気が漂うムーディーなお風呂の中で、女の子に迫られても。

 相手がスクール水着といった恰好でなければ、『僕』の理性が崩れることはない。

 つまり……ええと、だね?

 『僕』が必死に訴えようとしているのは――。


「なんで変身するんですかっ!」

「あらあら。また女の子に恥をかかせるつもりかしら?」

 まさしくお風呂の中で今、『僕』はふたりの恋人候補に迫られているわけで。

 恋姫も菜々留もスクール水着の恰好で、ソープマットの上に陣取っていた。白い湯気がその艶姿を撫でるように包み込む。

 それでもスクール水着の紺色は『僕』の目にもくっきりと――。

 『僕』はぬいぐるみに変身するとともに、お風呂の隅っこまで後退。さっきの謎の光だのアングルだのは、単に混乱していただけのことだったりする。

 真っ白な湯気の中、菜々留が艶やかな唇を指でなぞった。

「ナナル、知ってるのよ? お兄たま、昨夜も里緒奈ちゃんと易鳥ちゃんを一遍にベッドへ連れ込んで……さんぴー、しちゃったんでしょう?」

「ギクッ」

 恋姫はスクール水着の我が身をかき抱きながら、『僕』を冷ややかな視線で軽蔑。

「その前はお風呂で、美香留とキュートに挟んでもらったんですよね? ふたりが何でも言うこと聞いてくれるからって……最っ低」

「その言い方は違うって! 挟んでもらったんじゃなくて、挟まれたの!」

「同じことじゃないですか!」

 ふたりとも『僕』の言葉には耳を貸さず、じりじりと間合いを詰めてくる。

 確かに『僕』は昨晩、3P(スリーピース)の条件を満たしはした。しかし里緒奈&易鳥の時も、美香留&キュートの時も、形だけで終わっている。

 なぜなら


   里緒奈&易鳥   → 里緒奈VS易鳥

   美香留&キュート → 美香留VSキュート


 という対決の構図にもつれ込んだからだ。

 ふたり仲良く『僕』にご奉仕――などあるはずもない。

 けれども菜々留たちはそこを深読みし、エロゲーさながらの3Pがあったものと思い込んでいた。とうとう菜々留がぬいぐるみの『僕』を壁際で追い詰め、ほくそ笑む。

「こっちだって負けてられないわ。頑張りましょうね、恋姫ちゃん」

「え、ええ。レンキが覚悟を決めたんですから、お、お兄さんも腹を括ってください」

「待って? 特に恋姫ちゃん! さっき『3Pは最低』とか言ってなかった?」

 相変わらず状況に流されやすいツンデレも、退こうとしない。

「それとも……陽菜と恵菜とのご奉仕さんぴーはなし崩し的に受け入れておいて、レンキたちは拒絶するんですか?」

「ギクギクッ!」

「やあねえ、お兄たまったら。ちゃっかり姉妹丼まで……」

 最近の情事もすべて筒向けのようで。

「里緒奈に負けてられないんです。さあ、お兄さん!」

「今夜はナナルと恋姫ちゃんでたっぷりサービスして、あ・げ・る」

 恋人候補たちにスクール水着のスタイルで迫られては、観念するほかなかった。『僕』は変身を解き、ふたりのアイドルを受け入れる。

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