第434話

 水面にうつ伏せで漂う哀れな『僕』を、妹が助けてくれる。

「まったく……女の子にイタズラばかりするから」

「れ、練習だぞ? ほんとに練習」

「言い訳してる時点で、疚しいって自覚してるんでしょーが。ほら」

 助けて……と思いきや、無造作に放り投げられた。毎度のことではございますが。

「んぶっびゃらぶ!」

 プールサイドへ墜落する『僕』と、呆れるSHINYのメンバー。

「まったく……こっちのPクンと来たら、もう」

「エッチなのは男の子の時だけにしてください。いいですね?」

「手強いライバルが多いからって、ハードルを下げすぎよ? 恋姫ちゃん」

 そんな中、菫はどこか陶然としている。

「私のために、コーチ……」

 そして事件は練習のあとで起こった。

 いや『始まった』というべきか。


「好きです、コーチ。私と付き合ってください」

 ぬいぐるみの『僕』は目を点にする。

 着替えを終えるや、突然の告白だった。しかも里緒奈たちの目の前で。

 里緒奈が大慌てで『僕』を指差す。

「ちょ、ちょっと? 菫ちゃん、相手をよく見て!」

「コーチをほかのひとと間違えたりしないわ」

「た、確かに間違えようがないとは思うけど……ねえ? 恋姫ちゃん」

「……………」

 菜々留は口の角を引き攣らせ、恋姫に至っては放心。

 妹の美玖だけが冷静に流そうとする。

「よかったわね、兄さん。マギシュヴェルトなら合法で」

「え……? いや、僕は菫ちゃんと一緒にお風呂なんて考え、んびゃらぶっ!」

 里緒奈のチョップが『僕』をVの字にひん曲げつつ落下させた。『僕』の断末魔もバリエーションが増えた……だろぉ?

「だっだめよ、菫ちゃん! Pクンは……そう、Pクンはね? こう見えて、ふたりの女の子と二股してるのよ? しかも相手はどっちも女子高生!」

「自分と易鳥ちゃんしか数に入ってないのねえ」

 里緒奈の熱弁など意に介さず、菫はしれっと言ってのける。

「妖精さんは数が少ないから、必然的にそういう交際関係になるんじゃないの?」

「ならな……あれ? そうなの?」

 うろたえる里緒奈に代わり、ここで恋姫が戦線に復帰。

「人間の男の子じゃないのよ? 結婚だってできるわけないでしょう?」

 しかしこれにも菫は真顔で、

「え? コーチのご両親はどちらも妖精さんなんですか?」

「いいや? 母さんは普通の人間だから」

「じゃあ結婚もできるんですね。安心しました」

 そもそも『僕』も普通の人間なので、交際(交尾)自体は問題なかったりする。

 怪訝そうに菜々留が菫に念を押した。

「ね、ねえ? あなたの気持ちを否定するつもりはないんだけど……Pくんは見ての通りぬいぐるみの妖精さんよ? どうして好きになっちゃったの?」

 愛の告白にしてもハキハキしていた菫が、恥ずかしそうに口ごもる。

「頼りになるコーチだもの。そ、それに……」

「それに?」

「面食いって思われそうだけど……とても素敵だから」

 当たり前のことだった。

 ぬいぐるみの『僕』はマギシュヴェルトでも一、二を争うイケメン妖精なのだから。美香留や桃香が『僕』にぞっこんなのも、まったくもって当然のことであって。

「参ったなあ~。やっぱりわかる子にはわかっちゃうんだよね? 僕の魅力ってやつが」

「Pクン、告白よ? 女の子の告白! ちゃんと答えてあげて!」

「答えていいの? 里緒奈。兄さん、五股だか六股に乗じてOKするわよ? 多分」

 菫が熱っぽいまなざしで『僕』を見詰めている。

「コーチ……」

 その瞳が綺麗なことに比べて、『僕』のなんと汚らわしいことか……。

 ここで交際の返事などできなかった。いきなりのことで『僕』も混乱している。

 ――ただ、彼女の申し出は有難かった。この女の子なら、かの貧乳魔王も溜飲を下げてくれるかもしれないわけで。

「じゃあ……僕の母さんに会ってもらえるかな?」

 そう応じると、里緒奈と恋姫の鉄拳が同時に飛んできた。

「「なっ何OKしてるのよ!」んですか!」

「んぶっびゃらぶ!」

 絶妙のコンビネーション。さすが同じアイドルグループだ。

 爆乳の妹が重々しい溜息をつく。

「はあ……とりあえず兄さんの判断に任せましょ。ミクとしても、あなたが来てくれたほうが……色々と助かるから」

「ありがとう、美玖さん。未来の妹に味方してもらえるなんて心強いわ」

「これで何人目の姉よ? ったく……」

 妹の理解も得られたので、水泳部のエースを母親に紹介することに。


                 ☆


 マギシュヴェルトとは十時間の時差があるため、こちらは夕方に。

 向こうは早朝のはずで、映像の中の母親が眠そうにボヤく。

『昨日の今日で何の用よぉ? ダメ息子』

「母さんが『紹介しろ』ってうるさいから、連れてきたんだじゃないか」

 母親のビジョンを前にして、初対面の菫は少し緊張気味だった。

 なお同席の妹を除いて、里緒奈たちはドアの隙間から一部始終を見守っている。

「ほら、菫さん。こんな母親だけど挨拶して」

「え、ええ」

 美玖に促されて、嫁(予定)から姑(予定)へご挨拶。

「あの、初めまして……瑠璃家さん、ですよね? 私、S女の水泳部でコーチにご指導いただいてます、――菫です」

『ふぅん……水泳部の部員、ねえ』

 自分の名前の響き(ルリイエ)に気分をよくしたらしい母が、瞳を輝かせた。新参者の菫をしげしげと物色し、やにさがる。

『えぇ、ええ……気に入ったわ! 何よぉ、あんた? 花嫁候補にはちゃあんと、こんな子もいるんじゃないの。お母さん、安心したわー』

「ソ……ソウデスカ」

 顔面をヒクヒクさせるしかない、ぬいぐるみの『僕』。

 一方で菫は安心したように胸を撫でおろす。母とそう変わらない、その胸を。

「よかった……認めてもらえたみたいで」

『ライバルがアイドルだからって気兼ねはいらないわよ? 私はあなたの味方だもの。どんどん押して、おっぱい連中を蹴落としてやりなさい』

「お、ぱ……?」

「パパッ、パワーアップ! パワーアップしようねって話!」

 母の真意を知るだけに、『僕』は冷や汗をかく。

 こうして水泳部の期待のエース、菫も『僕』の恋人候補に加わることに。二段飛ばしくらいで階段を昇ってしまった気はするが。

「イケメンすぎるってのも罪だよね……フッ」

 そんな超絶美形の息子を睥睨しつつ、貧乳の悪魔が囁く。

『そうそう。その生き物、どんなに殴っても死なないから。あなたも彼女のひとりになるなら、フィニッシュホールドのひとつくらい磨いておくことね』

「え、ええと……アクスボンバーでいいですか?」

「ヒイッ? まさか菫ちゃんまで?」

 ちなみにアクスボンバーとはラリアットに似た技で、直角に曲げた腕で、相手の首元を狙うのだとか。なるほど、巨乳では難しい技だ。

 巨乳では……つまり貧乳の彼女ならではの必殺技となるわけで。

(そっかあ。母さんと同じ……)

 ぺったんこ。

 お風呂でその感触を知る日は、来るのだろうか……?

「なんか母さんに甘えるみたいで複雑だなあ」

『美玖。死刑にしておいて』

「ミクが手を下すまでもないわ。あっちで準備ができてるもの」

 そんな母への郷愁を、お仕置きの中で走馬灯のように思いましたとさ。

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