第430話

 朝食のあと、自分の部屋で『僕』はマギシュヴェルトと映像を繋げる。

 その向こうで母親(瑠璃家さん)は悠々と脚を組んでいた。

『時間通りね。殊勝になったじゃないの、あんたも』

「は、はあ……ソウデスカ」

 マギシュヴェルトとは十時間ほどの時差があるため、リアルタイムの通信だと、どちらかが変な時間になる。無論、息子の『僕』に時刻を選べる権利などありはしない。

『それで? アイドルの女の子たちとはその後、どうなの』

「ええっと……」

 この母親は性格こそキツいが、決して非常識ではなかった。

 間違っても息子に『早く恋人を作って、セックスしなさい。ナマで』などというタイプではない――はずなのだが。

 何か事情があるようで、しきりに『僕』の女性関係を聞きたがる。

『なるほど、里緒奈ちゃんと交際が始まったのね。その調子で菜々留ちゃんと恋姫ちゃんも食べるか、食べさせるかして、こっちへ連れてきなさい』

「そういう言い方しないでってば!」

『何よ? 日に三回のペースでヌいてもらってるんでしょうが』

「一回だよ! ……あ」

 この『僕』を誘導し、白状させるとは……相変わらず恐ろしい母親だ。

 『僕』のほうではメイドの陽菜も同席している。ハイレグのレオタードで……。

「お義母様。旅行の際はヒナも直接お会いして、ご挨拶したく思いますの」

『ええ、楽しみにしてるわ。……ふふっ、珍獣にはもったいないくらいの、いい子ね』

「母さんは僕を何だと思ってるんだ……」

 できることなら、この母とは関わりたくなかった。

 しかし今の『僕』には、母親にこそ聞きたいことが山ほどある。

「いい加減、教えてよ。なんで僕にはお嫁さんが何人も必要なのさ?」

『そうね……当事者だもの。あんたにも聞く権利はあるわね』

 一息入れてから、母は仰々しく語り始めた。

『あなたはね、マギシュヴェルトで伝説となった勇者の血を引いてるの』

「へえ」

『そして……そう、魔王の復活が近いわけ』

「ふーん。で?」

『再び封印するには、勇者の血を分けた、七人の巫女の力が必要なのよ。つまり、あんたはバンバン子どもを作って、次代の封印に備えなくてはならないの』

 息子の『僕』は重々しい溜息を漏らす。

「それじゃエロゲーのシナリオだよ……もっと捻るか盛るか、してくんないとさ」

『チッ……昔のあんたなら騙せたのに』

 昔は尊敬してたんだけどなあ、この母親を……。

 こちらからも探りを入れてやる。

「原因は父さんなんでしょ?」

『……』

 一瞬、母の表情が強張った。

「アホの父さんが何かやらかして、息子の僕にお鉢がまわってきた……と」

『ちょっと待ってなさい? キャッチホンが入ったから』

「この通信にそんな機能ないよ!」

 どうやらビンゴらしい。

 実家の喫茶店でマスコットと化している、ぬいぐるみのオッサンが原因か。

「いつもみたいに父さんをシメて終わり、じゃだめなわけ?」

『それができたら、とっくにそうしてるわよ。はあ……』

 父の仕業なら、この母にも同情する気になる。

『とにかく、あんたは引き続き魔法の修行と、花嫁探しに集中しなさい。あと美玖とも一度ちゃんと話をして、セックスしなさい?』

「それが一番おかしいんだって、それが! 僕と美玖は兄妹っ!」

『あら? 本当はあの爆乳を自分のモノにしたいくせに』

 やっぱり同情するのはやめた。

 面倒な母親が、また面倒な駄々を捏ね出す。

『でも義理の娘が巨乳だの爆乳だのばっかりじゃ、私の立場がないわね……。美玖や美香留に至っては、女子高生の分際で三桁よ? 三桁』

「マギシュヴェルトだと育ちやすいんじゃない? エーテル体がどうこうで」

『恋姫ちゃんや菜々留ちゃんはそっちの生まれでしょうが。……陽菜ちゃん? あなたはバスト、何センチあるの?』

「は、はい。姉もヒナも97センチですの」

『ほら! また爆乳! しかも魔法少女の双子で!』

 だから『僕』も魔法少女の姉妹にはコスプレPVに協力して欲しいわけで。

 母がどこぞの悪の幹部のように酷薄な笑みを浮かべる。

『そうよ、大きい子ばっかりじゃ……ねえ? あんた、貧乳の女の子もひとりくらいは恋人にしなさい。Aカップ……まあBカップまでは許容しましょう』

 永遠のAカップが何か言ってるなあ……。

「あのね? 母さん。貧乳が巨乳を僻むの、よくないよ? 菜々留ちゃんも『お母様くらい平らだと、うつ伏せになれるんでしょうね。羨ましいわ』って言ってたし」

『菜々留ちゃん、ね……憶えておくわ』

 うつ伏せの第一人者が『僕』に命令をくだす。

『わかったわね? 次は必ず貧乳の子を私に紹介するように』

 それきり通信は切れてしまった。

 申し訳なさそうに陽菜が『僕』に尋ねる(持ち前の巨乳を揺らしながら)。

「あのぉ……ヒナ、ご一緒してはまずかったでしょうか?」

「気にしないで。母さんの巨乳憎しは毎度のことなんだ。……はあ」

 やれやれ……『僕』は大きなおっぱいが大好きだというのに。

(――っと。変身してる時の気分になっちゃったぞ) 

 母親の戯言は無視するのが賢明か。

 しかし陽菜が母に気を遣って、貧乳の候補を挙げる。

「お兄さん先輩。ヒナと同じクラスに、菫さんというかたがいらっしゃるんですの。確か水泳部にも所属していたかと……」

「知ってるよ。水泳の特待で入ってきた一年生だね。……それで?」

「ですから、その……お義母様にご紹介しては、と」

 『僕』は口の端を引き攣らせるしかなかった。

「菫ちゃんが怒るぞ? それ」

「あ。はあ……」

 水泳部の彼女も、巨乳に並々ならない憎悪を抱いているのだろうか。

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