第429話

 暴走がちだったことを、ようやくふたりも自覚してくれた。

「そ、そうね……お兄様をイかせなくちゃいけないのに、リオナったら」

「違うよ? まだ変なこと言ってるぞ?」

「だがお前、昨夜はヌく暇もなかったんだろう? 大丈夫なのか?」

「一日くらい出さなくっても平気だってば! それ言ったの、依織ちゃんだな?」

 どうやら里緒奈も易鳥も、『僕』にアレをびゅっびゅさせてこその恋人、などと勘違いしているらしい。ライバルがいるせいで、それがエスカレートしつつある。

「あのね? ふたりとも。そりゃ出すのは気持ちいいけど、僕はふたりを、そういう道具にしたくないっていうか……わかる?」

「でもお兄様、恋姫ちゃんには嘘ついたじゃない? 一度勃起しちゃったら、出さなきゃ鎮まらないって」

「ギクッ」

「それだ、ラブホでもイスカに言っただろう。これじゃ帰れないから、と」

「ギクギクッ」

 この土壇場で、女の子を騙した分のツケがまわってきてしまった。

 左右の恋人たちが薄ら笑みを浮かべる。

「今夜はリオナでイクのよね? お・兄・様」

「イスカでイきたいんだろう? お・兄・ちゃ・ま」

「し、下着姿なんだから……ふたりとも、もう少し妖艶な笑みで……」

 ただ、『僕』にはひとつだけ手段が残されていた。

 彼女たちに力ずくでイかされる前に、自分でイク――これだ。

 『僕』は熟練のバーテンダーのごとき軽やかさで、自前のカクテルをシェイクする。

「ちょっと、お兄様? リオナがしてあげるって言ってるのに!」

「なんだお前、やっぱり自分でできるんじゃ……いや待て、勝手に出すな!」

「一・意・専・心っ!」

 恋人たちが慌てる中、急に部屋の扉が開いた。

 小さな魔王のシルエットが『僕』の心胆を寒からしめる。

「お、に、い、ちゃ、ん~っ?」

 おお勇者よ!

 萎えてしまうとは情けない!


 翌朝、『僕』は幼馴染みのラリアットを受けた姿勢で目覚める。

「……あ、あれ? 何がどうなったんだっけ……」

 里緒奈も下着だけの恰好で『僕』に抱きつき、眠っていた。

 確か昨夜は里緒奈と易鳥に迫られて……そこへ妹(キュート)が乱入し、グダグダの展開になったらしいことを、おぼろげながらに思い出す。

「まあ、あのムードなら添い寝してもらっても、何も問題……」

 しかし真中の『僕』はパンツも穿いておらず、問題なしとは割りきれなかった。

 アイドルとプロデューサー。そのアイドル活動を通じて互いを高めあおうとする例の約束は、どこへやら。

 そんなことをぼんやりと考えていると、メイドが起こしに来てくれる。

 今朝も刺激的なレオタードのご奉仕スタイルで。

「お目覚めですの? お兄さん先輩」

「ああ、おはよう。今日も早いなあ、陽菜ちゃんは」

「お仕事ですもの。それではヒナ、コーヒーを淹れますので」

 同じベッドにセミヌードの女の子がふたり転がっていようと、動じず、驚かず。お辞儀を残し、朝の務めに戻っていく。

「ほんと、よくできたメイドさんだなあ……。ほら、ふたりも起きて」

「うぅ~ん……キュートちゃん? だから、それはリオナが……」

 やがて寮の中が慌ただしくなってきた。

 恋姫や菜々留はシャキッと身なりを整え、だらしのないメンバーを待つ。

「まったくもう……お兄さんが夜更かしさせたんでしょう? プロデューサーなんですから、自重してください」

「いやその、昨夜は特に修羅場だったっていうか」

「随分と賑やかだったものねえ。うふふ」

 生きた心地がしないよぉ……。

 里緒奈もヘアメイクを済ませて、朝食の席に合流する。

「わかってきたのよ、リオナ。お兄様の勃起のこと。あれって、気分ひとつで使えなくなったりするみたいでー」

「使えなくなるって? 里緒奈ちゃん、もっと詳しく教えて?」

「えーと、だからね? 昨夜はビンビンだったのに、キュートちゃんに凄まれただけで、フニャフニャ~って……ほんと、ほんと」

「朝っぱらから何の話してんのっ? 美少女アイドルなんだからやめて、やめて!」

 朝ご飯を食べながら、この猥談だよ? 女子高生とは恐ろしや……。

 美香留だけが今朝も『僕』を癒やしてくれた。

「おにぃ、今夜からミカルちゃんのお部屋に来ればぁ?」

「そうだなあ……それが一番安全かも」

「うぐっ。さすがに美香留ちゃんの前じゃ、あんなこと……」

 メイドの陽菜も癒し系……なのだが、朝一からレオタードは刺激が強すぎる。

「お兄さん先輩? まだお部屋で易鳥さんが眠ってらっしゃいますけど」

「寝かせておいてあげて。そのうち迎えが来るから」

 しばらくして、もうひとりのメイドと、妹の美玖も転送ゲート経由でやってきた。

「ごきげんよう、お兄さま先輩。易鳥さんを引き取りに来ましたわ」

「僕の部屋で寝てるよー」

「どうして易鳥が……まあ想像はつくけど」

 妹はいつもの調子で肩を竦め、『僕』にちらっと視線を寄越す。

「死ね」

「あ、あのぉ……美玖さん? いきなり何を……」

「いいから死ね」

 今朝は一段と切れ味が鋭かった。

 おそらくキュートとして、昨夜の件を引きずっているのだろう。美玖とキュートは喜びを共有しない一方で、憎しみは共有するからタチが悪い。

(これから美玖と……一体どうなるんだろ?)

 間もなく上の階から誰かが降りてきた。

「朝の挨拶くらいさせてくれ。な?」

「はいはい。わかりましたわ」

 幼馴染みの易鳥が『僕』のシャツを羽織った恰好で、リビングを覗き込む。

「また仕事でな、お兄ちゃま!」

「あー、うん。易鳥ちゃんもアイドル活動、頑張ってね」

「当然だ。あと……その、うん……あれだ」

 そして『僕』をまっすぐに見詰め、あっけらかんと一言。

「大好きだぞ」

「……!」

 その瞬間、胸にきゅうっと心地よいものが込みあげてくる。

 一方で、SHINYの猥談トリオは愕然とくずおれた。

「こ……これだから、この幼馴染みは……っ!」

「幼馴染みが強敵だなんて反則だわ! こっちには勝ち目がないじゃないの!」

「美香留ちゃんと同じで、易鳥ちゃんもピュアなのよねえ……」

 美香留はもぐもぐとトーストを平らげる。

「易鳥ちゃんのが普通っしょ? みんなの恋愛観、どっか間違ってない?」

「兄さんの恋愛観も大概だけどね」

 『僕』の本命になりえない妹は、ずっと不機嫌そうで。

 かくして『僕』の夏は、里緒奈との真剣交際(問題あり)で幕を開けた。

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