第426話

 それでも皆、今日は里緒奈の意志を尊重してくれたらしい。

(僕と里緒奈ちゃんの間で何かあったこと、バレてるんだろーなあ……)

 『僕』たちはふたりで園内に出て、まだ暮れるには早い夏の夕空を見上げる。

「里緒奈ちゃんはどこか行きたいとこ、あるの?」

「うん! あれに乗らない?」

 里緒奈が指差す方向には、大きな観覧車。

 ナイトパレードが始まったら予約の客で埋まるそうだが、今なら乗り込めるだろう。ほかのカップルも同じことを考えるのか、少し列が伸びている。

「十分ほどでご案内できますので」

「それくらいなら」

 観覧車はゆっくりと旋回を続け……やがて次のゴンドラが降りてきた。

「行こうか、里緒奈ちゃん」

「ツーショット撮るんだから、忘れないでよ? お兄様」

 『僕』と里緒奈は一緒にゴンドラに乗り、少しずつ上昇していく。

 七月の空はまだまだ青かった。しかし日中の暑さは幾分和らぎ、夏の太陽も西日と言える角度まで傾いている。

 やがてエンタメランドの全景が露になった。

「広いなあ……昨日と今日であれだけ紹介したはずなのに、まだまだあるぞ?」

「お城も撮影で少し寄っただけだもんね。もう一日くらいいたいかも」

 園内のBGMは遠のき、ゴンドラの中は『僕』と里緒奈の声だけになる。

 プロデューサーとして『僕』は称賛を惜しまなかった。

「今日は朝から頼もしかったよ、里緒奈ちゃん。メンバーもスタッフもぐいぐい引っ張っていく感じでさ」

 里緒奈が照れ隠しのようにはにかむ。

「センターらしくできてた?」

「そりゃもう。歌もトークも今日は全部」

 こうしてお喋りする分には、普通の女の子。

 でも彼女はれっきとした大人気のアイドルで、確固たる信念を胸に抱いている。

 そんな素晴らしいアイドルにこそ、プロデューサーとして伝えたかった。

「なんていうか、その……改めて尊敬したよ。里緒奈ちゃんのこと」

「尊敬って、なんかカタくない?」

「ほかに言葉が思いつかないんだ。昨夜のパレードあたりから、里緒奈ちゃん、一気にパワーアップしちゃって……」

 まさに昨晩のキスを思い出してしまい、『僕』は顔を赤らめる。

 それに対し、里緒奈は随分と落ち着いていた。

「Pクンのおかげなの。昨夜のアレで、吹っ切れたってやつ? 失敗のことでくよくよ悩むより、もう何でもやっちゃえーって……アハハ、バカみたいでしょ?」

 自嘲の言葉もどこか誇らしげで。

 つぶらな瞳で『僕』をまっすぐに見詰め、吐露を続ける。

「最初告白した時はね? 悔しかったの。リオナはPクンさえって、そんなふうに思ってたのに、Pクンはアイドルとしてのリオナを大切にしてくれてて……」

「ど、どうかな?」

 お風呂でニャンニャンさせてもらっているだけに、『僕』のほうは後ろめたい。

「だって、そうでしょ? アルバムの収録も、今日のライブだって。Pクンが支えてくれてるの、リオナ、ちゃんと知ってるから」

 里緒奈は姿勢を正すと、スカートをきゅっと掴んだ。

「だからリオナも、お兄様のことが好きなら……まずはアイドル、頑張らなきゃって」

 そして再び『僕』を真正面に見据え……小さな声で口ずさむ。

「もう一回、言うね? リオナ――」


   「お兄様のことが好きなの」


 その言葉を、今度こそ『僕』は心でしっかりと受け止めることができた。

 彼女は『僕』に好意を寄せてくれていて。

 そのためにアイドル活動にも真剣に取り込んでくれて。

 『僕』なんかにはもったいないくらいの女の子だ。

「ありがとう、里緒奈ちゃん。それで……その、易鳥ちゃんと付き合ってる立場で、こんなこと確認するのも何だけど」

「お兄様は気にしなくていいんだってば。そーいうの」

「う、うん。じゃあ……」

 それでも『僕』はこの気持ちを抑えきれなかった。

 目の前にいる女の子の力になりたい。

 傍にいたい、触りたい、抱き締めたい――そんなアプローチでは伝えられないし満たせない、それでいて無限に込みあげる気持ちがある。

「ええと……あれだ、うん。不束者ですが、よろしくお願いしま……す?」

 けれども格好よくは決められなかった。

 里緒奈が不満そうに口を尖らせる。

「何それ? リオナと交際するってこと?」

「そ、そうだよ? ああ……ただし条件があるんだ」

 その言葉にびくっと反応する『僕』の恋人。

「えっ? も、もしかして……毎日朝晩、一回ずつヌいて欲しいとか?」

「違うってば! そんなのどこのエロゲーで憶えたのさ?」

「お兄様のエロゲじゃない」

 交際初日から彼女に大事なところを掴まれてるって、何なの?

 気を取りなおして、『僕』は里緒奈に提案した。

「今までと同じようにアイドル活動を頑張ること。僕もプロデューサーの仕事を頑張るからさ。それが条件だよ、里緒奈ちゃん」

 SHINYのセンターが自信満々に微笑む。

「なぁんだ、そんなこと? 当たり前でしょ。リオナはアイドルなんだから」

「まあね。でも僕は里緒奈ちゃんのプロデューサーだから」

 アイドルだから。

 プロデューサーだから。

 安易に相手を求めるような関係であってはならない。

 『僕』たちはアイドル活動を通じてこそ、次のステップへ進める。

「ねえ、Pクン」

 それがわかっているから、あえて彼女は『僕』をプロデューサーと呼んだ。

「せっかくの観覧車だし……キス、しない?」

「そ、そう? じゃあ……」

 揺れるゴンドラの中、『僕』たちは目を閉じ――唇を重ねる。


「お、お兄様ったら……すごすぎ……」

「あれは里緒奈ちゃんが、恋人同士のキスでって言うから……その」

 観覧車の中でキスしただけなのに、どうして『僕』はズボンのジッパーを閉めなおしているのだろうか。キスで攻めたら、攻め返されたよ……女子高生って恐ろしい。

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