第425話

 皆のおかげで、エンタメランドでのライブコンサートは大盛況。

 ファンも興奮冷めやらない様子で解散し、会場には独特の熱気が残っていた。スタッフは汗を拭いながら、総出で撤収を始める。

「大成功でしたね、シャイP! この勢いで夏は天下取っちゃうんじゃないスか?」

「かもね。今日のライブはほんと最高の出来だったから」

 『僕』もまた浮ついた気分を払拭しきれずにいた。

 八月末のアイドルフェスティバルに向け、今日の一歩は大きい。フルメンバーによる新生SHINYのステージを、まざまざと見せつけたのだから。

 綾乃も万感の思いを口にする。

「遊園地のイベントステージですから、動員数はそれほどではありませんけど……今日一日の売り上げを上まわる効果が見込めそうですね」

「さすが綾乃ちゃん。プロデューサーを目指すなら、その視点だよ」

 数字だけを見るなら、今日のライブは平々凡々な成果だった。むしろ遊園地の一般客にも配慮しなくてはならなかったため、手間が増えている。

 しかし今回はSHINYが新しいスタイルで挑む、初めてのステージだ。

 新メンバーの美香留が気後れしてもまずいので、ほどほどの規模で。今日のステージを確かな場数として、次に繋げばよい。

「社長がシャイPを重用するのも、わかります」

「褒めすぎだって。それに頑張ったのは、SHINYのメンバーなんだからさ」

 里緒奈たちは冷房の利いた控え室で、ライブの余韻に浸っていた。

 美香留が『僕』を見つけるや、元気な笑みを弾ませる。

「あっ、おにぃ! ミカルちゃんのダンス、どーだったぁ?」

「カッコよかったよ。初めてとは思えないくらい」

 恋姫も相応の疲労感を浮かべつつ、それ以上の達成感を堪能していた。

「ダンスの面では、こっちが美香留に引っ張ってもらいました。レンキ、歌に集中しすぎる傾向にありますので……」

 菜々留がおっとりとした調子で微笑む。

「歌い出しの恋姫ちゃんのあれも、よかったわねえ」

「そーそー! さすがSHINYの歌姫っ!」

 恋姫の澄まし顔が照れ笑いで緩んだ。

「そ、そんなこと……それならサビの時の里緒奈だって、ねえ?」

「……え?」

 一方で、里緒奈はずっと黙り込んでいる。

 しかし困惑や動揺といったマイナスの色合いはなかった。ステージでは頑張りすぎたために、気が抜けてしまったのだろう。

 そんなセンターを、菜々留や恋姫が絶賛する。

「流れは里緒奈ちゃんが作ってくれた感があるわ。ううん、さっきのコンサートだけじゃなくて……今日は朝から、ね」

「生命力に溢れてるっていうのかしら? 少し前は赤点取って、沈んでたのに」

「ち、ちょっと! なんで今それ言っちゃうわけ?」

 真っ赤になる里緒奈を中心に、明るい笑いが起こった。

 マネージャーの美玖が控え室に入ってくる。

「みんな、お疲れ様。キュートも今しがた帰っていったわ」

「もぉー。打ち上げしようとか思わないのかなあ? キュートは」

 不意に恋姫が真顔になった。

「……どうしたの? 恋姫ちゃん」

「あ……いえ。キュートの歌う時の声が、誰かに似てる気がしたんです」

 ほんの一瞬、美玖の動きがぎこちなくなる。

「歌い方が変わったわよね、あの子」

「巽Pに扱かれてたもんねー。アニメ声に固執するな、って」

 妹系のキャラクターとして、キュートは舌足らずなトークを持ち味にしていた。それが楽曲を歌う際、妨げとなっていたのだが。

「キュートが自分のキャラよりSHINYの曲を選んだってことさ」

「キュートちゃん、基本的にPくん目当てだものねえ。PくんがSHINYを大事にしてるのが、キュートちゃんにも伝わったのよ。きっと」

 つまり『見目姿はキュートで、歌声は美玖』だ。

 そのギャップがファンにどう受け止められるのか、不安はある。

 じきに夕方の六時。

「さて……着替えて、僕たちも引きあげようか」

「そうですね」

「ミカルちゃん、早くお風呂入りた~い」

 エンタメランドの運営サイドはすでに今夜のナイトパレードにシフトしていた。

 『僕』は綾乃や美玖とライブコンサートの成果を確認。

 その間にメンバーは着替えを済ませて、一旦ホテルへ引きあげる。

「何ならパレードも見ていこうか?」

「ん~、昨日は特等席だったし? KNIGHTSのタメにゃんもいないんっしょ?」

 さすがの女子高生たちも疲れ果て、今から遊ぶ余裕はない様子だった。

「Pくんはまだお仕事?」

「いや、あとは帰ってからだよ。そうだなあ……みんなでご飯でも」

 時間を確かめようとした矢先、里緒奈が声をあげる。

「あのっ、Pクン!」

 全員の視線が彼女に集中した。

「どったの? 急に大声出しちゃってさあ」

 里緒奈は赤面しつつ俯き、もじもじと親指を捏ねくりあわせる。

「え、ええと……昨日の? Pクンとのツーショットのこと……なんだけど」

 見かねたらしい妹がフォローに入った。

「帰る前に自分もってことね。付き合ってあげたら? 兄さん」

「久しぶりに僕のこと『兄さん』って呼んでくれたね! 嬉しいよ、美玖」

「少しくらい優しくしてあげなさいよ、美玖も……」

 『僕』のほうも腹を括り、里緒奈の申し出を受け入れる。

「じ、じゃあ行こうか? ふたりで」

「……うん」

 菜々留、恋姫、美香留の視線が冷気を放った。

「あぁ、そういう……」

「抜け駆けね。抜け駆けなのね」

「今日だけだかんねー? あとラブホは禁止」

「行かないってば!」

 コンサート直後のアイドルとホテルにしけ込むなんて、どんなプロデューサーだ。

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