第423話

 けれども昨夜のキスを経て、彼女は変わった。

 恋愛という情熱のエネルギーを、自分を高めることに使っている。

 まさしくアイドルとして次のステージへと至るために。

 そのエネルギー源として、彼女はほかでもない『僕』を認めてくれたのだ。

 欲求ではなく意志――。

 里緒奈は『僕』への気持ちをバネにして、トップアイドルに近づこうとしている。

(そんな彼女のためにも、僕は……)

 恋人同士。

 ましてや『僕』と里緒奈は、プロデューサーとアイドルだ。

 そのうえで恋人の関係へと踏み込むのなら、『僕』たちはただ闇雲に、ただ自堕落に関係を求めてはならない。

アイドル活動を通じて互いに高めあうこと。

 それこそが『僕』たちの正しい恋愛のありかただろう。

「そろそろ本番だね。移動しようか」

「オッケー! リオナが最高のステージにしてあげる」

 いよいよコンサートの時間が近づいてくる。

 エンタメランドの野外ステージは満員御礼の盛況ぶりだった。放送はしきりに熱中症の注意を喚起し、ドリンクも大量に売られている。

 隣の綾乃が汗を拭った。

「夏場に午後の三時から……少し冒険が過ぎたかもしれませんね」

「普通はね。そのあたりは僕に任せて」

 こういう時こそ魔法の出番だ。

 遊園地の上空にフィールドを展開し、余計な熱や紫外線の類を遮断する。

 心配そうに妹が『僕』の顔を覗き込んだ。

「無理しないでね? お兄ちゃん。今日は朝からずっと使ってるんでしょ? 魔法」

「ちゃんとペース配分はしてるよ。キュートこそ水分補給は忘れずに、ね」

 天使の美香留に比べれば小悪魔には違いないものの、健気な心遣いに胸を打たれる。

(僕の妹がこんなに可愛いわけ……)

 願わくば、普段の妹にも少しは好かれたいところ。キュートの半分……いや五分の……いや十分の一でいいから。

 間もなくスタッフが『僕』に準備完了の合図を送ってきた。

 『僕』はステージの裏手でSHINYのメンバーを集め、太鼓判を押す。

「みんな、レッスンの成果を見せる時だぞ!」

「はいっ!」

 アイドルたちの返事にも力がこもっていた。

 新メンバーの美香留にとってはデビューライブ……だけではない。全員にとって今日のステージは、巽雲雀のもとで鍛え抜いた力を試す、絶好のチャンスでもあるわけで。

(みんな、どこまで伸びてるんだろ……)

 プロデューサーの『僕』も今か今かと開演を待ち侘びる。

 そして午後三時。青天の下、SHINYのステージが幕を開けた。

 いの一番に美香留が飛び出して、愛嬌を振りまく。

「ファンのみんなー! こーんにーちはーっ!」

「美香留ちゃ~ん!」

 続いてキュートが得意の手品とともに登場。

「長らくお待たせしましたあ~! 今日は暑い中来てくれて、ありがとぉー!」

 アクティブな美香留やキュートとは対照的に、恋姫と菜々留は慎ましやかにステージへのぼった。メンバーの数が増えるにつれ、声援はどんどん大きくなる。

「菜々留ちゃん! 恋姫ちゃあーん!」

「すごいわね、みんな……。この暑さにも負けてないっていうのかしら」

「水分補給はしっかりね! ナナルたちも途中でお水、飲んだりすると思うから」

 その声援が、センターの登場によってピークに達した。

「今日もサイッコーのライブにするわよ!」

「うおおおおーーーっ!」

 ステージの中央で里緒奈が手を掲げるだけで、観客がウェーブを起こす。

「SHINY! SHINY!」

 会場のボルテージを前にして、綾乃が少したじろいだ。

「まだ何分と経ってないのに、なんて熱気……これがSHINYのライブなんですね」

「今日のは特に盛りあがってるよ。これ」

 ファンの大半も夏休みに突入し、解放感を満喫しているのだろう。

 それ以上に、この数ヶ月のアイドル活動が実を結んだ、という手応えがある。

 世界制服のみならず、新メンバーの加入やアニメのコスプレなど、『僕』たちは数々の手を打ってきた。それがファンに期待と、さらなる興奮を与えている。

 そんな熱狂寸前の雰囲気の中でも、恋姫や菜々留は落ち着き払っていた。

「さっきもラジオでお話したけど、レンキたち、先月はボーカルレッスンに力を入れてたのよね。はあ……早く歌いたいわ」

「その気持ち、ナナルにもわかるわ。秋にはSHINYのファーストアルバムがリリースされるから、ナナルもレッスン、頑張っちゃったもの」

 里緒奈が台本通りにトークを誘導していく。

「これまでの楽曲も全部、キュートちゃんと美香留ちゃんを交えて、新たに収録したのよねー。『シャイニースマイル』なんて、もう新曲同然の出来じゃない?」

「最初のうちはミカルちゃん、みんなと歌うの戸惑ったりしたんだけどぉ。巽P……じゃなかった、歌の先生が『しっかり歌えてる』って」

「そうそう! 美香留は初日から褒められたりしてたわね」

「でも逆にキュートちゃんがねー。なかなか軌道に乗れなくってぇ」

「うぐぐ……き、きゅーとだって頑張ったもん」

 メンバーが5人もいると、トークの得手不得手が表に出やすい。そこを里緒奈が絶妙な匙加減で調整してくれた。

(そうなんだよな……美香留ちゃんはガンガン喋っていけるけど、キュートは割と遠慮がちっていうか……変装してるせいか?)

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