第421話
翌朝は5時に起き、一日仕事の準備に勤しむ。
「美香留ちゃんも朝だぞ? 早く起きて」
「ええ~っ? もうそんな時間?」
もちろん昨夜は妹たちと何事もなかった。キュートの乱入もない。
(美玖の機嫌次第で出てこない時があるのかなあ……)
妹も目を覚ますや、マネージャーらしくきびきびと動き始めた。
「里緒奈たちはミクが起こしてくるわ。兄さんは変身を解いて、クールダウン」
「おっと。忘れてたよ」
里緒奈の気持ちに真っ向から応えるためにも、『僕』は変身を解き、本当の姿でプロデューサー業に臨む。
6時にはマーベラスプロのスタッフも集結した。
KNIGHTSは不在だが、研修のため綾乃も参加している。
「おはよう、綾乃ちゃん。朝ご飯は食べた?」
「はい、軽く。SHINYのメンバーも体調のほうは問題ありませんか?」
「大丈夫。昨日と同じコンディションだよ」
里緒奈たちは早速、アイドル衣装に着替えることに。
美玖も仕事を理由に姿を消し、キュートに変装したうえで合流する。
「この間仕上がったばかりの新しいやつだねっ。エヘヘ」
「SFスーツのほうじゃなくてよかったわ……」
「美香留ちゃん、ナナルの背中もチェックしてもらえるかしら?」
ヘアアレンジやメイクも終え、二十分後には美々しい容貌のアイドルが勢揃いした。
恋姫がミニのスカートを両手で押さえ込む。
「P君? いつもの魔法で、その、ちゃんと隠れるんですよね? ぱんつ……」
「自分で見せようとしない限り大丈夫だよ。心配しないで」
「だったら、Pくんに見せてあげることはできるのね? うふふ」
いつぞやの世界制服の時のように、仕事のあとで迫られたりするのだろうか……。アイドル活動による疲労が、彼女たちの場合は欲求不満をもたらすらしい。
(いやいや、何を考えてるんだ? 僕は……今からSHINYの大一番なんだぞ?)
プロデューサーとして、『僕』は襟を正す思いでパンツの誘惑を断ち切る。
「みんな、今日は頼むぞー。ライブだってあるからね!」
「はーいっ!」
メンバーの気合も充分。
とりわけ里緒奈は清々しい顔つきで張りきっていた。
「センターだからって無理に気負うことないよ? 里緒奈ちゃん」
「平気、平気。昨夜だって……お兄様から勇気、もらっちゃったもの」
そう囁きながら、唇を指でなぞってみせる勝気なアイドル。
(今の里緒奈ちゃんなら、どんなお仕事だってできそうだぞ……?)
大成功を予感し、『僕』の胸も膨らむ。
準備のうちは何のトラブルもなく迎えた、午前9時。
エンタメランドの入場ゲートが開放されるとともに、愉快なBGMが流れ始める。
朝一の客は入場ゲートの上にアイドルを見つけ、色めき立った。
「見て見て! SHINYよ、SHINY!」
「美香留ちゃんもいる! やっぱ本物は可愛いなあ」
SHINYのメンバーは笑顔で手を振り、声援に応える。
「みんなー! 今日はエンタメランド、めいっぱい楽しんでってねー!」
夏の青空に里緒奈の声が響き渡った。
これもボーカルレッスンのおかげだ。声に張りがあり、マイクやスピーカーを使わなくても、遠くまで言葉を届けることができる。
センターに負けじと、恋姫や菜々留も声を張りあげた。
「SHINYのライブはお昼の3時からです! 遅れないでくださいねー!」
「ステージでみんなに会えるの、ナナルも楽しみにしてるわ!」
キュートが得意の手品でファンを驚かせる。
「エヘヘッ! お昼の放送も聞いてね! きゅーと、いっぱいお喋りするから!」
「ミカルちゃんも! こういうの初めてだから、楽しみっ!」
ものの数分で入場ゲートは大興奮に包まれた。
一方、プロデューサーの『僕』は窮屈な場所に閉じ込められていたりする。
(あ、あづい……易鳥ちゃん、昨日はよくこんな中で……)
この炎天下、アイドルにだけ働かせるわけにいかない。
そんな意気込みもあって、『僕』もタメにゃんの着ぐるみでお客様をお出迎え。
「タメにゃんだ! タメにゃん!」
無邪気な少年少女が嬉しそうに駆け寄ってくる。
子どもたちはまさか、タメにゃんの中でアクターが死相を浮かべているとは思うまい。
(こ、これって真夏日は死ぬんじゃないのか? 過酷すぎる……!)
ただ、おかげでSHINYのメンバーとの一体感を得ることはできた。
マーベラスプロ、エンタメランド双方のスタッフも、プロデューサーの『僕』が汗を流してこそ、力を尽くしてくれるはず。
タイムスケジュールのほうは綾乃に一任していた。
『シャイP、あと10分で終了です。まだ行けますか?』
『何とかね。みんなは? この暑さに参ったりしてないかな』
『今のところは……休憩に入ったら、まずは全員が水分補給ですね』
やがて一時間に及ぶ、入場ゲートでのおもてなしは終わった。
夏の日差しは魔法で和らげているとはいえ、七月の快晴だ。SHINYのメンバーも玉の汗を浮かべ、頬を上気させている。
「さすがに暑いわねえ……せっかくの衣装がびしょびしょになっちゃいそうだわ」
「お昼に一度、下着だけでも替えたほうがよくない?」
「レンキも賛成よ。今すぐにでも替えたいくらい」
こんな時にお色気トークなんぞ聞かされては、のぼせる、のぼせる。
「おにぃ、生きてるー?」
『僕』もタメにゃんの頭を外すや、冷たいジュースを飲み干した。
「――ぷはあっ! こいつは想像以上の体力勝負だよ、ほんと」
「易鳥だから耐えられるんだってば、お兄ちゃん」
「あら? やっぱりキュート、易鳥のことは呼び捨てね」
「んん~っ! 今日もいい天気だねっ」
相変わらず妹は誤魔化すのが下手すぎる。
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