第419話

 魔法も駆使して、数分後には彼女を発見できた。

「里緒奈ちゃん!」

「Pクン? ご、ごめんなさい……なんか迷っちゃって」

 慣れない場所で、しかも陽が暮れたことにより、方向感覚が丸ごと狂ってしまったのだろう。当然、今は謝っている場合でも怒っている場合でもない。

「次の角で乗り込むよ。魔法でサポートするから」

「う、うん」

 まだ挽回のチャンスはある――プロデューサーの『僕』はそう思っていた。

 しかし里緒奈は煌びやかなパレードをどこか遠くに眺め、その瞳に涙を滲ませる。

「……ほんと、リオナってば……何やってんのかなあ……」

 いつも元気いっぱいのアイドルが。

 SHINYのセンターが。

 パレードの光に照らされまいと俯いて――。

「里緒奈ちゃん……」

 泣いていた。

 絶好調のはずのアイドルが、せっかくのメイクを台無しにしてまで。

「ごめんなさい。でも……なんか、色々込みあげてきちゃって」

 勢いで『僕』に告白してしまったこと。

 期末試験で赤点を取ったこと。

 仕事に没頭しているつもりで、こんなミスをしたこと。

 そのどれもが彼女を追い詰め、苦しめている。

 そして『僕』もまた、彼女を苦しめる原因のひとつだった。告白の返事を保留にし、今なお気を揉ませている。

「里緒奈ちゃん、僕は……」

 そんな『僕』に、彼女を励ます資格があるのだろうか。

 そう思い、躊躇してしまった瞬間だ。

「好きなの」

 パレードの喧噪の中、小さな言葉が『僕』の耳をすり抜けていく。

「……え? 里緒奈ちゃん、今なんて……」

「だから好きなの。お兄様のこと」

 里緒奈にまっすぐに見詰められ、胸の鼓動が跳ねあがった。

 つぶらな瞳が涙を溜めながらも、懸命に気持ちを訴えてくる。ぶつけてくる。

「返事待ってるとか、保留とか……そういうのじゃ、もう抑えられないのよ。今だって本当はリオナ、お兄様とふたりでパレード見たいとか思ってて……」

 数ヵ月前、彼女は『僕』と恋人ごっこを始めた。

 アイドルだって男の子と遊んでみたい――と、軽い気持ちだったはずだ。

 恋人ごっこは楽しい。

 恋愛の真似事は面白い。

 だから『僕』も彼女の要望に応じ、拙いなりに彼氏を演じている。

 けれども今の彼女は、その恋人ごっこに苦悩していた。

 恋愛の真似事に煩悶としていた。

 それが今、やり場のない感情を『僕』に全力で吐き出している。

「お兄様」

 里緒奈は『僕』を仰ぐと、そっと目を閉じた。

 そして震えながらも背伸びをし、『僕』にその顔を、その唇を近づけてくる。

 夏の夜空で花火が上がった。

 パレードの輝きも波となって、観客の笑顔を一瞬のうちに洗い出す。

 『僕』たちのキスは、その眩しさによって遮られた。

「り、里緒奈ちゃん……」

 戸惑う『僕』の前で、里緒奈がいつものように舌を出す。

「あははっ。キス……しちゃったわね」

 年下の女の子が今までになく大人びて思えた。

 プロデューサーの指示に従うだけのアイドルではない。仕事も、また恋愛も自分の意志で勝ちを取りに行く――そのスタンスこそが彼女を無敵のヒロインにする。

「っと、早く戻らなくっちゃ! Pクン、どこから乗るの?」

「あ……うん。こっちだよ、急いで」

 緊急事態なのを思い出し、『僕』は里緒奈とともにパレードを先まわりした。魔法も駆使しつつ、SHINYのメンバーがいるフロート車へ里緒奈を放り込む。

「みんな、遅れてごめん! 挽回はするから」

「もうっ! あなたはもっと……」

「お説教はあとよ? 恋姫ちゃん。美香留ちゃんとキュートちゃんが繋いでるうちに」

 阿吽の呼吸でメンバーのほうも里緒奈を受け止めた。

『おっ待たせ~っ! ……あれ? リオナ抜きで始めちゃってた?』

『あらあら、ごめんなさい。いないことに気付かなかったわ』

『それってどのへんがフォローなのぉ?』

 遅刻の事実を実況で認めつつも、持ち前のトークでテンションを上げていく。

『ほら! タメにゃんが踊ってるわよ、あっち!』

『キュートも手品のひとつくらい、披露してあげたら?』

『ではではご要望にお応えしまして! 1、2、3……じゃじゃ~んっ!』

 キュートのシルクハットから虹色の泡が溢れ、ナイトパレードを幻想的に彩った。

(何とか繋がったか……ふう)

 プロデューサーの『僕』はほっと胸を撫でおろす。

 里緒奈は今日一番の輝きを放っていた。

『あーんもうっ! リオナたちも歌えたらいいのに~!』

『明日のライブまで我慢よ。ふふっ』

 凛々しいセンターに牽引されて、メンバーも最大限の魅力を引き出す。

 そんなSHINYの雄姿を目の当たりにして、『僕』は無意識にも震えていた。

(そっか、里緒奈ちゃんは……)

 先日は勢い任せの告白で調子を乱した彼女が。

 今日は同じ告白で、吹っ切れている。

 恋愛の情熱を自ら肯定し、受け入れ、エネルギーとしている。

 だからこそ、今夜の彼女は誰よりも眩しかった。

『アハハ! サイッコーね!』

 プロデューサーの『僕』の手など、とっくに離れていたらしい。

 ひとりのアイドルとして、またひとりの女の子として。

 里緒奈はナイトパレードさえ従えて、夏の夜空をどこまでも羽ばたいていく。

「敵わないなあ……」

 それこそ『魔法』みたいだった。

 魔法使いの『僕』さえ心を奪われる、アイドルの魔法。

 おかげで、ようやく『僕』も自覚した。

 プロデューサーとして彼女を大事に育てたい――その気持ちの、さらなる根底に。

「僕は……里緒奈ちゃんのことが好きなんだ」

 返事の時は近い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る