第417話
妹がにやりと嘲笑を浮かべた。
「特別にミクが食べさせてあげるわ。あーんしてるとこ撮らなくちゃ、でしょ?」
「……はい? あ、あのぉ……美玖さん? まさか……」
すでに満腹感のある『僕』は、ごくりと息を飲む。
妹お得意の嫌がらせだった。
「ミクが食べさせてあげるのよ? 頑張りなさいったら、変態」
「ま、待って? もう少しペースを……うぐっ」
自分は一口も食べず、『僕』の口に無理やりパフェを押し込んでくる。
か、可愛い妹に食べさせてもらえるなんて……う、嬉しいなァ……おえっぷ。
涙目になっているところを、美香留に面白半分に撮影される。
「おにぃ、どお? 美味しい?」
「う、うん……ほっぺが落ちそうだよ、ハハハ……」
やっとのことで完食し、『僕』は燃え尽きた。
そんな『僕』を美玖が鼻で笑う。
「少しは懲りたかしら? 水泳部の女の子にまで手を出すようなら、次はマスタードで今のと同じことしてあげるから、憶えておくことね」
「……イエス・マム」
それでも『僕』は妹との関係にほんの少し進展を感じた。
この春までは冷え込んでいたものの、キュートの登場によって、『僕』と美玖の関係には確かな変化が芽生えつつある。
少なくとも、目も合わせてくれないなどという空気ではなくなった。
『僕』たちはお店を出て、再び夏の青空を仰ぐ。
「次は恋姫ちゃんだね。どこ行こうか」
「P君こそ大丈夫なんですか? 苦しそうですけど……」
「気にしないで。歩いてるうちに消化も進むから」
膨らんだお腹をぽんぽんと叩くと、里緒奈と菜々留が『僕』の両腕を掴んだ。
「お願いだから、Pクン! 絶~っ対に太ったりしないで?」
「ナナルたちとの約束よ? みんなでチェックするから」
「う、うん? まあジムにも通ってるし……」
プロデューサーが自己管理ひとつできないようでは、SHINYの沽券に関わるか。
咳払いを挟んで、恋姫が『僕』の隣へ割り込む。
「そ……それでは行きましょうか、お兄さん。予約も入れてありますので」
『僕』たちは一様に目を点にした。
「え? 予約?」
「えぇと、その……撮影ですよ? 撮影の」
連れていかれた先は、RPG風のアトラクション『エンタ迷宮』。
ここもまたエンタメランドでは大人気のアトラクションだが、KNIGHTSが宣伝を担当するため、SHINYは関わっていない。
そのエントランスにて、恋姫が係員に何かを伝える。
「――恋姫様ですね。お待ちしておりました」
「急ぎましょう、P君。着替えに手間取った分だけ、撮影の時間も……」
「待・ち・な・さ・いっ!」
強引に流そうとする恋姫の首根っこを、とうとう里緒奈が引っ掴んだ。
「恋姫ちゃん? 何を企んでるわけ?」
「さっきはナナルに腹黒とか言っておいて、まさか……」
「じ~~~っ」
菜々留や美香留も疑いのまなざしを向ける。
美玖が淡々と暴露した。
「コスプレの撮影を予約してたみたいね。道理で……予約の時間には早いから、ミクに兄さんとツーショットを撮れ、なんて言ったわけだわ」
恋姫は真っ赤になるも、開き直って。
「そそっそうよ! 悪いっ?」
「帰ったら、恋姫ちゃんにも証言台に立ってもらわないとねー」
何でも先週のうちから『僕』とのデートを踏まえ、予約を入れておいたらしい。その気持ちは男性として嬉しいが、同時にちょっぴり怖い。
「ま、まあまあ……もう予約しちゃってるんだし、ね?」
「さすがお勉強のできる優等生よねー。もう外堀は埋まってる感じ?」
「この程度のチームワークで、よく今まで活動できてたわね……あなたたち」
里緒奈や菜々留の呪いの言葉を背に受けながら、『僕』と恋姫はそれぞれ更衣室へ。
ちゃっちゃと着替え、撮影ブースで合流する。
ところが――ギャラリーの美香留が恋姫を指差し、大笑い。
「あはははっ! 何それ? 恋姫ちゃん! かーわーいーいーっ!」
「か、可愛いんならいいじゃないのっ!」
恋姫は怪獣になっていた。
その怪獣が短いあんよでくずおれる。
「プリンセスで予約したつもりだったのに……まさかプリンセス(呪い)と間違えてたなんて、一生の不覚だわ……!」
「こそこそ予約入れたりするから、そーゆー失敗するんっしょ」
ちなみに『僕』は至って普通の吟遊詩人だった。
「なんか、その……僕だけまともな恰好で、ごめんね? ドラゴンさん」
「口の中から顔だけ出てるのが、また……だめっ、もうリオナ、我慢できない……っ!」
ついには里緒奈も噴き出し、怪獣の本体が口の中で赤面する。
「~~~っ!」
「よかったわね、恋姫。お望み通りのツーショットで」
面白かったので『僕』もよしとする。
次の仕事まで、まだ一時間ほど残っていた。
「あとは里緒奈ちゃんだけど……どうする? 菜々留ちゃんも恋姫ちゃんも好き放題やってるんだし、里緒奈ちゃんも遠慮しないで」
彼女を無理なく誘えるこの流れに、『僕』は内心ほっとする。
けれども里緒奈はかぶりを振って、『僕』の申し出を拒絶してしまった。
「……ううん。リオナ、今はいいわ。できれば……その」
「「ナイトパレードでツーショットはだめよ?」」
菜々留と恋姫の声が綺麗にハモる。ボーカルレッスンの成果かなあ。
里緒奈が唇をへの字に曲げる。
「ほら! みんな絶対、邪魔しに来るでしょ? だからリオナはあとでいいのっ」
「「邪魔なんてしないのに……」」
「まったく説得力がないことに気付きなさいよ。どっちも」
告白の件もあって、無理強いはできなかった。
『僕』たちはグッズショップなどで時間を潰し、次の仕事を待つ。
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