第415話

「ほらほら、おにぃ! 写真、写真!」

「おっと、そうだった」

「ミクが撮ってあげるわ。そっち並んで」

 可愛い美香留とツーショットを決め、『僕』の心もポカポカさ。

 馬の調教師が慌てた様子で駆け寄ってくる。

「すみません。この子たち、こんな柵の傍まで滅多に来ないんですけど……」

「触ったりはしてませんから、安心してください」

「ばいばーい! お馬さんっ!」

 美香留が手を振ると、馬たちも嬉しそうに唸った。

 菜々留のみならず、里緒奈や恋姫も何やらたじろぎ始める。

「ほ、本物の天使がいる……」

「P君が可愛がるはずだわ。それに比べて、レンキたちと来たら……」

 とりあえず、ぬいぐるみの『僕』をサッカーボールにするのを止めれば、魔王は引退できるのではないでしょうか。

 その後もしばらく白馬を眺め、ファンタジーライフに思いを馳せる。

「次は菜々留の番よ。あなたも写真撮るんでしょ、兄さんと」

「もちろん撮るわ! ロマンチックな一枚を!」

 続いて『僕』たちは菜々留を先頭に、三角形の建物へ。

「ピラミッドパワーを集めてるようだね」

「エッ? ピラミッドパワーって本当にあるわけ?」

 大抵のオカルトは眉唾物とされがちだが、それらに根拠がないわけではなかった。

 マギシュヴェルトの魔法がそうであるように、一部のオカルトは現に力を有し、有識者によって体系づけられてもいる。

 有栖川刹那の悪霊退治もその好例だ。

 菜々留が恋人の特権とばかりに『僕』の腕を取る。

「それじゃあ、ナナルたちは中で写真撮影してくるから。みんなは待っててね?」

「……は? ちょっとあなた、急に何言って――」

 そして、あれよあれよとピラミッドの中へ。

「あ~~~っ! 美玖ちゃん、美香留ちゃん、止めて! ルール違反っ!」

「どうだっていいわよ。ミクは」

「へ? ……ああっ! 菜々留ちゃんだけずーるーいーっ!」

「こらぁ、菜々留! 戻ってきなさい!」

 ツーショットを撮るだけのはずが、菜々留は堂々と『僕』を連れ込んでしまった。柔らかい笑みを浮かべながら、しれっと。電車が来たので乗ります、みたいに。

 スタッフに二名様としてご案内されてしまったため、『僕』も引き返せない。

「あとで怒られても、知らないぞ?」

「平気よ。すぐ入れてよかったわ、うふふ」

 大人気の遊園地――そのアトラクションにしては、客の入りが少なかった。

 ただ、それはユーザーが限られるためらしい。この『占いの館』を訪れるのは女性か、カップルか。『僕』も菜々留と一緒でなければ、まず入らない。

 菜々留が『僕』と腕を組みなおし、微笑む。

「空いてるし涼めるしで、穴場でしょう? カップルだけの休憩所ね」

「その言い方は間違ってるなあ」

 ほかのメンバーは炎天下で待ち惚けだというのに……(魔法で暑さは防げるけど)。

 そう待つこともなく『僕』たちは占いの間へ通される。

 そこにはイメージ通りの占い師が待っていた。

「占星術の館へようこそ。おふたりは……あぁ、カップルでいらっしゃいますね。本日は恋愛のことで、こちらへ?」

「はい。ナナルとお兄たまの相性を占って欲しいの」

「わかりました」

 その手で水晶を撫で、呪文を唱え始める。

(お? これは……)

 それはマギシュヴェルトにも伝わる、ある術式の文言だった。

 マギシュヴェルトの魔導の一部はやはり、こちらの世界でもオカルトの一種として伝承されているらしい。その証拠に、『僕』は占い師の呪文のすべてがわかる。

 現代風に訳すと、

『お腹空いたー。甘いモノが食べたいー』

 う、うん……まあ文言の意味まで正確に伝わってることって、稀だよね……。

 古き魔女のボヤきを呪文として、占いは執り行われる。

 その呪文を除いて、占いの術式はまともだった。占い師が一息つくのを見計らって、緊張気味に菜々留が結果を問いかける。

「ど……どうですか?」

「心配いりません。おふたりは運命的なレベルで強く結ばれております。ただ……手強いライバルが多いみたいですね。心当たりはありませんか」

 『僕』とメンバーの関係のことだろうか。

 図星を突かれた気がして、『僕』も真剣に耳を傾ける。

「いっそ今夜にでも結ばれてはどうでしょうか? ベッドの中で」

「菜々留ちゃん、出るよ! 聞いちゃだめなやつだ!」

「お、お待ちください! エンタメホテルにお泊まりでしたら、特別なお部屋をお貸しできる優待券がございまして……」

「それ、詳しく教えてもらえるかしら?」

「菜々留ちゃんっ!」

 カップルにホテルを勧める占いって、何なの?

「正常位より後背位のほうが、おふたりの愛は深まるかと」

「ほかのカップルにも言ってるの? それでカップルは納得するの?」

 疑問は尽きないが、それ以上は考えるのを止めた。

「いえ、本当に占いの結果で……おふたりに足りないのはセックスだ、と」

「あらあらまあまあ」

「もういいってば! 記念撮影はっ?」

 『僕』のほうから切りあげ、菜々留と一緒にオマケの撮影に臨む。

「こういうところで撮るのも、ミステリアスでいいと思わない? お兄たま」

「ミステリアスなんて今しがた砕け散ったじゃないか。粉々に」

 とりあえず目的を果たすことはできた。

(こんなのでお客さんは満足するのかなあ……?)

 不思議に思ってケータイで調べてみると、案の定『大きなお世話の館』と出てくる。

 しかし煮えきらない彼氏を揺さぶる、といったことにも使えるようで。女性ユーザーの間ではそこそこ人気のスポットらしい。

「エンタメランドにいるカップルって、全員がここで……いやいやいや」

「せっかくのツーショットだもの。印刷もしてもらいましょ」

 菜々留もすっかりご満悦だし。これが男女の感覚の違いというやつだろうか。

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