第414話

 それに加えて、おそらく里緒奈には抵抗があるのだろう。

 エンタメランドではギクシャクするのを止めよう――と約束はしたものの、わだかまりの全部を捨てることはできない。『僕』自身、やはり里緒奈を意識している。

 こんな気持ちでデートなどして、間が持つかどうか。

 だから里緒奈はふたりきりのデートを避け、そのことに『僕』も安堵する。

「みんなで一緒にまわるのも楽しいわよ。うふふ」

「でもぉ……ミカルちゃん、おにぃと恋人っぽいこともしたいな~」

 美香留のその一言に、里緒奈と恋姫が動きを止めた。

「「恋人っぽいこと……」」

 そしてふたり同時に赤面し、里緒奈は親指を、恋姫は人差し指を捏ねくりまわす。

「そそっ、そーいうのは……海とかプールまで取っておくほうが、ね?」

「お客さんだっているのよ? こ、こんなところで……」

 『僕』も美香留も首を傾げるしかなかった。

「恋人っぽいことって、手を繋いだり、写真撮るくらいでしょ?」

「ふたりとも何言って……あっ! ミカルちゃん、おにぃとツーショット欲しいなっ!」

 里緒奈と恋姫がさらに顔を真っ赤にして、全力で乗ってくる。

「そっ、それそれ!」

「それを言おうとしたんです!」

「兄さんよりヤバイのは誰か、よくわかったわ」

 菜々留は頬に手を添え、溜息をひとつ。

「遊園地でPくんと……いいわね、ナナルも賛成よ。Pくんとツーショットを撮るくらいなら、そんなに時間も掛からないでしょう?」

「はいはーいっ! 一番手はミカルちゃんだかんね!」

 こうして『僕』たちはツーショットを目的に、エンタメランドをまわることに。

「でもさあ……あとでキュートちゃんが知ったら、怒るんじゃない?」

「ツーショットの一枚くらい、撮らせてあげれば済む話よ。ミクはいらないけど」

「美玖も撮っておいたら? 兄妹で一枚」

「今日を兄さんの命日にする気?」

 この遊園地を『僕』の墓場にするのも止めて欲しいナ……。

「Pくんと写真……そういう目標があったほうが、歩きやすいわね」

「それはあるかも。……で、美香留ちゃんは僕と写真、どこで撮りたい?」

「ミカルちゃん、あれ! おっきいパフェで――」

 そう言いかけたところで、元気な天使が口角を引き攣らせた。

「……や、やっぱパフェは今度で……」

 ほかのメンバーも無念そうに口を揃える。

「あれだけ食べたあとだもんねー。いやまあ、美味しかったけど」

「ナナルも……収録の前は期待してたのよ? でも……ねえ」

 それもそのはず、先ほどSHINYは仕事でエンタメランドの特製スイーツを堪能したばかりだった。5人でもキツい量だったので、一口ずつ。

 しかし一口ずつの味見でも、結局は相当のボリュームになってしまった。

 食いしん坊の美香留でさえ『今は無理』と青ざめるほど、SHINYはスイーツと距離を置きたがっている。

 もちろん収録のあとは『スタッフで美味しくいただきました』ため、『僕』も甘いものはなるべく(いや切実に)遠慮したいところ。

 美香留が万歳のポーズで弾んだ。

「じゃあね、お馬さん! ミカルちゃん、お馬さんとおにぃとで撮りたいな~」

「騎士団領だね」

 その提案を受け、『僕』たちはエンタメランドを北へ進む。

 お城の麓には緑色の芝生が広がっていた。それこそファンタジーの世界にありそうな風景の中、数頭の馬が夏の陽光をさんさんと浴びている。

「すっごく綺麗じゃない! どうしてここは企画に入ってないの? Pクン」

「馬の機嫌次第だから外したんだ。あと、菜々留ちゃんが動物苦手だし」

「え、ええ……あまり近づくのは、ちょっと……」

 10メートルと近づかないうちに、菜々留は『僕』の背中に隠れてしまった。普段は恐れを知らない彼女の怖がりな一面が、これまた可愛かったりする。

 それを見るや里緒奈がヒートアップ。

「だっ騙されちゃだめよ、Pクン! 菜々留ちゃんはPクンにくっつきたくて、そんな嘘を……あれ? ほんとのことだっけ?」

「本当のことでしょ、里緒奈。菜々留は猫しか受けつけないの」

「でしょう? ナナル、動物は苦手だから」

 しかし当の本人は、思い出したように『僕』の背中に巨乳を押しつけ――。

 妹が痛そうに頭を押さえる。

「兄さんもアホだけど、メンバーもアホなのよね……SHINYは」

 一番のアホはどこぞの変装少女の気がするんだけど?

 馬は柵の向こうにおり、騎乗などは予約制となっている。そのため、『僕』たちが柵を越えてまで馬に近づくことはなかった。

「おぉーい! お馬さ~ん!」

 ところが美香留が声を掛けるだけで、手持ち無沙汰の馬たちがこちらへ。

「あら? 美香留、どうやって馬と……」

「美香留ちゃんは心がピュアだからね。動物のほうが『この子は優しいから大丈夫』ってわかるんだよ、多分」

 『僕』の説明に里緒奈が納得する。

「あー、なるほど。逆に菜々留ちゃんは腹黒だから、動物も……」

「おかしな言いがかりをつけないでっ!」

 菜々留はそう主張するも、誰も同意しなかった。

 だって……腹黒のせいで動物と馴染めない、とする里緒奈の持論が、ロジカルに完成されてるんだもん。否定できる余地が1ミリもないじゃないか。

「そんなに怖がらなくても、ね? こういう動物のふれあいから、少しずつ人間の心を取り戻していけばいいんじゃないかな? 菜々留ちゃんは」

「P君が一番容赦ないんですね……」

「これに懲りたら、腹黒は自重することね」

「ナ、ナナルは天使でしょうっ! ファンのみんなも『天使系のアイドル』って!」

 天使系アイドル(自称)が珍しく地団駄を踏む間も、もうひとりの天使系アイドル(本物)はお馬さんとハートウォーミングな交流を楽しんでいた。

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