第412話

 そこへ里緒奈がずかずかと割り込んで、青色から『僕』を遠ざける。

「易鳥ちゃんはリオナと! それでいいでしょ? Pクン」

「オッケー。じゃあ、あとは美香留ちゃんとキュート、菜々留ちゃんと恋姫ちゃんで」

「え? だからイスカはお前と……」

「アイドルでもないのに、しかも男性のP君が混ざったら、おかしいでしょう」

 時間ももったいないので、とっとと始めることに。

「お化けは偽物なんっしょ? それならミカルちゃん余裕、余裕っ!」

「ペアなんだから、きゅーとの邪魔しないでよね?」

 妹コンビがカメラ担当の綾乃とカートに乗り、レールの上を進んでいく。『僕』たちはそのカメラを通し、ゲームを見守る流れだ。

 数分後、甲高い悲鳴が反響した。

『ぎゃあああああっ!』

 ビックリドッキリなお化けの数々に、美香留はパニックに陥っているご様子。

『ちょっと、美香留? くっつかないでったら』

『だって、だって! あんなの飛んでくるなんて、聞ーてないっ!』

 キュートの声がまんま美玖の声に聞こえるのですが……。

 その間にも次のカートが近づいてくる。

「次は菜々留ちゃんと恋姫ちゃんだね。僕も一緒に乗るけどさ」

「ああ、もう出発するのね」

「おい待て! お前と行けるんじゃないか!」 

「あなたはP君とラブホテルで一緒に行ったんでしょう?」

 あのぅ、恋姫さん……『で』か『へ』か、ちゃんと発音してくれませんか。あと易鳥が『僕』の恋人宣言しまくっているのも、魔法で誤魔化すの大変なんですが。

「里緒奈ちゃんたちは、また綾乃ちゃんがカメラまわしてくれるからさ」

「そういうことね。オッケー」

 編集はあとでできるので、とにかく撮る。

 何より本日はエンタメランドの営業日のため、一般客も並んでいた。収録の時間は可能な限り切り詰め、アトラクションの回転率を阻害してはならない。

 なので妹ペアのゴールを待たず、菜々留&恋姫ペアもスタートした。

「すごい臨場感ね、菜々留。レンキは右をやるから」

「わかったわ。ナナルは左ね?」

 さすが結成当初からのメンバー。チームワークもさることながら、アイドルの企画として盛りあげることを忘れていない。

「きゃあっ! そっちに行ったわよ、菜々留!」

「任せて! ……やったわ、大勝利!」

 妹ペアのパニックぶりとは大違いだ(あれもあれで面白いけど)。

 もちろん、カメラ担当の『僕』に話しかけるような失敗もなかった。

(もう僕が教えることもないなあ……)

 中盤に差し掛かったあたりで、綾乃からメッセージが来る。

『第一ペアが戻ってきましたので、引き続き第三ペアをスタートさせます』

『了解』

 後半は難易度が上昇していたものの、菜々留と恋姫のほうも巧みな連携を披露しつつ、これを切り抜けた。初挑戦にしてはまずまずのスコアだろう。

「思いのほか夢中になっちゃったわねえ。うふふ」

「みんなはレンキたちのスコア、超えられるかしら?」

「……オーケー! お疲れ様」

 ゴールのゲートを抜け、『僕』たちは十分ぶりにスタート地点へ。

 先発の妹ペアは隅っこでヘバっていた。

「うぅ……スコアアタックどころじゃなかったあ~」

「んもうっ。美香留がメチャ騒ぐんだもん」

「いやいや、ふたりらしい動画になったよ。もう少し休んでて」

 ところが、その時だった。

『システムエラーが発生したため、当アトラクションを一時停止しました』

 『僕』たちは一様にきょとんとする。


                   ☆


 ハラハラゴーストハウスの中で、里緒奈たちは孤立してしまった。

「な、なんだ? こいつも仕掛けなのか?」

「そうではなさそう……ね。シャイPのほうから来たわ」

 カメラ担当の綾乃がケータイでプロデューサーと二、三の応答を交わす。

「――敵の配置を調整したばかりだから、その関係で異常が出たらしい、ですって。三分もすれば動くみたいだし、少し休憩にしましょうか」

「あ……はい」

 女性のプロデューサーがきびきびと仕事をこなす姿が新鮮で、圧倒された。カメラが止まったのを確認しつつ、里緒奈は声のボリュームを落とす。

「ね、ねえ……易鳥ちゃん? ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

 視線でちらちらと後ろの綾乃を意識していると、先に綾乃が理解を示してくれた。

「私のことは気にしないで。誰にも言わないから」

「ありがとうございます。じゃあ」

 腹を括り、里緒奈はライバルの易鳥に問いかける。

「あ、あのね? 易鳥ちゃん。お兄様……Pクンと恋人同士になって、その……どう?」

 易鳥は肩を竦めると、デリケートなこともしれっと言ってのけた。

「特に『どう』ということはないな。変化がないというか……うむ。イスカとあいつは今も昔も幼馴染みで、そこは変わらないんだろう」

「ふぅん……」

 その感覚が里緒奈にはわからない。

 彼と幼馴染みの易鳥なら、その恋愛感情にも説得力を感じた。結ばれるべきカップルが結ばれる――幼馴染みの彼女だからこそ、そうなる権利も資格もある。

 そして、

「易鳥ちゃんはPクンのことが、す、好き……なのよね?」

「ん? 好きだぞ」

 声を震わせてばかりの里緒奈とは逆に、この自信。

 自分が彼女の何に勝てないのか、自分には何が足りないのか。それを思い知らされる。

 消沈するしかない、そんな里緒奈を易鳥が勇気づけようとした。

「だが、易鳥はお前たちのほうが羨ましいぞ」

「……え?」

「だって、そうだろう? 幼馴染みなどという腐れ縁に頼らず、今の自分で正々堂々と勝負できるじゃないか」

 その手が里緒奈の手に触れ、重なる。

「だからお前も気にするな。スタート位置の違いなど誤差に過ぎん」

「易鳥ちゃん? あなた……」

 このガサツな体育会系の彼女が、本当は誰よりもライバルの気持ちに敏感なのかもしれなかった。そこに悔しさと、それ以上の親近感を覚える。

「ありがと、易鳥ちゃん。話せてよかったわ」

「そうか? イスカでよければ、いつでも相談に乗るぞ」

 間もなくアトラクション再開のアナウンスが響いた。

「ほら、お仕事よ。気持ちを切り替えて」

「はいっ!」

 ハラハラゴーストハウスの後半、里緒奈と易鳥は大健闘。

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