第410話

 配信用の動画の撮影は、某ブランドの洋服で。

「明日はほとんど衣装だから、これを着るのは今日だけね」

「お仕事が終わったら、もらえるのよね? Pくん」

「うん。また別の配信で着てもいいし」

 里緒奈、菜々留、恋姫、それから美香留も、今時の女子高生らしいカジュアルなコーディネイトで出揃った。

 いつもの妖精さんならスカート丈から念入りにチェックするが、本日の『僕』は人間なので、物理的に目線が高い。

「ほんと可愛いよ、みんな。あっ、日焼けは心配しなくていいからさ」

「ありがとうございます」

 真夏だけに今日は恋姫も肩を出している。

「僕が守ってあげないと……」

 そう口にしたのは、無意識だった。

 里緒奈たちは恥じらいながらも、『僕』の目の前で肩のストラップやら、スカートの丈やらをチェック。

「こういうの着ると、んっ、ブラが苦しいのよねー」

「ち、ちょっと里緒奈? さすがにそれはイエローカードよ!」

「恋姫ちゃんのスカート丈だって十分、イエローカードじゃないかしら」

「ミカルちゃんもスカートにしといて、よかったあ~。エヘヘッ」

 そうだよね……アプローチにしたって、これくらいが普通のわけで。

 スカートを全開にするチアガールとか、やはり何らかの原因があるのだろう。それこそ催眠アプリの類が影響している可能性も……?

 正気に戻ったらしい恋姫が周囲を見渡す。

「ところで美玖は?」

「美玖なら余所で仕事してもらってるよ。あとは……」

 少し遅れて、5人目のメンバーも合流した。

「お兄ちゃん! お待たせっ」

 キュート(妹)がアイマスク越しに『僕』を見詰め、微笑む。

「おはよう、キュート。今日も元気いっぱいだね」

「もっちろん! お兄ちゃん、お仕事なんか早く片付けて、きゅーとと遊ぼっ」

 こちらの妹は『僕』への好感度が急上昇する代償として、プロ意識が急降下した。

 そんなキュートに優等生肌の恋姫が言い放つ。

「今日は仕事なのよ? お仕事。P君目当てでハシャがないで」

「はぁーい」

(さっき美玖が言ってたのと同じ台詞……)

 妹のハグに爆乳っぷりを感じつつ、プロデューサーの『僕』はお仕事モードへ。

「さて……と。まずは配信動画の撮影だね。みんな、台本はしっかり頭に入ってる?」

「任せて! リオナたち、昨夜も打ち合わせしてたんだから」

 やはりセンターの里緒奈が健在だと、メンバーのモチベーションも違った。

 エンタメランドはテーマーパークならではのアトラクションに加え、臨場感が抜群の劇場や、体感型のゲームなども楽しめる。

「明日は天候次第で、シアターでのライブになるのね」

「まあ大丈夫だとは思うけど。明日も」

 アイドルの存在は認識阻害で誤魔化せるとはいえ、スタッフも含めての移動となると、さすがに人目を引いた。

「あれ? なんかの撮影?」

「SHINYが来るのは明日じゃなかったっけ」

 まずは入場ゲートにて、てきぱきと収録が始まる。

 カメラも客の視線もものとせず、里緒奈が朗らかな笑顔で切り出した。

「みんな、こんにちは~っ! リオナたち、今日はエンタメランドに来てまぁーす!」

 色違いのタメにゃんたちは拍手で歓迎。

 遊び盛りの美香留も乗ってきた。

「今日はミカルちゃんたちがエンタメランドの魅力を、じゃんじゃん紹介しちゃうぞ~」

「こら、美香留! レンキが隠れちゃうじゃないの」

 いきなり台本を間違えたのは美香留だが、気にするほどのことでもない。

「早いところはもう夏休みだものねえ。ご家族やカップル……カップルで遊びに来てるひとも、たくさんいらっしゃるわ。うふふ」

「菜々留ちゃん? なんで今、カップルって2回言ったわけ?」

 この手の仕事は慣れたもので、数分のうちに流れを作ってしまった。

「きゅーと、タメにゃんと記念撮影しちゃお~っと」

「あっ、ずるい! ミカルちゃんが先だってば」

 キュートと美香留が三色のタメにゃんに目をつけ、走り出す。

 ところが――その時、事故は起こった。

 妹たちではなく。ピンクのタメにゃんとグリーンのタメにゃんが、頭からごっちんとぶつかり、周囲を唖然とさせる。

「うぐぐ……」

「カメラ止めて、止めて! 中のひとも喋らないで!」

 タメにゃんはエンタメランドの妖精さんだ。ぬいぐるみの時の『僕』と同じで、中のひとなど居るはずがない(居てはならない)。

 にもかかわらず、中央のブルーが頭部を引っこ抜いてしまった。

「――ぶはあっ! こんなに密封されては、天音魔法も使えないじゃないか!」

 ピンクとクリーンも頭部を外し、正体を露にする。

「あ、あづい……アクターのひと、どーやってお仕事してるんデスか?」

「綾乃さんに騙された……イオリとしたことが」

 KNIGHTSのメンバーでした。

「ちょ、ちょっと……どうして易鳥ちゃんがここにいるわけ?」

「一昨日も会ったばかりなのに……実は余裕がないのかしら? 易鳥ちゃん」

 『僕』たちが呆気に取られる中、易鳥がべろおーっと舌を出す。

「さ、先に水を飲ませてくれ……死ぬ」

「まったく……たかがニ十分で、もうギブアップなの?」

 今やKNIGHTSのプロデューサー同然の綾乃が、ドリンクを手に出てきた。KNIGHTSのメンバーにはぞんざいな物言いで、貫禄も備わりつつある。

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