第408話
「今日のPくん、あれからおとなしかったわねえ」
「そうね。レンキも菫さんにベタベタするものと思ってたけど」
やがて水泳部の練習は延長分も含め、終了。
スクール水着の部員たちはぞろぞろと更衣室へ入っていく。
一方で、ぬいぐるみの『僕』はバスタオルで身体を拭くだけ。丸裸だからね。
そこへ里緒奈が遠慮がちに歩み寄ってきた。
「あ、あの……Pクン? 少しお話したいんだけど……その、いい?」
反射的に構えてしまったが、あえて『僕』は正面を切る。
「僕も里緒奈ちゃんには話しておきたいことがあるんだ。ちょっと待ってて」
そして――変身を解除。
同時に水泳パンツを穿き、パーカーを被る。
「ふうっ。変身ついでに着替えるのも、慣れたなあ」
「え……Pクン? どうして変身……」
人間の『僕』との再会に、里緒奈は目を丸くしていた。
ここは女子校のプール。変身を解いてもよい場所ではない。それでも『僕』は里緒奈に敬意を払うため、あえて本来の姿でありたかった。
「いつもの妖精さんだと、話が変な方向にばかり行っちゃうからさ。易鳥ちゃんにも怒られたことだし、夏の間はこっちで過ごそうかな、って……」
「そ、そうなんだ?」
里緒奈が『男の子のPクンは心臓に悪い』と言ったのも、その気持ちのせいかもしれない。現に今、『僕』も里緒奈とふたりきりでドキドキしっ放しだ。
「それで……里緒奈ちゃん、お話って?」
「あ、うん。えぇと、明日の遊園地……エンタメランドのことなんだけど」
同じくドキドキしているらしい里緒奈が、懸命に顔をあげ、『僕』を見詰める。
「その……リオナとPクンって今、ちょっとぎこちないじゃない? そういうの、エンタメランドではなしにして欲しいってゆーか……うん」
告白の件を意識しすぎて、お互い何かと構えてしまう――それを払拭したいという相談だった。『僕』としても大いに助かる。
「そうだね。僕も変に意識しちゃって、マズいと思ってたんだ」
「で、でしょ? Pクンがどんどん返事しづらくなるだけで……あはは」
里緒奈が勇気を出してくれた成果でもあった。
(情けないなあ、僕。女の子にばかり頑張らせて……)
『僕』は里緒奈をまっすぐに見詰め返し、ここに約束する。
「ちゃんと返事するから、もう少し考えさせてもらえるかな? 里緒奈ちゃん」
「……うん」
妹のような女の子は頬を染め、照れ笑いを浮かべた。
SHINYのセンターらしい抜群の微笑みを。
「お兄様の気持ち、聞かせてね? リオナ、待ってるから――」
☆
彼とプールで約束を交わし、里緒奈は更衣室へ。
「もうみんな着替えちゃったから。ここの鍵、お願いね」
「オッケー。またね、菫ちゃん」
更衣室の中でひとり――しかし着替えもせず、スクール水着の身体を擦りまわす。
「あ~~~っ! もう一歩押せばよかったかも!」
先日勢いで彼に告白してしまったのは、里緒奈にとっても想定外のことだった。
あの時は『これで全部終わっちゃうかも』と、不安にもなった。
ところが、まさにあの告白によって、最大級のチャンスが訪れつつあるのだ。今日も彼は里緒奈を女の子として意識しまくり、変身を解くまでに至っている。
「そうよ……これって、ビッグチャンスじゃない?」
ただでさえ菜々留や恋姫というライバルがいて、幼馴染みとやらに恋人一号の座を掠め取られてしまった状況だ。
そんな中で、勢い任せに過ぎなかったはずの拙い告白が、彼の心を揺さぶりまくっているのだから。薄暗い更衣室でひとり、里緒奈は薄ら笑みを浮かべる。
「明日からの遊園地が勝負ね。夜だって泊まるんだから、ひょっとして……むふふ!」
と思いきや、すぐ横から。
「気色悪い笑い方してないで、さっさと着替えたら?」
「……エッ?」
更衣室にはまだ彼の妹が残っていた。
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