第407話
一方、黙々と自分の練習だけしている部員がひとり。
(里緒奈ちゃん……)
里緒奈は、少し泳いではプールサイドで休む、を無為に繰り返していた。
気掛かりでならないが、告白を受けたのは『僕』。ちゃんと返事をしないことには、彼女を励ます資格もないわけで――。
(こういう時に美香留ちゃんがいてくれると、助かるんだけどな)
ほかのメンバーに相談もできず、彼女には『僕』からも距離を取る体たらくだった。せめて水泳部の練習が彼女の気分転換になれば――と、情けないことまで考える。
そんな一部を除いてユルみがちな雰囲気の中、
「P先生」
部員のひとりが真面目なトーンで『僕』に声を掛けてきた。
一年一組の菫(すみれ)だ。
「何かな? 菫ちゃん」
「一年生ですが、私もレギュラーに入ってますので……できれば全体練習のあとも、少しだけご指導いただきたいんです」
美玖や恋姫も、これには割り込もうとしなかった。
彼女、菫は中学時代から水泳で活躍し、S女に特待生として迎えられている。上級生からも大いに期待され、一年生にしてレギュラーも決まった。
ただ、それだけにプレッシャーがすごいのだろう。S女に入学してからは伸び悩んでいるようで、言動の節々から焦燥が感じられる。
もちろん水泳部の顧問として彼女の力にはなりたかった。
「わかったよ。ただしほかの希望者も一緒に、30分だけだぞ」
「は、はい! ありがとうございます」
菫がきびきびと頭を下げる。
(速そうなフォルム……いや、フォームなんだけどなあ)
この生徒のことが、『僕』はある意味で気になりつつあった。
どういうわけか『僕』の周りには巨乳の女の子が多い。22歳の新入社員・館林綾乃のDカップ(僕の目測が正しければ)でさえ小さく思えてくるくらいだ。
妹や美香留、桃香に至っては三桁だし?
ところが、この菫は正真正銘のAカップなのだ。
Aカップの水泳部員である。
水泳部用のスポーティーなスクール水着も、なだらかな平面を……ん? 平面?
同じペッタンコの母親なら間違いなくお気に召すだろう。……というより、何らかの形で菫を母に紹介しないことには、『僕』ばかり八つ当たりされる。
「どうしてかしら……ナナル今、とってもイラってしたわ」
「奇遇ね、ミクもよ。ぬいぐるみをサンドバッグにしたくって、もう」
後ろで菜々留や美玖が殺気立つのを、里緒奈が宥めた。
「ま、まあまあ。菫ちゃんのためにも……ね?」
いつもなら菜々留たちとともに『僕』を処刑するはず。しかし例の告白の件で、『僕』に過度なほど遠慮してしまっている。
「ほかの部員も一緒なら、P君だって変なことはできないわよ。た……多分?」
「あのねえ? 恋姫ちゃんは僕を何だと思ってるのさ?」
正直なところ、恋姫の小言には救われた。里緒奈とは間が持たないもので。
水泳部で指導しつつも、『僕』は頭の中で里緒奈との関係を逡巡する。
(何とかしないと……)
受け入れるべきか、断るべきか。
プロデューサーとしてなら断るべきだった。
人気上昇中のアイドルが、プロデューサーと交際などしていようものなら、アイドルグループもろとも大幅なイメージダウンになる。恋姫や菜々留も巻き添えにして。
それこそ『僕』と里緒奈のツーショット一枚で、あることないこと騒がれるだろう。マスコミにとっては『行き先はホテル』と書くだけで、記事もバカ売れだ。
しかし、そのリスクはすでに背負っていた。
『僕』はSHINYのアイドルやKNIGHTSの易鳥と着々と進展しつつある。数股交際の是非は別にしても。
リスクは承知のうえで、この『恋人未満』の関係を今さら拒絶するつもりはない。
ただ里緒奈の告白によって、『僕』は恋人候補たちと真剣に向き合わなければならなくなった。少なくとも、大切な気持ちをぶつけてくれた里緒奈に対しては。
そして受け入れるのなら――『僕』にも覚悟が要る。
(易鳥ちゃんとはなあなあになっちゃったけど……僕が頑張らないと)
彼女のため、『僕』はあることを決意した。
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