第406話

 そのお茶で一服しつつ、郁乃がボヤいた。

「ふーっ。SHINYはエンタメランドかあ……羨ましいデス」

「なんだ、それは? ランド……風呂屋か?」

 幼馴染みの素朴な疑問が微笑ましい。

「マギシュヴェルトには遊園地がないからね。夏休みが終わったら、一緒に行こうか」

「お前とか? いいぞ」

「ストップ、ストップ! レギュレーション違反よ、今の!」

 突然、里緒奈が声を荒らげた。

「易鳥ちゃん、本当は知ってるんでしょ? エンタメランドが何か」

「な、なんだ? お前は何を言ってるんだ?」

 戸惑う易鳥をよそに、菜々留も便乗する。

「知らないフリよねえ、さっきのは。絶対に確信犯だわ」

「お兄さんが誘ってくれるものと踏んで……幼馴染みがこれほどの強敵だなんて」

 恋姫まで虚言だか妄言だかを連発し、美香留は呆れ返った。

「もおー、またいつものぉ? 易鳥ちゃんは、あとはトントン拍子に進むだろーから気にしない方向で……って、みんなも言ってたじゃん」

「だからよ! お兄さんのお父さんみたいなことになる可能性も……あ」

 何かを口走りそうになった恋姫の唇を、慌てて里緒奈が塞ぐ。

「そこまでっ! ね? 恋姫ちゃん」

「……っ!」

 『僕』が易鳥と一緒に遊園地に行くのが、そんなにマズいのだろうか。

「まだ一学期の終業式があるけど、学校のほうはもう休みみたいなものだし。明後日からは早速、エンタメランドで一泊二日のお仕事だぞ~!」

「はーーーいっ!」

 と、里緒奈が喜色の声を張りあげる。

 しかし『僕』と目が合うと、思い出したように消沈してしまった。

「……ご、ごめん。リオナ、補習だってあるのに」

「気にしすぎよ? 里緒奈ちゃん。S女も一度くらい大目に見てくれると思うから」

「菜々留? あなたはもう少し気にしなさいよ、あの点数」

 夏の活動にあたって――何より『僕』は彼女、里緒奈との関係を修復しなくては。

 アイドルではない陽菜は少し気後れしている様子。

「ごめんね? 陽菜ちゃん、恵菜ちゃん。エンタメランドはSHINYのメンバーだけになっちゃって。花火大会やコスプレイベントは手伝って欲しいんだけど」

「わかってますの。頑張ってくださいね、お兄さん先輩」

「何でしたら陽菜、KNIGHTSの応援としてついていく方法もありますわ。綾乃さんも、どうせ人手不足になるからと仰ってましたもの」

「あー、なるほどね。現場のアシスタントとしてなら、また別で頼みたいかも」

 この夏はメイド姉妹の出番も増えそうだった。

 プロデューサーの『僕』は桃香の膝の上で、決め顔で立つ。

「とりあえず明日は久しぶりに練習だね! 水泳部の」

「試験のせいで授業もなかったから、一週間ぶりのスクール水着だものね。兄さん」

「うんうん! 今夜は眠れそうにないよ、ムフフフ……ハッ?」

 妹の誘導に勘付いた時には、遅かった。

「お前、やっぱり夏の間だけでも変身を解いてろ。アホでうっとうしいぞ」

「え? 変身って何のことですか? プロデューサーさん」

「食後の運動にはよさそうですね」

 焼肉で充填したエネルギーを、早くもボール遊びに使っちゃうのかい……?


                  ☆


 翌日の午前中はS女のプールにて、水泳部の練習だ。

 ぬいぐるみの『僕』はコーチとして、うら若い部員たちの指導に励む。

「う~ん……ニコちゃんはもう少し絞れそうかな? この感じだと」

「P先生、私も! 私の脚もチェックしてぇー」

 これこそが『僕』の持つ異能のひとつ。

 フトモモに挟まることで、ボディラインや体脂肪率を瞬時に計算。さらに理想のダイエット方法を示唆することができる。

 乙女の体形や体重に関与するため、人間の男性では論外のセクハラだろう。

 しかし『僕』はぬいぐるみの妖精さん、何ら問題ない。

「大アリですっ!」

「んばぶっ?」

 ニコちゃんの脚の間に挟まっていた『僕』を、真後ろから恋姫が蹴り飛ばした。

 ぬいぐるみの軽さが水平に10メートルも飛ぶって、すごくね? この数ヶ月のうちに威力も格段に上がっている気がする。

「ど、どうして? 恋姫ちゃん……以前はこんなことで怒らなかったのに」

「美玖、あなたからも言ってやってちょうだい。あのダメ彼氏に」

「あなたにこそ言ってやりたいことがあるんだけど」

 妹の美玖は軽く25メートルを泳ぎ、身体を馴らしていた。

 菜々留は日焼けを心配してか、日陰から練習の様子を見守っている。

「菜々留ちゃんもおいでよ。気持ちいいぞー?」

「え、ええ。昨日は少し食べすぎちゃったものだから……」

「そんな昨日の今日でお肉はつかな、っあべし!」

 今度は妹に蹴飛ばされた。10メートルの高さまで飛ぶって、すごくね?

「久しぶりの部活で兄さんのテンションが上がりすぎて、ウザいわね」

 コーチの『僕』が放物線でプールを飛び越えるのも、毎度のこと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る