第403話

 焼肉である。

 KNIGHTSの面々が試験の結果報告のために、わざわざSHINYの寮まで来たのも、カーニバル(謝肉祭)を欲してのこと。

「ちなみにカーニバルとは、お肉が食べられなくなるので先に食べて騒ごう、というお祭りですわ。お兄さま先輩もよろしくて?」

「解説ありがとう。そういうお祭りだったのかあ、カーニバルって」

「焼肉大会でいいじゃないか」

 試験勉強のご褒美に『僕』が用意していたものだ。

「おにぃ、今から行くんでしょ? どこで?」

「こっちの世界で、父さんの知り合いがやってるお店があるんだ」

「ナナルたちも2回くらい行った、あのお店ね? うふふ」

 牛肉はマギシュヴェルトのモンスターのものだったりするが……『僕』が何も言わない限り、普通の『牛肉』で済む。

「ほら、里緒奈も行くわよ。落ち込むのはそれくらいにして」

「う……うん! なんたって焼肉だもんね」

 事情を知る妹が睨んでるけど、き、気にしないぞー?


 もちろん『僕』はカメラを持っていく。

 何しろSHINYにKNIGHTSに加え、MOMOKAまで一緒のお食事だ。配信動画のネタにはもってこいで、マーベラスプロやお店とも話はついている。

 だが――まさか開口一番、叱る羽目になるとは思わなかった。

「ねえ、ちょっと? なんでみんなジャージなのさ?」

 せっかくのアイドルの企画なのに、全員がジャージなのだ。

 有名ブランドのファッショナブルなジャージ、でもなく。ただのダサいやつ。

「S女のジャージですよ? P君」

「ケイウォルスのジャージだよ? あにくん」

「どっちの学校のでもいいよ! じゃなくて、よくないって話!」

 プロデューサーとして『僕』は真剣にまくし立てる。

「ファンが見たらガッカリするぞ? 推しのアイドルがこんなモッサいので出てきたら」

 しかし頑なに譲らないのは、菜々留だった。

「カレーうどんと同じことよ。Pくん」

「……へ? カレーうどん?」

「あれはおつゆが飛ぶでしょう? 焼肉も脂が飛ぶから、学校のジャージに着替えておいたの。ファンのみんなもわかってくれると思うわ」

 本当にそうだろうか?

 服を意識する女の子らしさと、焼肉に全力で挑もうとする食い気。教え子たちは、どっちかとゆーと食い気のほうで動いてると思うんだけど……。

 純真無垢な美香留が『僕』に質問を投げかける。

「ジャージ以外のほうがよかったのぉ? あっ、おにぃの場合はスクール水着?」

「スクール水着を焼肉の脂で汚すなんて、とんでもない!」

 ここはスクール水着の愛好家として、断言せねばなるまいて。

 依織が半目がちに呆れる。

「易鳥……よくあにくんと下着でベッドインできたね」

「いや、なんか最近、そっちの趣味にも目覚めたっぽいぞ? 正常なほうへの軌道修正になるといいんだが」

「異常なほうへまっしぐらよ。兄さんは」

「いつの時代でも先駆者は異端扱いされるものさ……フッ」

 大人数なので、テーブルはふたつ予約しておいた。

 顔馴染みの店長が『僕』たちを迎えてくれる。

「いらっしゃい! お兄ちゃんも、美玖ちゃんも。お父さんは元気? 奥さんには今も黒タイツ穿いてもらってんのかい?」

 『僕』と美玖は一緒に固まる。

「え……何ですか それ」

「初耳なんですが」

 そういや母さん、夏だろうと毎日タイツだったなあ……黒タイツ。

 JKたちがお得意のノリで『僕』を責める。

「あー。だからにぃにぃも似たような趣味に……」

「血は争えないってやつだね」

「あのっ、ヒナはレオタードが好きでもいいと思うんですの」

 責められるべきなのは父親のはずなのに、なぜ……?

 結局はプロデューサーの『僕』が折れることに。

「わかったよ。確かに制服や洋服は汚れちゃ困るし、ジャージでいいから」

「残念そうだねー、おにぃ」

「そりゃあ……可愛いみんなを撮りたかったからさ」

 ぴくぴくっと全員が耳で反応した。

「それって個人撮影……」

「お兄さん先輩とふたりきりで、AV撮影……きゃっ☆」

「PV! PVと言いなさい、陽菜!」

 配信では流せない話題で待つこと数分、お肉が続々と運ばれてくる。

「こちら、お父さんから今朝届いたばかりのお肉だよ! いっぱい食べてくれ」

「はぁーい!」

 豪勢な焼肉を前にして、アイドルたちは目の色を変えた。

 美香留や郁乃は当然のこと、

「ごくりっ」

「やあねえ、恋姫ちゃん。喉なんか鳴らしちゃって」

「ち、違うったら! 今のは易鳥よ!」

「ん? こんなの見たら、ヨダレが止まらないに決まってるだろ」

 色気より食い気がポリシーの易鳥が、『僕』を急かす。

「早く早くっ! もう自分で焼いていいか?」

「はいはい。わかってるってば」

 豪気な旦那を支える良妻の気分になってしまった。

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