第402話
もっとも数学は堂々の93点だったので、S女もそう厳しくは言ってこないだろう。マギシュヴェルト勢、数学強すぎ。
ノートパソコンでマネージャーの業務を再開しながら、美玖が促す。
「ここまでの面子は郁乃くらいで、あとは問題ないでしょ」
「美玖ちゃんっ? なんでイクノちゃんの名前だけ出すんデスか!」
「アホだからよ。……それで? 菜々留と里緒奈は?」
「うぐっ」
今日は黙りっ放しの里緒奈が、苦し紛れに目を逸らした。
菜々留は女神を思わせる慈愛の笑みで、
「ひとの頭に点数をつけて評価する……なんて、傲慢なことだと思わないかしら?」
「桃香さんみたいなカオで言ったって無駄よ。さっさと見せなさいったら」
「ああ~んっ!」
痺れを切らせたらしい恋姫が、菜々留の答案を取りあげる。
『僕』も恋姫の肩に乗り、確認した。
「えぇと……」
世界史43点、数学39点……。
「数学は赤点じゃないのか? それ」
「S女は40点以下だからセーフなんだよ。セーフ……なんだけど」
「うちの郁乃とどっこいだね」
「そ、それはね? その」
菜々留お嬢様の笑顔にみるみる余裕がなくなってくる。
メイドの陽菜が申し訳なさそうに呟いた。
「菜々留さんって、勉強できるひとってイメージだったんですけど……い、いえ」
マネージャーに容赦はない。
「イメージと違って、勉強はダメってことよ。受験の時は割と頑張ってたのに……はあ」
もはや四面楚歌も同然の菜々留は、必死に弁明。
「ち、違うのよ? 最近はアイドル活動で忙しいから」
「恋姫ちゃんもアイドルやってるぞー?」
「水泳部! 水泳部だってあるもの」
「美玖も水泳部だぞー?」
菜々留には一度お灸を据えなくてはならないようだ。
「夏休みの課題で頑張って、挽回しましょうね? 菜々留ちゃん」
「うぅ……桃香さんまで酷いわ」
「桃香さんの言ってることの、どこがぁ?」
(確かに郁乃と同じランクだなあ……)
それから最後に、里緒奈の結果発表となった。
「あなたも観念しなさいったら。菜々留のあとならダメージも少ないでしょ」
「う、うん……」
「ねえ、美玖ちゃん? 今日はナナルに冷たくないかしら?」
里緒奈がおずおずと答案を、プロデューサーの『僕』ではなく美玖に差し出す。やはり告白の件を意識しているらしい。
不安を胸に、『僕』は彼女の点数を確かめていく。
英語72点、世界史63点、現国71点……。
どれも高得点ではないものの、悲惨というほどでもなかった。
「菜々留ちゃんの39点を見たあとなら、頑張ってるふうに思えるなあ」
「お兄さん、それ、もう一回言ってやってください」
「菜々留ちゃんの39点を見たあとなら、頑張ってるふうに思えるなあ」
「お、お兄たまっ? 恋姫ちゃんと仲が良すぎるわよ?」
ところが数学の答案で『僕』たちは目を点にする。
33点だった。
美香留がぼそっと囁く。
「赤点……じゃん」
里緒奈は青ざめ、皆の前で頭を垂れた。
「ごめん……ごめんなさい、Pクン。赤点なんか取っちゃって……」
「里緒奈ちゃん……」
散々だった菜々留も赤点は回避できただけに、口を噤む。
「里緒奈も勉強してなかったわけじゃない、とは思うけど……ねえ? 美玖」
「落とすとしたら、生物だと思ってたわ。美玖は」
全体の点数を鑑みるに、数学だけ調子を崩したようだ。
その原因に『僕』は心当たりがある。
(あれがあった次の日からテストで……数学は初日だったもんなあ)
勢いで告白してしまった件の動揺を引きずり、集中できなかったのだろう。
半分は『僕』のせいみたいなもので、フォローするにも苦しい。
「ま、まあ取っちゃったものは仕方ないさ。問題は里緒奈ちゃんの数学だけだし……補習以外の方法で何とか妥協してもらえないか、S女と相談してみるよ。うん」
「それが妥当ね」
マネージャーも反対はしなかった。
この夏はSHINYの正念場だと、全員が意気込んでいる中での失敗だ。里緒奈の補習ひとつでSHINYの活動に支障を来たす恐れもある。
それがわかっているからこそ、里緒奈の言葉も重々しい。
「ほんとにごめん……リオナ、センターなのにみんなの足引っ張ったりして……」
KNIGHTSの易鳥が溜息をついた。
「お前の気持ちはわからなくもないぞ? 正直な話、イスカも『誰かが赤点を取ってくれるもの』と期待してた部分はあるからな。情けないことだが」
「イクノちゃんは自分が取ると思ってました」
「ケイウォルスほど厳しくはないんでしょ? S女は」
郁乃や依織も里緒奈を心配してくれている。
年長者の桃香があえて明るい声を出した。
「と、とりあえず試験の話はもういいんじゃないかしら? 里緒奈ちゃんの補習はプロデューサーさんが対応、郁乃ちゃんと菜々留ちゃんは夏休みも頑張る、ということで」
恋姫が安堵の色を浮かべる。
「そうですね。下手にフォローしても、里緒奈も今はキツいでしょうし」
かくして試験の結果発表は一段落。
「数学は一度、みんなで勉強会しようか。僕も得意だからさ」
「あ、ヒナも数学はちょっと……」
「あなた、数学は84点でしたのに?」
しかし解散はせず、易鳥が『僕』に力宿りし覇者の剣オーディンを突きつける。
「さあ、試験は終わったぞ。わかっているな?」
「えぇと……銃刀法違反?」
「焼肉だっ!」
食欲旺盛なメンバーが快哉をあげた。
「「おおお~っ!」」
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