第399話

 『僕』とて途方に暮れたりする。

「……………」

 ファーストアルバムの収録のあと、寮に戻ってからの記憶はあやふやだ。夕飯に何を食べたのかも覚えていない。

 とりあえず今夜のところはひとりで入浴し、自室のベッドへ。

 人間の身体では感情を吐き出せそうにないので、ぬいぐるみに変身し、ベッドの上を右へごろごろ、左へごろごろ。

「待って、待って、待って! 僕が里緒奈ちゃんに……こっ、告白され……?」

 何しろ人生で初めて女の子に『好きです』と告白されたのだから。

 しかも相手は人気が急上昇中の美少女アイドル。

 白昼夢か、はたまた勘違いか。

 そう何度も疑っては、夢でも勘違いでもないことを知り、また悶絶する。

「ア~~~ッ!」

 落ち着け、僕。クールになるんだ。

 交際というなら、幼馴染みの易鳥ともそれっぽい関係じゃないか。

(そういや易鳥ちゃん、僕にはお嫁さんが何人も必要とか、言ってなかったっけ……?)

 念のため、電話で幼馴染みに聞いてみる。

「あーもしもし、易鳥ちゃん? ちょっと確認しときたいんだけどさ」

『なんだ? 藪から棒に』

「えーと、その……僕たちって付き合って――」

『そうだ! 次のデートはコラボ企画のあとでどうだ? 綾乃に聞いたら、部屋も取っておいてくれるらしいぞ。これで遅くなっても問題ないな』

 間違っても『僕たち付き合ってるんだっけ?』とは聞けない流れになってしまった。

『同じ部屋で構わないだろ?』

「そ、そうだネ。僕たち……幼馴染みだし?」

『……ま、まあ? ベッドインも期待してくれて構わないんだが……ひゃいっ?』

『何のお電話デスか! にぃにぃとベッドインなんて許さないデスよ!』

 タイミングよく郁乃が介入してくれたので、あとは任せることに。

「そっかあ……僕、易鳥ちゃんと交際中だったのか……」

 相手は凛々しい天音騎士様で、しかも有名なアイドルなのに、ワクワクしないのはなぜだろうか。むしろ妥協や諦観といった、およそ恋愛らしくない感情が込みあげてくる。

「いやまあ、ベッドでニャンニャンしておいて、今さらそれもないか」

 何にせよ、『僕』が外道であることに反論の余地はなかった。

 易鳥を恋人と前提にしたうえで、ぬいぐるみの『僕』は首ごと身体を傾げる。

「えーと……じゃあ、易鳥ちゃんとお付き合いしてるから、里緒奈ちゃんはお断りするってこと? ……どうなんだろ?」

 どうやら『僕』の頭も相当、混乱しているようだ。

 あくまで恋人ごっこの相手だった里緒奈に、本気の告白をされて。

 受けられるのならよいが、幼馴染みがほかの女の子との交際を認めてくれているとか、なんか嬉しいのでOK――では、里緒奈の気持ちに向き合っていない気がする。

「でも……そのへんをはぐらかしてたのも、里緒奈ちゃんなんだよなあ……」

 恋人ごっこの関係を始めるにあたって、彼女は『本気じゃないから』と前置きした。

 今にして思えば、あれは予防線だったのかもしれない。

 自分と『僕』、両方に対しての。

(ごっこ遊びなら……いつでも引き返せるもんな)

 ところが今日、彼女はボーダーラインを踏み込んできた。

 プロデューサーとアイドルの関係では誤魔化せない、次のステップへと。

 その勇気に応えなくては、『僕』は二度と彼女のプロデューサーを名乗れないだろう。

 ただ、腑に落ちないこともあった。

 ぬいぐるみの『僕』はベッドの上を窓際まで転がり、七月上旬の夜空を仰ぐ。

「里緒奈ちゃん、いつ僕のことが好きになったんだろ……?」

 彼女が幼い頃からの付き合いだ。

 里緒奈からすれば、『僕』は友達のお兄ちゃん。兄が欲しかったそうで、『僕』のことを『お兄様』と呼び、ずっと慕ってくれている。

 しかしこちらの世界で、『僕』はほとんどぬいぐるみの姿で過ごしていたわけで。

「確かにこっちの僕は勇者似のイケメンだけど……恋愛対象になるかなあ?」

 美香留や桃香は妖精さんの『僕』こそ格好よい、素敵だと褒めちぎってくれるが、そこから男女の関係に進展するはずがない。

 仮に進展するのなら、幼馴染みの騎士様も『僕』の変身に理解を示すはず。

 里緒奈が幼い頃からぬいぐるみの『僕』に好意を寄せていた、という可能性はゼロだ。

 つまり彼女は人間の『僕』と出会ってから、好意を持ってくれたことになる。

「……この数ヶ月で?」

 彼女の気持ちを確信できずにいる理由は、それだった。

 里緒奈と男の子の『僕』がお風呂で鉢合わせになってから、まだ二ヶ月ほどの時間しか経っていない。その二ヶ月で、告白するまで想いを募らせるだろうか。

「う~ん……」

 美少女ゲームのヒロインなら珍しくないよ?

 この間読んだラノベだって、主人公が異星人のヒロインと合体するまで、作中では三週間しか経過してなかったし。

「合コンで知り合った男女が、翌日から交際をスタート……なんてパターンもあるんだっけ? ……だめだ、非モテの僕にはまったく想像できないぞ?」

 こんな調子で、かれこれ一時間は悶々としていた。

 明日もこれだけ動揺していては、仕事に差し支えること必至。今夜のうちに少しでも気持ちを整理するべく、『僕』は恋愛マイスターを頼ってみることに。

「恋姫ちゃ~ん、ちょっといいかな?」

「えっ、お兄さんですか? ま、待ってください! 片付けますので」

 廊下でたっぷり三分ほど待たされてしまったけど、レディーのお部屋だもんね。ティーンズラブの漫画を隠したらしいことには触れないでおく。

「大丈夫だよ、恋姫ちゃん。僕はいつだって恋姫ちゃんの味方だからサ」

「な、なんですか? ぬいぐるみのくせに、その生温かい視線は」

 ぬいぐるみの『僕』はベッドに腰掛け、部屋の主を見上げた。

 パジャマ姿の恋姫は勉強机の椅子に座ろうとするも、我が身をかき抱く。

「それで? こんな時間に何の用……ま、まさかレンキを? プロデューサーの立場を武器にして、アイドルのレンキにいやらしいこと……」

「違うってば! 僕をケダモノ扱いするの、今夜はやめて?」

 まったく……この美少女アイドルは。『僕』がお風呂で遠慮すると怒るくせに。

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