第397話

 一曲目が終わる頃には、スタッフも興奮を隠しきれない様子だった。

「すごいですよ、シャイP! 全曲リニューアルって、どういうことかと思ってたんですけど……そりゃ、これなら全部録りなおしたくなりますねー」

「噂のスペシャリストってやつですか? VCプロの」

 わずか一ヶ月で、SHINYの歌唱力がここまでレベルアップしたのだから。

 綾乃が『してやったり』とやにさがる。

「これも全部、雲雀さん……いえ、VCプロの井上社長の筋書き通りなんだと思います。おそらくシャイPの行動も、井上社長にとっては想定内のことでしょう」

「怖いなあ……」

 魔法が使えるとはいえ、所詮『僕』も凡人なのだと自覚させられた。

 観音玲美子のコンサートもそうだ。

 魔法という大きなアドバンテージがあろうと、それだけのこと。アイドル業界で活躍する『本物』の力には、畏怖の気持ちさえ込みあげてくる。

 アルバムの収録は10曲に及ぶ長丁場になってしまったものの、メンバーもスタッフもモチベーションを維持。ついには最後の曲も一発で録り終えた。

 キュートと美香留が『僕』のもとへ駆け寄ってくる。

「おにぃ……じゃなかった、Pにぃ! ミカルちゃんを褒めて、褒めてっ!」

「きゅーとも! お兄ちゃん、きゅーと、頑張ったでしょお?」

「はいはい」

 こそばゆく思いながら、『僕』は可愛い妹たちの頭を撫でてやった。

「えっへっへ~」

「えへへっ! お兄ちゃん、だーい好き!」

 一方で、先輩アイドルぶりたいらしい恋姫や菜々留は落ち着き払っている。

「まったくもう……終わった途端、コレなんだから」

「本当は羨ましいんでしょう? 恋姫ちゃんも。ナナルは……どっちかと言うと、Pくんになでなでされるより、なでなでしてあげたいんだけど」

「……アリね」

 そんな中、センターの里緒奈はまだマイクの前で立ち竦んでいた。

「里緒奈ちゃん? 次はPVの撮影だぞー?」

「あ……う、うん! 今行くから」

 彼女が呆然とする理由が、なんとなく『僕』にもわかる。

 本番でこそ自分の成長を知り、驚いているのだろう。SHINYの持ち歌を完全にモノにできたことを、プロデューサーの『僕』以上に実感したはずだ。

 その現実が、里緒奈にとってはどこか夢のようでもあって。

(これが里緒奈ちゃんの実力なんだよ。やったね!)

 彼女の成長を嬉しく思いつつ、『僕』たちは引き続きアルバム用のPVの撮影へ。


 ロケ地は『僕』の要望で、S女の屋上となった。

 普段は施錠されているものの、今日は撮影のために開放。七月上旬の蒸し暑さは十八番の魔法で和らげておく。

「シャイPがいると、ジュースも少なくて済みますよ。ハハハ」

「でも水分補給は忘れないでください」

 原則として魔法の使用は変身を前提としているのだが、私的な目的ではないため許容範囲だろう。もちろん油断はせず、メンバーにはドリンク休憩を設ける。

「学校で収録するのって、不思議な気分だわ。そういえば、S女は世界制服に入っていないのね? Pくん」

「今のところはね。でもケイウォルス学院は入ってるよ、今月の下旬に」

「KNIGHTSとまた一悶着ありそうですね……」

「共演するんっしょ? 共演~」

 屋上での準備は三十分と掛からなかった。さすがマーベラスプロのスタッフ。

「晴れてるうちに撮っちゃいましょう!」

「ですね。じゃあ、みんな頼むぞ」

「はーい!」

 先ほどのアルバム収録が大成功だったおかげで、PVの撮影もスムーズに進む。

 美香留やキュートも撮影中は甘えのない集中力を発揮し、貢献してくれた。

「オッケーで~す!」

 NGもなく、PVの撮影は一発で済む。

「みんな、お疲れ様! 今日は本当に頑張ったね」

「もっかい褒めて、褒めてっ!」

 美香留とキュートは『僕』にくっつき、またもご褒美をおねだりしてきた。菜々留は多少息を切らせているものの、達成感を笑みに浮かべる。

「やっと一段落ねえ……。今夜は枕を高くして眠れそうだわ」

「同感。なんだかんだで気掛かりだったもの」

 恋姫もほっとした顔つきだ。

 ところが、

「これで期末試験に専念できるわね」

 その一言に美香留が情けない声をあげる。

「ええ~っ? 今日くらい見逃してよぉ、恋姫ちゃん」

「だめよ。美玖だってそのつもりで、先に帰ったんでしょうし」

(あー、そういうことになってたのか)

 スタッフが撤収を始める中、『僕』たちも引きあげることに。

「編集はこっちでやっておきますんで。シャイPも上がってください」

「じゃあ、そうさせてもらおうかな。今日はありがとう」

 SHINYの寮はすぐそこだ。

「着替えも帰ってからでよさそうね」

「ブログ用の写真と、ジャケット用の素材と……忘れ物はないかしら? Pくん」

「大丈夫。そのあたりは僕と綾乃ちゃんで別々に確認してるから」

 後片付けはスタッフに任せ、一足先に『僕』たちは階段を降りていく。

 さらにキュートだけ、早足で駆け降りていった。

「またね、お兄ちゃんっ!」

「ちゃんと前見て走るんだぞー?」

 マネージャーの美玖と入れ替わるため、別行動を取りたいのだろう。『僕』もメンバーも今さらキュートの奇行を気にしたりはしない。

「あ~あ。帰ったら試験勉強かあ……」

「あなたと里緒奈は頑張らないといけないんだから。ほら」

 恋姫や菜々留、美香留もすでに気持ちを期末試験に切り替えていた。

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