第396話

 そして半日の試験勉強を経て――さらに翌日。

 とうとう『僕』たちはファーストアルバム収録の日を迎えた。

 メンバーの体調は良好、風邪で喉をやられてもいない。

「恋姫ちゃん、単語帳は仕舞って」

「あ、ごめんなさい」

 絶好調のSHINYのため、スタッフも準備のうちから熱気に包まれていた。

 ファーストアルバムの発売は秋とはいえ、すでにセールスは始まっているも同然。

 CD用の音録りとは別にPVも作成するため、メンバーは衣装に着替える。

「待たせちゃったかしら? Pくん」

「そんなことないよ。みんな、衣装に問題はないかな」

「大丈夫です」

 菜々留や恋姫も気合充分だ。

 アイドル然としたステージ衣装も相まって、SHINYが抜群の存在感を放つ。

「こうして5人並ぶと、圧巻だなあ……」

「でしょ? このメンバーで、今年の夏は覇権を取っちゃうんだから」

 里緒奈の大言壮語も決して思いあがりではなかった。

 SHINYには今、強い追い風が吹いている。SPIRALとの共演予定なども公表され、世間はSHINYの話題で持ちきりだ。

 それに加え、先日の『変身ヒロインVS魔法少女』が大ヒットを記録。

 その勢いに乗じて、ファーストアルバムのPVも近日中に配信するのだから、この夏は最高のスタートを切れるはず。

 美香留もガッツポーズで意気込んだ。

「よっおーし! 今日はミカルちゃんもやるぞ~」

「巽さんの指導で、あなたが一番伸びたんじゃないかしら?」

 そんな美香留に影響されてか、恋姫も以前より前向きになった気がする。

「キュートも頑張ってね。頼りにしてるぞ」

「うんっ! お兄ちゃんのためにきゅーと、頑張るねっ」

 キュートはアイマスクの中から上目遣いで『僕』を見詰め、無邪気に微笑んだ。

 本日の『僕』は人間の姿で収録に臨んでいる。

「でも、なんで僕がこっちの恰好なの?」

 首を傾げるしかないモブ男子に、美少女アイドルの里緒奈が人差し指を突きつける。

「そっちのほうが、リオナたちのモチベが上がるからに決まってるじゃない」

「プロデューサーがぬいぐるみじゃ、緊張感に欠けるものねえ」

「もうお仕事の間は、そっちのP君でいてください」

 里緒奈に続いて、菜々留と恋姫もじりじりと間合いを詰めてきた。意味ありげにミニスカートを押さえながら、男子の『僕』を見詰める。

(もしかして……今日のためにみんな、あの勝負下着を……?)

 撮影が終わったら、『僕』をオカズに楽しむつもりらしい。その熱意もアルバムの収録に向けてもらえないだろうか。

「P君? また美玖がいないようですけど……」

「あっちに綾乃ちゃんがいるから」

「SHINYさーん! そろそろスタンバイしてくださーい!」

 やがて準備も完了し、収録の本番となった。

 SHINYのメンバーはきびきびとした足取りで、スタジオの中央へ。

 『僕』と綾乃は隅まで下がり、その収録を見守る。

(練習の成果の見せどころだぞ。みんな)

 人間の身体のせいか、ぞくっと震えが来た。

 不安や恐怖によるものではない。武者震いというやつだ。

 傍らの綾乃がプロデューサーらしい疑問を呈する。

「いいんですか? シャイP。一日で10曲を全部、一気に録るなんて……」

「綾乃ちゃんの言うこともわかるよ」

 アルバムに収録する楽曲の数は10に及んだ。

 それをぶっ通しで収録するのは過酷だろう。二時間のコンサートに匹敵する。

 しかし収録を二回、三回と分けては、体調管理や準備のほうもその都度必要になる。スタッフのスケジュールを押さえるだけでも一苦労だ。

「それにさ? 絶好調のうちに録りきるって手も、あるでしょ」

「……そうですね。私がプロデューサーでも多分、同じ判断をすると思いますし」

 とはいえ、これもケースバイケース。アルバムの一部を既存のシングルで流用することがあれば、それこそ『新曲だけ新規で収録』というパターンもある。

 むしろ今回のように『全曲をリニューアル』のほうが珍しい。

「私も楽しみです。雲雀さんの指導で、あの子たちがどこまで伸びたか」

「本番ならではの空気もあるからね。さーて……」

 『僕』と綾乃は期待を胸に、一曲目の収録を待った。

 センターの里緒奈が両サイドのメンバーと目配せで合図を取る。

 間もなく収録が始まった。

(おおお……っ!)

 そんな驚きの反応があちこちで窺える。

 スタッフが驚くのも当然のこと。SHINYの歌い方が明らかに以前と違っている。

 前回のライブまで、SHINYの歌唱力はあくまで『素人が練習して歌えるようになった』レベルだった。本人の才能による部分もあるとはいえ、練習次第で『誰でもできる』ラインでしかなかったのだ。

 しかし巽Pの稽古を通して、メンバーは自分の歌声を理解した。

 自分の声にはどんな特徴があり、どんな癖があるのか。

 それを活かすには、どのように歌えばよいのか。

「これだから雲雀さんは……」

「綾乃ちゃんも教わったことがあるんだってね」

 巽Pはメンバーごとにそれを見抜き、その使い方を叩き込んでくれた。

 『僕』やマーベラスプロのスタッフが何ヵ月、何年掛けたところで、この一ヶ月のレッスンは絶対に再現できないだろう。

 巽Pの指導のおかげで、里緒奈たちの歌唱力は根本的なところから改善。

 息継ぎさえ演出のひとつとして、楽曲を演じる。

 もはや『曲に合わせて声を出す』などという次元ではなかった。楽曲に歌わされるのではなく、里緒奈たちがその歌を通じ、自身を表現する――。

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