第392話

 けれども里緒奈たちにとって、懸念すべき問題は別にあった。

 プロデューサーとの関係だ。

(Bまで行ってるのに、Aはまだとか……何やってんだか、リオナたちってば)

 一応、進展はしている。お風呂でニャンニャンする時の、彼の手つきもいやらし……もとい情熱的になってきた。

 一線を越える(Cに至る)かどうかのラインで、駆け引きはできているだろう。

 それでも里緒奈は焦らずにいられない。

「美香留ちゃんとキュートちゃんだけでも手強いのに、易鳥ちゃんたちに、陽菜ちゃん……恵菜ちゃん、でしょ? おまけに帆奈緒まで出しゃばってくるんだもん」

「千姫も男の子のP君にトキめいてたわね…………まったく」

 彼を巡り、ぞろぞろと強敵が現れたのだから。

 里緒奈も、菜々留も、恋姫も、彼の母親から一度お墨付きをもらっている。現時点において『枠』に入っているのは間違いない。

 しかし想定外のライバルが出現したことで、その地位も揺らぎつつあった。

「ママさん、『何人まで』とは言ってないのよね。でもさすがに10人……うん、二桁ってことはないじゃない?」

「どこかで切る可能性はあるわねえ。SHINYのメンバーだけでも5人いるんだもの」

「美玖だっているわよ。あの子がその気になったら……」

 恋人の座は安泰、などと余裕ぶってなどいられない。

 易鳥や陽菜の出方次第では、自分たちが脱落というパターンも考えられる。

 だからこそ里緒奈は力を込めた。

「アイドル活動と同じよ。こっちも夏が勝負!」

 菜々留も恋姫も顔つきを引き締め、頷く。

「ええ。アイドルの企画だけでも、遊園地にお祭り……チャンスは多いわ」

「海にだって行くものね。それまでに打てる手は打っておかないと」

 この瞬間、同盟が成立した。

 里緒奈、菜々留、恋姫の三名は彼を篭絡すべく共同戦線を張ることに。

「だったら、まずは易鳥たちをお兄さんから遠ざけて――」

「待って? 恋姫ちゃん」

 気の逸る恋姫を、菜々留が制した。

「ナナル、思うの。ライバルの邪魔をするっていう方法は、結果的にヤブヘビになっちゃうんじゃないかしら?」

「……!」

 里緒奈と恋姫は視線を交わし、出掛かった言葉を飲む。

 例えば、A子は意中の彼からB子を遠ざけるべく、彼に嘘を吹き込んだ。

『B子の靴下って、すごく臭いのよォ? マジで』

 ところが彼はそれを真に受け、むしろB子を意識し始める。

『俺、においフェチなんだ。B子の靴下ってそんなにいい感じなのか?』

『え? ちょ、ちょっと……?』

 これがヤブヘビだ。

 余計なことをして、ライバルの手助けをしてしまうこと。

 漫画なら笑って済む話だが、現実問題ではそうもいかない。里緒奈は勉強の時よりも想像力を働かせて、最悪のパターンに青ざめる。

「じ、じゃあ……リオナがお兄様とふたりきりになろうとして、お部屋にお兄様を閉じ込めておいても……お部屋には陽菜ちゃんもいて、先にいい感じになって……?」

「里緒奈ちゃんが入った時には、ラブメイクの真っ最中ってわけね」

「だっだめよ! 里緒奈、絶対にやらないで!」

 その想像ひとつで恋姫は息を切らせた。さすがツンデレ、感受性が高い。

 菜々留が冷静に状況を分析する。

「つまりね? 何人もいるライバルのひとりを邪魔してないで、自分をアピールしましょってお話よ。さっきの例で言うなら、わざわざふたりきりのシチュエーションに拘っていないで、ぶつかっちゃえってこと」

「なるほど……お兄さんもニブいし、そのほうがよさそうね」

 当たって砕けろ――結局はそれが真理らしい。

 ただ、里緒奈にはまた別の懸念があった。

「でも……あれでお兄様、『交際は男女で一対一』とか思ってるじゃない?」

 恋姫が口角を引き攣らせる。

「お、お風呂でレンキたちに毎晩、あれだけさせて……ううん、やっておいて……?」

「その内訳を今ここで話すのは、やめましょうね? 誰のためにもならないわ」

 澄ました顔でいる菜々留にしても、自分と同じ段階までは進んでいるのだろう。

(やっぱり菜々留ちゃんと恋姫ちゃんが一番の強敵って気がするけど……)

 一回の深呼吸を挟んでから、里緒奈は不安を吐露した。

「その……こっちが本気になっても、断られるとか? アイドル活動を理由にして、距離を取られたら……なんて考えたら、真っ向勝負でぶつかるのも……ね」

 菜々留と恋姫がひそひそと声を潜める。

「昨夜『リオナがシコシコしてあげる』って言ってたの、誰だったかしら……」

「スクール水着の中に出させてあげるのも、里緒奈が抜け駆けしたんだったわね……」

「ストップ、ストップ! その話は誰のためにならないから!」

 改めて、今度は恋姫がまくし立てた。

「お兄さんもそれなりに気付いてるはずよ。そうじゃないと、こんな三股……四股? あれ、五股? 死ねばいいのに」

「落ち着いて、恋姫ちゃん。それで?」

「ええっと……そうそう。だから恋人候補の誰かが、同時交際をハッキリ認めた時点で、お兄さんも積極的になるんじゃないかしら」

 そこまで考えていなかった里緒奈は、恋姫や菜々留の持論に舌を巻く。

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