第388話

 そこへSHINY寮の専属メイドがやってくる。

「そろそろご休憩になさってはいかがでしょうか? お兄さん先輩、お嬢様がた」

「根を詰めては逆効果ですわ。適度に肩の力も抜きませんと」

 メイドの陽菜と、双子の姉・恵菜も。

 恵菜はともかく、陽菜がここにいるのは毎日のこと。多忙なメンバーのため、寮の家事全般を担当してくれている。

 ところが、そのあられもない恰好に里緒奈たちは目を丸くした。

「ちょ、ちょっと? 陽菜ちゃんも恵菜ちゃんも、なんだってそんな……」

「それ、体操部のレオタードでしょう?」

 陽菜も恵菜も色違いのレオタードを着たうえで純白のフリルをまとっている。いつぞやのスク水メイド(スクール水着+メイド)に対抗した、レオタードのメイドさんだ。

 もちろん『僕』は大喜び。

「うんうん! すごく可愛いよ、ふたりとも!」

 陽菜が頬を赤らめ、もじもじと人差し指を突っつき合わせる。

「えへへ……お兄さん先輩のためなら、ヒナ、レオタードだって頑張っちゃいますの」

 恵菜もまんざらではない様子で、レオタードのプロポーションを誇った。

「陽菜がひとりでは恥ずかしいと言いますので。それにエナも、お兄さま先輩の性処理メイドとして、陽菜には負けてられませんもの」

「待って? なんか今、おかしな単語が出てこなかった?」

 里緒奈のツッコミはさておき、レオタードのメイドさん×2に心が癒やされる。

「あっ、こら? おにぃはミカルちゃんのお膝でしょ?」

「エ? ……と、ごめんごめん。無意識だったよ」

 美香留が止めてくれなければ、危うく陽菜か恵菜のフトモモに頬擦りしていたところだった。いや、それより脚の間に潜り込むほうが……。

「恋姫、兄さんの処刑はミクがやるわ」

「ここまで運んできたの、レンキなのに?」

 ギザギザと重石が怖いので、今日のところは自重する。

 菜々留がにこやかにメイド姉妹を迎えた。

「陽菜ちゃん、恵菜ちゃんもお勉強のほうはどう? 恵菜ちゃんのケイウォルス学院ももうじき期末試験よねえ」

 恵菜がケイウォルス学院の生徒として嘆息する。

「易鳥さんと郁乃さんは毎日のように学校で缶詰ですわ。依織さんも安全圏ではあるのですけど、ご一緒に」

「あなたは……そこまでする必要はなさそうね」

「ええ。一週間前になってから慌てるような真似は致しませんわ」

「えっ?」

 妹の陽菜がギクリと反応したのは、見なかったことにしよう。

「あっちも大変そうだなあ……」

 『僕』が何気なしにボヤくと、里緒奈が噛みついてくる。

「完っ全に他人事よねー? Pクン。プロデューサーに定期試験はないからって」

「プロデューサーの仕事は学校の試験より大変なんだぞ?」

「こればっかりは兄さんが正論だわ」

「うっ」

 珍しく妹にフォローしてもらえて、どきりとした。

(美玖が僕を……)

 それもそのはず、先日『僕』はファーストキスを妹と済ませてしまったのだから。

 実の妹と。唇と唇で。

 プールの中でふと目が合って――そうすることが当然のように、キスを。

 あのキスを、ひょっとしたら妹も意識しているのかもしれない。

 けれども『僕』にとって、妹とのファーストキスは甘酸っぱいばかりではなかった。

 まずもって、兄妹で何をやっているのか、と。

 それからもうひとつ。里緒奈たちにはバレませんように、と。

 菜々留が『僕』と美玖を交互に見詰める。

「Pくんと美玖ちゃん、何だか雰囲気が変わった気がするのよねえ……。前はもっと、美玖ちゃん、Pくんのこと『死ねばいいのに』って目で見てたのに」

「な、菜々留ちゃん? そういうことは思ってても、口にしないで? 僕のハートがガラス細工のように繊細だってこと、知ってるでしょ?」

「P君で繊細だったら、野生のクマだって繊細になるじゃないですか」

 勘の鋭い菜々留のことだ。『僕』たち兄妹の変化に気付いている可能性はあった。

「お兄さん先輩もどうぞ。今日はアールグレイですの」

「母さんが送ってきたやつだね。ありがとう」

 とりあえずお茶も出揃ったので、皆で休憩することに。

「あーあ……Pクンが魔法で試験問題を予知してくれたら、楽勝なのに」

「すごい、すごい! 里緒奈ちゃん、あったまい~!」

「仮にそれができたとしても、憶えなくちゃいけないのよ? あなたたちできるの?」

「「デキマセン……」」

 冗談が冗談にならず、里緒奈と美香留はがっくりとうなだれる。

「休憩の時くらい試験のことから離れたら?」

「それそれ! 美玖ちゃんの言う通――」

「ねえ美玖、オーラルはチャプター4も範囲に入ってるわよね?」

「恋姫ちゃん? なんでそれを休憩中に聞くかなあっ?」

 とても大人気のアイドルとは思えない、女子高生らしいワンシーンだ。プロデューサーの『僕』は和やかなムードに安堵しつつ、アールグレイの香りを楽しむ。

「陽菜ちゃんも勉強で困ったことがあったら、何でも言ってネ。保健体育なら、僕も教師として教えてあげられると思うからさ」

「は、はいですの! ぜひっ」

「よりによって保健……保健体育ですか……」

「おにぃ、ミカルちゃんも! ミカルちゃんにも教えてー」

 先日は一悶着あった陽菜や恵菜とも、すっかり打ち解けていた。屈託なしに誰とでも仲良くなれるのが、SHINYのいいところだ。

「それより、さっき言ってた焼肉大会って? いつやるの?」

「KNIGHTSも一緒のほうが盛りあがるんじゃないかしら? うふふ」

 メンバーは和気藹々と女子トーク(焼肉風味)に花を咲かせる。

 そんな折、インターホンが来客を報せた。

「リオナが出るわ。陽菜ちゃん、そんなカッコじゃ出られないでしょ」

「あ……はい。お願いしますの」

「P君があんなの着せるからですよ? まったく」

「ぼ、僕が着せたんじゃないぞ? もとはと言えば、ああいう恰好を始めたのは恋姫ちゃんたちであって……いえ嬉しいです。今後とも続けて欲しいです」

 そんなこんなで、廊下に近い里緒奈が応対に出る。

 と思いきや、ヘルプの声が飛んできた。

「Pクン! ちょっと来てー!」

「え? うん」

 ぬいぐるみの『僕』は宙をL字に曲がり、現場へ急行する。

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