第387話 妹ドルぱらだいす! #7

 定期試験。

 それは中高生がもっとも苦手とする四字熟語(仮)だろう。

 マイエンジェル美香留も好きな四字熟語は『焼肉定食』の一方で、嫌いな四字熟語は『定期試験』『中間試験』『期末試験』『実力試験』エトセトラ……。

 しかし『もっとゆとりを』などと騒がれたのも、昔の話。

 厳しいようだが結局のところ、勉学にどう取り組むかは本人の心構えや目的意識に掛かっているわけで。

 頭ごなしに『勉強しなさい』と叱ってばかりいる親御さんに問いたい。

 あなたは、自分の子どもが勉学に興味を持てるような環境を、与えてきたのか?

 知育玩具だけ押しつけて、あとは教育テレビに任せっ放しでいなかったか?

 親が勉強できないと子どもも勉強できない――などと言っては語弊があるかもしれないが、実際はそういうことだ。

 3、4歳のうちに平仮名とカタカナを覚える子どもはいる。

 楽々と九九を暗唱できる子どももいる。

 ほかでもない親が、子どもと同じ目線で、子どもと一緒に勉強に取り組んだ結果だ。

 子どもは食事さえ与えておけば成長するペットではない。

 もし子どもがろくに勉強せず、言い訳ばかりするようなら、あなたは何よりまず自分自身を見詰めなおすべきである。

 それこそが教育の――

「もういいからっ! ストップ、ストップ!」

 とうとう里緒奈が悲鳴をあげ、美玖の朗読を妨げる。

 美玖は面倒くさそうに吐き捨てた。

「あなたが『勉強できないのはママのせい』とか言い出すから、わざわざそれっぽいサイトから引用してあげたんじゃないの。これで満足?」

「不満しかないってば!」

 菜々留のお嬢様スマイルにも影が差している。

「前回は打ち切りみたいなノリで終わって、いきなりお説教だなんて……」

「P君が焼肉のお話してるところまでは、いつもの中身のない雑談だったんですけど」

「そ、それだよ!」

 ぬいぐるみの『僕』は美香留と一緒に胸を張った。

「ファーストアルバムの収録と期末試験が終わったら、みんなで焼肉大会だぞ」

「賛成っ! さっすがおにぃ、わかってるぅ~!」

 優等生の恋姫と美玖が視線を交わす。

「P君が言うなら、まあ……そうですね。試験明けにご褒美くらい」

「問題はそれで里緒奈や菜々留がやる気を出せるか、ね」

 案の定、里緒奈は両手で頭を抱え込んだ。

「焼肉は食べたいけど勉強はしたくない……勉強はしたくないけど焼肉は食べたい……」

 同じ派閥の菜々留がにっこりと微笑む。

「ねえ、Pくん。SHINYは今や大人気のアイドルグループでしょう?」

「そうだね。大人気だ」

「じゃあ定期試験も、Pくんが学校と掛け合ってくれたら――」

「赤点取らないことが活動の条件だからね? お仕事のために早退したり休んだりレポートで許してもらってるのも全部、『試験で赤点を取らない』が前提だからね?」

 当然、ここで妥協してやる『僕』ではなかった。

 『僕』がS女で教師を務めているのも、SHINYの高校生活をサポートするため。メンバーの特別扱いについてもS女と協議し、条件を設定している。

 それをこちらの都合ひとつで反故にできるはずがない。

「勉強も頑張るって約束でしょ? 恋姫ちゃんは毎日ちゃんとやってるんだからさ」

 そこを窘められ、里緒奈は悔しそうに唸った。

「うぐぐ……ツンデレのくせに」

「どういう悪口よ、それ」

「それに勉強したくないのを、ママさんのせいにしちゃいけないぞ? 里緒奈ちゃんのママさん、とても綺麗で素敵なひとじゃないか」

「あのぉ、Pクン? リオナのママ、『Pクンの魔法でお金儲けってできないの?』とか言ってるんだけど?」

「そんなことよりナナル、Pくんのオバ専発言のほうが心配だわ」

「今言ったこと、どっちも親御さんに伝えておくわね」

 脱線が多くなるにつれ、美玖のツッコミも切れ味を増す。

 寮のリビングに集まり、同じテーブルの上でテキストを広げて、すでに二時間。さすがにメンバーの集中力も切れ始めていた。

(こればっかりは頑張ってもらうしかないからなあ……)

 『僕』とて勉強を無理強いしたくはない。

 しかし前回の中間試験は結果が振るわず、冷や汗をかいたもので。

「やっぱり高校で難しくなったのかな? 勉強」

「そうですね……教科の数も増えましたし」

 またメンバーは高校一年生なので、中学とのレベルの違いも大きな壁となった。

 例えば、英語は『英1』と『オーラルコミュニケーション』に、数学も『数1』と『数A』に分かれている。

 国語も『現国』と『古文』で別々だ。

 それだけに試験範囲が膨大になり、中間試験では大変な目に遭っている。

 ゆえに今回の期末試験も、メンバーは『頑張らないと』とは思うものの、教科の数と範囲の広さにすっかり尻込みしている様子だった。

 特に里緒奈が。

「勉強したくない……でも百点取って、お兄様とラブホ行かなくっちゃ……」

「その話、まだ続いてたの?」

 満点など夢のまた夢。だからこその冗談だろう(と思いたい)。

 学年五位の妹がテキストを畳む。

「ミクと恋姫はともかく、ほかの面子は限界みたいね」

「「美玖ちゃん……!」」

 瞳をきらきらさせるのは、里緒奈と菜々留。

 美香留も勉強そっちのけで、ぬいぐるみの『僕』をモフモフしてばかりいる。

「休憩、休憩ぇ~。ミカルちゃん、お菓子が食べたいなー」

「頭を使うなら、糖分は欠かせないもの。だから食べていいのよ。ね?」

「恋姫ちゃんは誰に言い訳してるのかしら」

 そこは突っ込まないであげてよ、菜々留ちゃん……。

 心配しなくても脂肪なんか付かないさ。おっぱいが大きくなるだけで。

「むふふふ」

「里緒奈、ギザギザと重石を持ってきて。P君を懲らしめないと」

「重いからイヤだってば。恋姫ちゃんが自分で運べば?」

 試験勉強のムードはどこへやら、『僕』たちはすっかりユルんでしまっていた。

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