第385話
何となく『僕』にはわかっていた。
(陽菜ちゃんらしいなあ)
陽菜は0点の恵菜に気を遣って、自ら勝負を降りたのだろう。褒められた行動ではないかもしれないが、相手は特別も特別、双子の姉なのだから。
「じゃあ僕とキュート、陽菜ちゃんと恵菜ちゃんのペアで、スライダー滑ろうか」
「あぁ……エナは陽菜と一緒になりますのね」
また、姉妹で一緒にウォータースライダーを滑りたい気持ちもあったはず。
(SHINYのメンバーには考えられないよ……尊いなあ、双子って)
里緒奈は抜け駆けするわ、菜々留は騙すわでお馴染みのSHINYが、ちょっぴり情けなく思えてしまった。『僕』もひとのことは言えないわけだが。
浮き輪を異次元ボックスへ収納し、『僕』たちはウォータースライダーの列に加わる。
「それよりキュートさんはよろしいの? 試験勉強もなさらないで」
「恵菜? それ、ブーメラン……」
「きゅーと、お勉強は学年5位ですよーだっ」
並ぶ間もキュートは『僕』の腕にしがみついていた。
ビキニ越しの爆乳が『僕』の上腕を柔らかく包み込む。
(ほんとに積極的すぎるよ、キュートは……)
こちらの動揺にも気付いているはずで、上目遣いのまなざしは挑発的に。
「あっれぇ? お兄ちゃんってば、ガチガチになっちゃってる~」
「ウ、ウォータースライダーのせいだよ? スライダーの」
緊張するに決まっていた。
頭の中で『妹だぞ』と自分に言い聞かせるものの、関心を、興味を断ち切れない。あの美玖が『僕』の傍で、まるで恋人のように甘えてくれるのだから。
「ほらほらぁ、お兄ちゃんからもぎゅってして、きゅーとが彼女だってことアピールしなきゃ。きゅーとがナンパされちゃってもいいの?」
「いや、それは認識阻害で……」
「だーめ。あっちのカップルみたいに、ね?」
今も左腕に抱きつき、アイマスクの中でつぶらな瞳をきらきらさせる。
(妹なのに……!)
当然、肉感的なスタイルも『僕』をどぎまぎさせた。
妹は対象外と頭ではわかっているつもりでも、すべすべの柔肌が、むっちりとした弾力が、『僕』に無限の誘惑を投げかけてくる。
そのうえで、普段の妹とのギャップもあった。
あのドライで冷めきった、兄には『死ね』が口癖の妹が。
仮面ひとつでキュートに入れ替わると、『大好き』を連発してくる。
妹は『僕』とどうなりたいのだろうか。
『僕』に兄以上のことを求めているのだろうか。
そして『僕』は、この妹にどこまで欲しているのか――。
陽菜と恵菜の背中に視線を引っ掛けつつ、キュートが声のボリュームを落とす。
「ねえ、お兄ちゃん。スライダーのあとで……ちょっとだけエスケープ、しちゃおっか」
『僕』とふたりきりになりたいらしい。
そんな状況になったら、いよいよ『僕』もどうなることやら。
ここは鋼の意志で小悪魔の誘惑を跳ねのける。
「だめだよ。今日は陽菜ちゃんと恵菜ちゃんにお詫びの意味で来たんだからさ」
「むぅ~。またそーやってぇ、ほかの女の子を優先するー」
妹はむくれるも、我慢してくれた。
もとより本日のデートは陽菜&恵菜のためのもの。それを乱入した立場でひっくり返しては、『僕』の面子も立たないと判断したのだろう。
「じゃあ、シャワーは一緒だよ? お兄ちゃん」
「言ってることがおかしいぞ」
そんな冗談で妹のアプローチをはぐらかしながら、待つこと十分。
先に陽菜と恵菜のペアが階段をあがり、ウォータースライダーへ臨む。
「お兄さん先輩、お先にですの!」
「怖くなったら、引き返しても構いませんわよ? うふふ」
数秒後、甲高い悲鳴が遠のいていった。恵菜……まあ陽菜の声としておこうか。
『僕』とキュートも台へあがり、水面が混然と輝くプールを見下ろす。
「すっご~い! こんなに高いんだ?」
「登ってみると結構あるなあ」
係員の指示に従い、『僕』は後ろからキュートを抱き締める形になった。
「え~? お兄ちゃん、肩なんてつまんないよぉ」
「じ、じゃあ……腰にしようか?」
相手はビキニなのだから肌に触れるのは不可抗力――と言い訳しつつ、妹と一緒にスライダーのコースを確かめる。
その軌道はト音記号に似ているかもしれない。
「十秒ほど滑りますので、しっかり掴んでてあげてくださいねー」
「はい。わかりました」
危ないかもしれないと思うと、華奢な妹を支える手に力が入った。
「それじゃ……行くぞ? キュート」
「うん。来てぇ? お兄ちゃん」
腹を括り、『僕』は妹とともにウォータースライダーの中へ。
勢いのある水流が『僕』たちを一気に前へ運ぶ。
「き――きゃああああ~っ!」
始まったと思った時には、どんどん吸い込まれていた。
カーブに差し掛かると遠心力で身体が浮きあがる。筒の中で一回転しそうになった。
蛇腹状のコーナーで一度は減速するも、その終点でお尻が跳ね、スピードは再び上昇。ラストスパートを駆け抜け、勢いそのままにプールの中央へ放り込まれる。
ざっぱ~~~ん!
『僕』は頭が逆さまになるまで沈んだ。
キュートも『僕』の腕の中で息を止め、もう半回転。
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