第384話
それでも妹は気を取りなおし、再挑戦。
「えいっ!」
浮き輪が上手い具合に風に乗りながら、『僕』の視界へ降りてくる。
今度は逃げず、『僕』は首に浮き輪をぶらさげる恰好となった。
キュートが飛び跳ねる勢いで喜ぶ。
「エヘヘ、大成功っ! これで1点だね、お兄ちゃん!」
「やりますわね……」
二番手の恵菜は少し焦りの色を浮かべるも、すぐに表情を引き締めた。『僕』が返した浮き輪を受け取ると、重心を低く、低くして狙いを定める。
「間合いよし、風向きよし……参りますわ!」
一回の呼吸を挟んで、その身体が動いた。
先ほどのキュートに負けじと、ビキニのプロポーションをたわめ、弾ませる。
ところが、肝心の浮き輪が投げるより先にすっぽ抜けてしまった。大きな輪っかが回転しつつ、『僕』の顔面に目掛けて飛んでくる。
「おわっと!」
たまらず避けてしまったが、これは不可抗力というやつだ。
なのに恵菜が地団駄を踏む。
「お兄さま先輩が動いてはいけませんわ! エナに勝たせるのがお嫌っ?」
「そ、そうじゃなくて……今のは外れてたでしょ?」
的に当てるルールではなくてよかった。
かくして残念ながら恵菜は得点ならず。続いて妹の陽菜が浮き輪を手に取る。
「お兄さん先輩! ヒナ、頑張っちゃいますのっ」
「いつでもいいよ。ほら」
勝負の結果は別として、無性に応援してあげたくなってしまった。さすが天使系、無自覚かつ無防備に『僕』の男心をくすぐってくる。
(あんな可愛い女の子に『頑張る』って言われたら、僕だって……)
陽菜は『僕』までの距離を二回、三回と視線で確かめてから、浮き輪を放った。
「ひゃ、ひゃあっ?」
しかし投げるやバランスを崩し、危なっかしい前屈みでビキニの巨乳を抱き込む。
グラビアアイドルなら百点満点のポージングでございます、はい。
その浮き輪は惜しくもハズレだったが、『僕』は身体を右に傾け、それを回収した。
「これで陽菜ちゃんも1点だね」
「え? あ、はい……」
戸惑う陽菜をよそに、キュートと恵菜が怒りだす。
「お兄ちゃん? 今、自分で入ったでしょ! 陽菜ちゃんだけずるい!」
「エナの時は逃げておいて……そんなに陽菜がお好きでして?」
「いやいやいや! 僕の身体は浮き輪に対して大きいんだからさ? 多少はこっちからも動いて、拾っていかないと」
来る日も来る日も女の子に弁明してばかりなのは、気のせいだろうか。
とりあえずキュートと陽菜は1点を先取。恵菜だけが出遅れた中、ゲームは二巡目へ。
「次こそはエナもお兄さま先輩をゲットですわ!」
「僕は景品じゃないんだけど……」
再び一番手となったキュートが、浮き輪を片手に『僕』をねめつけた。
「むむむ……」
アイマスクの中でギラついているのは、キュートではなく美玖の双眸だ。こんなふうに『僕』を睨んでると、まったく同じ顔つきだなあ……。
キュートはものの見事に二投目も点数をゲット。
「やった、やったあ!」
「くっ……もうあとがありませんわ」
二番手の恵菜はこれで点を取らないと、敗北が確定する窮地に立たされてしまった。
それゆえに慎重に間合いを測り、深呼吸で気持ちを落ち着かせて。
「見えましたわっ!」
しかし何が見えたのやら、浮き輪は縦向きの回転つきで『僕』に襲ってきた。
「んばぶっ!」
回避したらまた怒られそうなので、顔面でそれを受ける『僕』……。ぬいぐるみじゃない時でも出るんだね、『んばぶ』って。
恵菜はその場で蹲り、がっくりとうなだれる。
「ど、どうしてエナのにだけ入ってくれませんのよ? 穴が小さくっても、お兄さま先輩が陽菜の時みたいにリードなさったら、ちゃんと入りますのに……」
「な、何それ? お兄ちゃん……まさかラブホで」
「違う、違う! 今のは恵菜ちゃんが変な言い方しただけ!」
続いて陽菜も二投目。
「えいですのっ」
一投目でコツを掴んだのか、安定の投げっぷりだ。吸い込まれるように的の『僕』が収まり、陽菜も点を獲得する。
「あとはキュートと陽菜ちゃんで決勝戦だね」
「二点先取で決まると思ってたのになあ、きゅーと」
「ひょっとしたら、ヒナがお兄さん先輩とスライダーを……うふふ」
「こんなはずじゃありませんのに~っ!」
そして勝敗を決する三投目となった。
キュートと陽菜の両方が外さない限り、ゲームは続行。言い換えれば、先に外したほうが負けとなるシビアな戦いだ。
にもかかわらず、キュートは軽々と三投目もクリアした。
「エヘヘッ! もう慣れちゃったかも。簡単、簡単」
もはや得点に意味のない恵菜は、大暴投で『僕』に浮き輪をぶつけようとする。
「覚悟なさいっ!」
「輪投げ! 輪投げをしよう? ね?」
そのうち浮き輪が気円斬になりそうで怖い。
間もなく陽菜の番がまわってきた。緊張気味に浮き輪を携え、的の『僕』を見据える。
「そ、それじゃあ……投げますの」
三度目のおかげか、無駄のないフォームだ。
巨乳の重さにつられることもなく、綺麗に浮き輪を投げる。
と思いきや、浮き輪は1メートルも左へ逸れてしまった。その結果にはむしろキュートと恵菜が唖然とする。
「外れちゃったね? 陽菜ちゃんの」
「あら……惜しい勝負ではありましたけど」
陽菜は悔しさより申し訳なさの色を浮かべた。
「ご、ごめんなさい。風が吹いちゃったみたいで……えぇと、あの」
「そうだね。じゃあ輪投げ対決はキュートの勝ちってことで」
「やったあ~っ!」
晴れて勝者となった妹が快哉をあげる。
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