第383話

 『僕』は異次元ボックスからケータイを取り出し、里緒奈を呼んだ。

「里緒奈ちゃん? こっちに今、キュートが来てるんだけど?」

『エッ? そ、それをどうしてリオナに……』

「とぼけたって無駄だよ。そっちからの差し金でしょ? キュートは」

 電話の向こうで観念したのか、里緒奈が白状する。

『その、刹那さんにアクアフロートのチケットをもらって……でも一枚しかないし、キュートちゃんなら確実に邪魔してくれると……ごにょごにょ』

 キュートの連絡先を知らない里緒奈たちが、どうやってコンタクトを取ったのやら。

(やっぱり菜々留ちゃんは気付いてるんじゃないか? キュートの正体に)

 魔法使いの妹なら、遠路はるばる白虎アクアフロートへ来ることも難しくない。あらかじめシャイニー号に乗り込んでいた可能性もあった。

 『僕』は電話を切り、妹と相対する。

「ま、まあ来ちゃったものはしょうがないか。ひとりで遊ばせるのも変だし、ね?」

「お兄さま先輩がそう仰るなら、エナも異論はありませんけれど」

 可愛いほうの妹がにっこりと微笑んだ。

「でしょ? だからきゅーともお兄ちゃんと一緒っ!」

 ただ、陽菜は不満そうに唇を噛む。

「……」

「陽菜ちゃんもごめんね? キュートはこの通り、強引な妹……女の子でさ」

「あ、いえ。ヒナもキュートさんと一緒で構いませんの」

 双子だけに顔立ちは同じでも、陽菜と恵菜で中身は随分と異なるらしい。

 姉の恵菜は周りを計算に入れ、要領よく立ちまわるタイプだ。体操部の一年生を仲間に引き込んだのも、怜悧さと行動力を兼ね備えた彼女ならではのこと。

 一方で、妹の陽菜も社交性は高かった。

 しかしあと一歩のところで遠慮が先行し、我慢してしまうのだろう。先日はまさにそのフラストレーションが限界に達し(恵菜の介入もあって)、あのような大事になった。

(このへんは僕がフォローしないとなあ。さて……)

 人間の姿で『僕』は腕組みを深める。

 目の前では巨乳でビキニの妹たちが『僕』を巡って、キャッキャしていた。

「ウォータースライダーはお兄ちゃん、きゅーとと滑るんだってば」

「面倒ですわね……この子も魔法使いなのでしょう? マジカルバズーカでご退場いただくほうが、早いのではなくって?」

「え、恵菜? お兄さん先輩が見てるから、それはちょっと」

 ……いや、キャッキャなんて可愛いものじゃないか。

 それでも『僕』にとって陽菜は美香留に続く、貴重な天使枠だ。エンジェルは『僕』に殴る蹴るをしないからね。大切にするぞ。

「だったらお兄ちゃんのペアは勝負で決めるの、どお?」

「望むところですわ。陽菜、あなたもよくって?」

「う、うん……ヒナも頑張る!」

 キュートの提案に恵菜と陽菜も頷く。

「そんなわけだから、お兄ちゃん。勝負の方法はお兄ちゃんが決めて?」

「え? そうだなあ……」

 妹の刺激的なビキニ姿に気を取られつつ、『僕』はプロデューサー脳を働かせた。

 アイドルの企画でも勝負事は人気がある。

 けれども勝負の内容や結果によっては、グダグダになったり、盛りあがりに欠けたりした。あらかじめ台本で勝敗が決まっている場合は、なおのこと。

 また不公平な采配も、ファンに余計なストレスを与えてしまうのでまずい。

 だからこそ『僕』はこれまでのアイドル活動を参考に、無難な勝負を弾き出す。

「じゃあ、浮き輪で輪投げなんてどうかな? 僕が的になるからさ」

 平凡な和平交渉に陽菜がほっとした。

「輪投げですか……それでしたら、ヒナは賛成ですの」

 恵菜は溜息を交えながら、遊泳場を見渡す。

「エナはレースで、と思ってたのですけど……これだけ混んでいては無理ですわね」

 アクアフロートのプールはどれも広いとはいえ、さすがに客が多かった。その客の一部に過ぎない『僕』たちが、プールを独占し、競争できるはずもない。

 しかし輪投げくらいなら、プールサイドの隅っこで遊べる。

「きゅーともいいよ、それで。輪投げは得意だもん」

 魔法を抜きにしても手品が上手なキュートは、勝負の前から鼻を高くした。

 輪投げ勝負ではキュートに有利か……と『僕』は不安になるも、恵菜が退かない。

「結果がどうなっても、恨みっこなしでしてよ? そうですわね……それぞれ三回ずつ投げて、成功の数が多かったひとの勝ち。ルールはこれでどうかしら」

「恵菜、同点の時は?」

「その際は延長戦で。よろしくて?」

 恵菜のルールに『僕』も陽菜も概ね納得。

「じゃあ、あっちで的になるよ」

 『僕』は妹たちから5メートルほど離れ、直立した。

「お兄さん先輩の身長だと、高さが……」

「少し屈んでもらえませんこと? お兄さま先輩」

「了解。これくらい?」

 そこで腰を降ろし、的らしく背筋を伸ばす。

 輪投げ勝負、まずはキュートから。

「念のため言っとくけど、キュート? 手品は反則だぞー?」

「わ、わかってるってばぁ。お兄ちゃんったら……」

 わかっていなかったに違いない妹が、浮き輪を頭の上まで掲げる。

「いっくぞ~!」

 その左足が踏み込むと同時に、豊満なプロポーションがひとつの躍動を得た。

 フトモモをバネにして、腰を捻りつつ腕を伸びきらせる。

 そして頂点から浮き輪を放つや、今度は反動で身体(爆乳)を弾ませる。

(ほ、ほんとにあれが美玖なの……?)

 アイマスク越しとはいえ幼気な微笑みにも、目を奪われてしまった。

 そのせいで浮き輪の急接近に気付かず、びっくりする。

「――うわあっ?」

 輪投げの的なのに、反射的にかわしてしまった。

 妹がぷくっと頬を膨らませる。

「もお~。おにいちゃんが動いたら、ゲームになんないでしょお? それとも、きゅーととウォータースライダー滑るの、イヤなの?」

「ごめん、ごめん。思ったより勢いがあって……その」

 『僕』が動かなければ得点になっていたコースだけに、ばつが悪い。

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