第380話

 その昼休みのうちに、ぬいぐるみの『僕』はプロデューサーの仕事へ。S女を出るつもりで廊下をフワフワ飛んでいると、一年生のグループに呼び止められる。

「あっ、P先生! 昨日も来てくれなかったでしょ? 体操部」

「ごめん、ごめん。ちょっとお仕事が忙しくってさ」

 よくある内容なので、挨拶だけでスルー。

「えー? それはないんじゃないですかぁ?」

 ところが、グループのひとりが『僕』の行く手を通せんぼした。ほかの面子も距離を詰め、ぬいぐるみの『僕』を包囲する。

 そして内緒話のトーンで、

「私たち、知ってるんですよ? P先生が男の子だってこと」

「……っ!」

 ぬいぐるみの身体から血の気が引いた。いや、血液なんて流れてないけど。

「P先生がそぉんな態度なら、こっちにも考えがあるってゆーかあ」

「ねー? 今後は体操部のこと、贔屓してくんないと」

 この女の子たちは『僕』の正体を知っている。

 女子校に男性がいると、知っている。

 一昨日、体操部の更衣室に拉致された時だ。陽菜(恵菜)とともに『僕』をオモチャにしようとした面々は、その時のことを全部憶えているわけで。

 体操部の更衣室でレオタードの女の子たちに囲まれるのは、また別のお話――。

「私たちと仲良くしましょーね? オニーサン♪」

「……ハ、ハイ……」

 『僕』に拒否権はなかった。


                  ☆


 女の子って恐ろしい。

 SHINYのメンバーもそうだが、女子高生も侮れないようで。

 体操部の一年生は『オニーサン隊』と称し、昨日も『僕』を更衣室へ連れ込んで……。

 こんなモブ男をからかって、面白いのだろうか?

 どうにか窮地を脱するも、『僕』には次なる試練が与えられる。

「え? 土曜日って……じきに試験なのに?」

「は、はい。お勉強も頑張りますので……恵菜も早いほうが、と」

 SHINYの寮にて、『僕』はメイドの陽菜からデートのお誘いを受けてしまった。

 先日のバトルPVでは陽菜に気を揉ませたり、怒らせたりしている。

 姉の恵菜も同様だ。

 そのお詫びとして『僕』は魔法少女の姉妹に、何でもお願いを聞くと約束。

 陽菜と恵菜はそれに則り、デートを要求してきたわけだ。

 もちろんデートとは言葉のアヤみたいなもので、普通のお出掛けと変わらない。『僕』は謹んでデートのお誘いをお受けする。

「じゃあ陽菜ちゃんと、恵菜ちゃんと、僕の三人で?」

「はいっ!」

 一対一でなければ、妙なことにもならないはず。

 そんな『僕』を、SHINYのメンバーは冷ややかに眺めていた。睨むほどには目力が入っていないものの、軽蔑の念はこれでもかと伝わってくる。

「で? 今度はどうやってラブホへ連れ込むわけ?」

「恵菜ちゃんとも途中までしちゃったそうねえ……ラブホテルで」

「女子高生とラブホテルでデートよ? 犯罪だわ、早く死刑にしないと」

「話を飛躍させないでよ! あとラブホから離れて!」

 『僕』が幼馴染みの易鳥とラブホテルにチェックインしてからというもの、里緒奈たちは何かとラブホテルに拘っていた。女の子でもそれなりに興味はあるらしい。

 エッチしたいわけではなく、あくまでラブホテルという場所に。

「ねえ、お兄様? リオナたちがカレンダーにマーク付けてるの、知ってるでしょ?」

「この間の保健体育で教科書読ませたの、まだ根に持ってるの?」

「読まされたのはレンキです! アイドルに、せ、精子とか言わせて……!」

 ちなみに一年一組では妹に読ませた。

 その日はマネージャーとしても口を利いてくれなかった。

 その美玖は今、美香留に勉強を教えている。

「あなた、意外に理数系は強いのね」

「そーお? ママが魔法学はできないから、こっちはやりなさい、ってー」

 この調子なら美香留も期末試験を突破できそうだ。

「そんで? おにぃ、陽菜ちゃんとどこ行くの? ラブホ?」

「ほら! みんながラブホラブホ言うから、マイエンジェルが!」

「美香留ちゃんの評価、高っ?」

 いつものようにグダグダやっていると、陽菜がケータイを差し出してくる。

「恵菜に行きたいところがあるそうですの。お兄さん先輩と一緒に」

「そうなんだ? ……もしもし、恵菜ちゃん?」

 こうやって電話越しに聞く声も、陽菜にそっくりだった。

『ごきげんよう、お兄さま先輩。妹がお世話になっておりますわ』

「こちらこそ。えーと……デートの行き先に候補があるって、聞いたけど?」

『はい。お兄さま先輩は白虎アクアフロートをご存知で?』

 白虎アクアフロート。

 スポーツ方面で幅広く事業を手掛けている白虎グループが経営する、遊泳場だ。人工島が丸ごとプールとなっており、浜では海水浴も楽しめるとか。

「ちょっと遠いけど、シャイニー号なら日帰りで行けるね。いよいよシーズンかあ」

『ええ。そこの招待チケットを三人分、メグレズさんにいただきまして』

 アクアフロートは確か去年、SPIRALが宣伝を担当したはず。有栖川刹那からメグレズを経て、恵菜たちの手にチケットが渡ったのだろう。

『お兄さま先輩もSHINYやKNIGHTSのプロデュースでお忙しいでしょうし、無理に……とは申しませんけど』

「いや、その日は空いてるから。付き合わせてもらうよ、恵菜ちゃん」

 プロデューサーの『僕』としても都合がよかった。

 まさにそのSPIRALにまわしてもらったのが、白虎アクアフロートのキャンペーンライブなのだ。遊ぶことで下見にもなる。

「じゃあ土曜は三人でアクアフロートってことで」

『了解ですわ』

 『僕』はケータイを切り、返すついでに陽菜にも確認。

「陽菜ちゃんもいいよね? 土曜で」

「はい! 楽しみにしてますの」

 一方、SHINYのメンバーは苦悶の表情で歯軋りしていた。

「お兄様とプールでデートだなんてえ……リオナが一番乗りするつもりだったのに」

「本当に油断ならないわね、陽菜ちゃん。陽菜ちゃんの苦手なところは、恵菜ちゃんがアシストしてくるのも……」

「初デートにいきなりプールよ? プール。陽菜ってこんなに大胆なの?」

 けろっとしているのは天使の妹だけ。

「いいなあ、プール。おにぃ、ミカルちゃんとも行こ?」

「夏休みは旅行だって行くでしょ? アクアフロートも、近いうちにSHINYのお仕事で行けるからさ」

「そーなんだ? じゃあミカルちゃん、お留守番してよーっと」

 悪魔の妹がぎろっと『僕』をねめつける。

「変態。死ね」

 はあ……お兄ちゃんっ子の可愛いキュートに会いたいなあ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る