第379話
例のバトルPVは、その夜のうちにマーベラスプロへ提出。
スタッフが唸るほどの出来で、編集作業は急ピッチで進められる。
アニメの制作サイドからも迅速に快諾をもらえたおかげで、撮影の二日後には専用チャンネルで配信が始まった。
このフットワークの軽さも『僕』のプロデュースならでは。
「シャイPには毎度、驚かされます。一体どんな手品を使ったんですか?」
「綾乃ちゃんもできるようになるよ。割と近いうちに」
そしてバトルPVは、配信の初日にして早くもトレンド入りを果たした。
視聴者はSHINYや『ユニゾンヴァルキリー』のファンに限らず、この一日でもう30万回も再生されているほど。週末には100万に届く見込みだ。
その反応も好評に次ぐ好評で、次回作の要望まで聞こえ始めている。
『めちゃくちゃカッコいいじゃん! ユニゾンジュエル!』
『これって特撮? いくらくらい掛かったんだろ』
『美玖ちゃん完全になりきってるな、これ』
『相手の魔法少女はオリジナルらしいぞ。すっげークオリティ!』
何しろ変身ヒロインと魔法少女のガチバトルだ。
仮に自力で撮ろうものなら、資金も人材も惜しみなく投入することになるだろう。もはや映画を製作するのと変わらず、マーベラス芸能プロダクションが認めない。
しかし『僕』の魔法なら、話は別。
ほんの十分足らずで撮影を終え、スタッフの仕事は細かい調整だけ。
「切って繋げただけっすよ。ほぼ完成してましたんで」
「メイクもアシスタントもなしに、なんでこれが撮れるんすか?」
おかげで、PVはあっという間に完成して。
SHINYのファンもアニメのファンも大いに盛りあがっていた。
お昼休みは水泳部の部室で、SHINYのメンバーも噂のPVを眺める。
「郁乃ちゃんと依織ちゃんが撮ったんでしょ? やっるぅ~」
「すごいわねえ。配信が始まったのは今朝なのに、もう30万だもの。30万」
「これができるから、P君にトドメをさせないのよ……」
特撮ヒーロー好きの美香留も、実写ならではの臨場感に大興奮。
「いいな、いいなっ! おにぃ、ユニゾンダイヤでも撮ろーよぉ、これ!」
「でも美香留ちゃんは魔法が使えないんでしょう?」
「やりようはあるよ。美香留ちゃんは加入が遅かったし、先に撮るのはいいかもね」
プロデューサーの『僕』としても、予想以上の成果だった。
サブカルチャーにおいては普通、コスプレは歓迎される一方で実写化は敬遠される。特に少年漫画の場合、安易な実写化は原作のイメージをぶち壊してしまうからだ。
ところが昨今の邦画界は自前で映画を作れなくなり、何かと人気漫画の実写化に頼るようになった。そのほうが社内で企画が通りやすいのだろう。
原作など二の次、三の次で、キャラクターの改変などは当たり前。
演技指導も行き届いておらず、それこそ『学芸会』と揶揄されるような出来の映画が、原作の知名度におんぶに抱っこで上映される。
そういった事例が連続していることもあって、実写化は叩かれやすい。
だから『僕』は今回、あくまでコスプレの延長線上にあるものとして、このバトルPVを持ってきた。
ファンがコスプレイヤーに『原作の決めポーズをお願いします』と頼むのと同じだ。すでにコスプレを前提として受け入れているので、その要望には純粋な期待がある。
それを『僕』はこうした。
原作と同じように戦ってください、と。
つまり原作ファン、コスプレファンの欲求に即した形で、実写化を提供したわけで。
「これで、夏休みの活動にも弾みがつくんじゃないかな」
ぬいぐるみの『僕』は机の真中で胸を張る。
里緒奈が勝気な笑みを浮かべた。
「この勢いでSHINYをじゃんじゃんアピールしようってことね? Pクン」
「アルバムの収録も近いし、勢いに乗るのはナナルも大事だと思うわ」
菜々留も嬉しそうに微笑む――が、そこで恋姫が一言。
「ファーストアルバムの収録は試験期間中よ? 忘れないで」
「「ぎゃふん!」」
里緒奈と美香留が一緒に突っ伏す。
「ど、どうしてそう、恋姫ちゃんはリオナに嫌なこと思い出させるわけ?」
「カレンダーを見るたび思い出しなさい」
「おにぃ! 恋姫ちゃんが~」
「僕の立場じゃ『勉強も頑張ろうね』としか言えないってば」
SHINYのアツい夏はすぐそこまで来ていた。
ただしメンバーの前には、期末試験という壁が立ちはだかっている。
菜々留にも腹を括ってもらうほかない。
「ところでナナル、さっきから気になってるんだけど……」
その視線が、部室の隅っこで小さくなっているマネージャーへ向けられた。
「美玖ちゃん、いつまでそうやってるの? お昼、食べないの?」
「……………」
S女の話題も今やユニゾンジュエルのPVで持ちきり。当事者のコスプレイヤーがいるものだから、一年一組には大勢のファンが詰めかけたとか。
人気のありすぎる妹が両手で頭を抱え込む。
「兄さんのせいよ、全部……うぅ、ミクの平穏な高校生活はどこへ……」
「ドンマイ、美玖っ!」
「Pクン? 逃げたほうがいいんじゃない?」
戦え、ユニゾンジュエル!
SHINYがトップアイドルの栄冠を手にする、その日まで――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。