第378話

 今までのことにも合点が行く。

「じゃあ中学の時、僕に接触してきたのも……親善大使の仕事のため?」

「はい。少し興味もあって……その」

 陽菜が口ごもる部分は、また恵菜が代弁した。

「先月、メグレズさんから指示が来ましたのよ。少し気に掛ける程度でいいから、あなたをマークしなさい、と。メグレズさんには別段、他意はないようですけど……」

「なるほどね」

 納得しつつ、ちょっぴりガッカリもしてしまった。

 陽菜のような美少女が、人間の時はモブ同然の『僕』に声を掛けてくるなど、おかしいと思ったのだ。メグレズの指示だったのなら、彼女の行動にも説明がつく。

 そうとわかると、気恥ずかしくなってきた。

「やっぱりなあ。一目惚れみたいに迫られたのも、そういうことか。ちょっと僕、勘違いしちゃってたよ。陽菜ちゃんに異性として好意を寄せられてるんじゃないかってさ」

「……………」

 全員が意味深に沈黙する。

 ……あれ? スベったかな?

 『異性として』なんて言ったのが、わざとらしかったか。

 当事者の陽菜が唇をへの字に曲げた。

「ヒナ、やっぱりお仕置きします。どれをお借りしていいんですの?」

「ハンマーにしとく? ムチもあるわよ、競馬の」

「ヒイッ?」

 里緒奈があっさり乗馬鞭なんぞを陽菜に渡すものだから、『僕』は戦慄。

「力宿りし覇者の剣オーディンはだめだぞ?」

「ギザギザの上で正座させるとか、そーゆージワジワ系のが、おにぃには効くよぉ?」

「易鳥ちゃんも美香留ちゃんも! 止めて? 陽菜ちゃんを止めて!」

 命乞いの甲斐あって、陽菜にシバかれることだけは避けられましたとさ。お姉さんの恵菜には結局、二発ほどいただきましたが。

「あとの一発は、ラブホテルでの狼藉の分ですわ」

「これより処刑を始めまーす」

「ア~~~ッ!」

 『僕』はさらに高い位置に吊るされ、遠い目で皆のつむじを眺める。

 そんなお兄ちゃんのピンチも意に介さず、妹は平常運転。

「兄さんは今、SHINYの夏のことで頭がいっぱいなのよ。だから今夜も、わざわざあなたたち姉妹の決闘に応じたわけね。陽菜が怒ってるのを知ったうえで」

「で、でもチャンスだったから……」

 振り子のように揺れながら、『僕』は正直な気持ちを打ち明ける。

「それにさ? 陽菜ちゃんの意志はどうあれ、キスはできなかったと思うよ。陽菜ちゃんのだってファーストキスでしょ? そこは大事にして欲しいんだ」

「お兄さん先輩……」

 陽菜は胸に両手を当て、その言葉に聞き入っていた。

(まあ耳とかうなじを舐めるのは、しょっちゅうだけど……キスじゃないもんね)

「菜々留、そっちの日本刀貸して。P君を布と綿に還すわ」

「それならハサミのほうがいいんじゃないかしら」

「な、なんでまた急に怒るの? 恋姫ちゃん、最近やけに怒りっぽいぞ?」

 まだ恋姫や里緒奈は殺気立っているものの、天使が『僕』を助けてくれる。

「もういいっしょ? おにぃも反省してるんだし。陽菜ちゃんと……恵菜ちゃん? ふたりもおにぃに何かでお詫びしてもらって、この件はおしまい! ね?」

「美香留ちゃあ~ん!」

 もう美香留ちゃんと結婚しようかなあ。

 恵菜が奥ゆかしい物腰で嘆息する。

「勝負に負けたのは、こちらですもの。今回のところはそちらの言い分に従いますわ」

「ヒナも……その、お兄さん先輩がお願いを聞いてくれるんでしたら……」

「それでキスをお願いしたら、どうなるんデス?」

「あにくんの処刑が再開される」

「ヒイッ!」

 またも逃げ惑う『僕』の首根っこを、易鳥が掴みあげた。

「お前は変身を解け。そんなナリだから毎回、話が拗れるんだぞ」

「え……そうなの?」

「うんうん」

 全員が息ぴったりに頷く。

 女子10人に対し、男子は『僕』ひとりだけ。反論の余地などあるはずもない。

「ふう~。ついでに着替えてきたよ、お待たせ」

 改めて『僕』が人間の姿でリビングへ戻ると、皆がソワソワし始めた。

「ずっと男の子でいられても困るけど……お兄様はこっちのほうが断然いいわね」

「主導権を奪われても、許せちゃう気がするわ。うふふ」

「中身も変わってますよね? お兄さん」

 この姿ならハンガーラックに吊るされもしないので、安全だ。

 『僕』はソファーの中央に腰を降ろし、魔法少女の姉妹に話を持ち掛ける。

「ところで……今夜のバトルを見てて、思ったんだ。陽菜ちゃん、恵菜ちゃん、SHINYのゲストメンバーになってくれないかな?」

「……え?」

 陽菜も恵菜も同じ顔立ちに疑問符を浮かべる。

「たまにマネージャーの美玖が出演する枠のことだよ。コスプレ系の企画も、魔法少女がいてくれたら幅が広がるしさ」

 横から里緒奈が身を乗り出した。

「面白そうじゃない! 一緒にお仕事できるなら、リオナは大歓迎っ!」

 郁乃とゲームで遊びながら、美香留も。

「よくわかんないけど、ミカルちゃんも賛成ぇ~」

「あっ? そのパワーアップはイクノちゃんがもらおうと……」

 KNIGHTSの依織が手を挙げる。

「ついでにイオリからもひとつ。いいかな? あにくん」

「うん。どうぞ」

「KNIGHTSは今、三人でケイウォルスの近くに部屋を借りてるんだけど。こっちでも恵菜にメイドさんをやってもらえると、助かる」

 易鳥が自分の意見とばかりに首肯した。

「だな。郁乃がすぐ散らかすし」

「脱ぎ散らかしてるの、いつも易鳥ちゃんじゃないデスか」

「この間も、綾乃さんの同期? ってひとが様子を見に来て、色々言われてね」

 KNIGHTSのメンバーが炊事洗濯をしている姿は、『僕』にも想像できない。易鳥がお菓子を作ったあとのキッチンくらいは片付けるにしても。

「僕のほうからも頼むよ、恵菜ちゃん。都合がつけばの話だけど」

「お給料も出るよね? あにくん」

「もちろん。ゲストメンバーの件もギャラは出すから」

 陽菜がおずおずと尋ねてくる。

「あの……じゃあ、ヒナは引き続きSHINYのみなさんを、ということですの?」

「僕はそのつもりだよ。さっきのゲストメンバーの話も含めて、ね」

 魔法少女の姉妹は小声で相談し、間もなく結論を出した。

「わかりました、お兄さん先輩。ヒナ、これからも頑張っちゃいますの」

「エナもメイドにせよ、ゲストメンバーにせよ、SHINYとKNIGHTSと……お兄さま先輩のため、力の限りを尽くしますわ」

「ありがとう! ふたりとも」

 『僕』は人間の手で陽菜、恵菜と握手を交わす。

「これからもよろしくね」

「は、はいっ! はいですの!」

 陽菜のほうはわざわざ両手で包むように握り返してくれた。

 いつもの三人が『僕』にジト目を向ける。

「お兄様、ほんとは自覚してるんじゃないの?」

「本当にニブいから厄介よねえ、お兄たまは……ナナルのことも焦らしてばっかり」

「ぬいぐるみに変身してくれませんか? 処刑したいので」

 美香留は郁乃とゲームで奮闘中。

「こんの、こんのっ!」

「形勢逆転デス! ……おおっと? テレポーター?」

 そしてマネージャーの美玖は頬を染め、何やらモゾモゾしていた。

「なんだって、こんな副作用があるのよ? エリクサーも……」

 『僕』もはたと思い出し、青ざめる。

 しまった……副作用があるから、今夜はぬいぐるみに変身していたわけで。

 クスリによるムラムラってすごいんだなあ……。

 その夜はギンギンで眠れなかったよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る