第376話

 マジカルラズリとマジカルラピスは満身創痍で息を切らせている。魔法少女のドレスもシュレッダーに掛けられたかのように滅茶苦茶だ。

 マジカルラピスが膝をつく。

「こ、これほどに強いなんて……恐ろしいですわ、ユニゾンジュエル……!」

 マジカルラズリはさらに両手もつき、四つん這いの姿勢でうなだれた。

「もう……これ以上は、はあ、戦えませんの……」

 一方、ユニゾンジュエルは月明かりの下、威風堂々と佇む。

「……終わったね」

 気高く、そして凛々しかった。

 アニメのユニゾンジュエルそのものだ。妹もコスプレイヤーとして感無量のはず。

 と――そんな妹に見惚れていたせいで、忘れるところだった。

「カーーーット!」

 突然の『僕』の大声に、ユニゾンジュエルも魔法少女たちも目を点にする。

「……え?」

「急にどうしたんだ? お前……」

 ぬいぐるみの『僕』は易鳥の腕の中から抜け出し、前へ。

 郁乃と依織がハンドカメラを片手に駆け寄ってくる。

「にぃにぃ~。やりました、大成功デス」

「こっちも任務完了。褒めて」

 美玖はさらに大きな疑問符を浮かべた。ユニゾンジュエルから素の自分へ戻り、いつもの疑惑(と軽蔑)のまなざしで『僕』をねめつける。

「兄さん? 一体何をやってたのよ。これは兄さんのキスを賭けた戦いで……」

「うん? それは最初から断るつもりだよ。僕のファーストキスは別にいいけど、陽菜ちゃんや恵菜ちゃんのファーストキスは大事にしてあげたいからネ」

 そう。もとより『僕』に唇を奪われる気はなかった。

 そのキスで彼女たちの唇を奪う気もない。

「こんな戦いでファーストキスを決めるなんて、変でしょ?」

「それはわかる話だけど……じゃあ、郁乃たちには何をさせてたっていうの?」

「あー。撮影」

 郁乃と依織が得意げにハンドカメラを掲げた。

「イクノちゃんと依織ちゃんで、さっきのバトルを撮ってたんデス」

「ユニゾンジュエルのコスプレで、ド迫力のバトル……これはすごいかも」

 美玖も、易鳥も、魔法少女たちもぽかんと大口を開ける。

「……は?」

「だからー、撮影だってば。企画の」

 数ヶ月ほど前、SHINYは大人気のアニメ『聖装少女ユニゾンジュエル』の宣伝部長に選ばれた。聖装少女に扮するメンバーのコスプレもすこぶる好評だ。

 声優陣からのお墨付きもあって、コスプレ界でも知名度は徐々に上がってきている。

 このチャンスを逃す手はない――そんな折、『本物の魔法少女』が現れた。

 だったら、こちらも『本物の聖装少女』で対抗してはどうか?

 マジカルラズリとマジカルラピスは、コスプレ企画用のオリジナルキャラクターとして扱えば問題ない。むしろそのほうが使いやすいわけで。

「で、でしたら……お兄さま先輩が、この場所を指定したのも?」

「夜景をバックに戦ったら、カッコいいと思ってさ。マーベラスプロのビルだから、二つ返事で貸してもらえたし」

 本気で怒っている陽菜には申し訳ないものの、これは超絶ハイクオリティのPVを撮影する、千載一遇のチャンス。だからこそ『僕』は決闘に応じたのだ。

 ユニゾンジュエルの恰好で美玖がわなわなと震える。

「そんな話……ミクはたった今、初めて聞いたんだけど……?」

「え? 言ったぞ?」

 ぬいぐるみの『僕』はきょとんとした。

「僕のためじゃなくSHINYのために戦って欲しいって。憶えてないの?」

 後ろから易鳥が『僕』を抱えあげる。

「そうだな。イスカも憶えてるぞ、確かにそんなことを言っていた」

「でしょ? ほらね、美玖」

「……………」

 真正面で、ユニゾンジュエルがぐるんぐるんと右腕をまわした。

「易鳥。しっかり押さえてて」

「うむ」

 そして拳を硬く握り締め――乾坤一擲のコークスクリューを放つ。

「わかるわけないでしょーーーがっ!」

 捻りの利いた、まさにドリルを押し込むような一撃だった。

 しかし聖装少女の使う技ではない。ましてや、マスコットのぬいぐるみを相手に。

 ぬいぐるみのお腹が凹んで、その衝撃は背中にまで貫通。

 あとはもう……おわかりですね?

「んぶっびゃらぶ!」

 『僕』は放物線を描いて飛び、夜空のお星様に仲間入りを果たす。

 キラーン、と。

「にぃにぃのやられっぷりも撮っとくデス」

「でも断末魔がアレじゃ、ね……。バイバイキンくらいは言わないと」

 そういう立ち位置のキャラだったんですね、『僕』って……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る