第374話

 花びらのような唇が綻び、声音を透き通らせる。

「お兄さん先輩、ヒナに言いましたよね? 初体験は妹の美玖さんだ、って」

「えっ? そ、それは……」

 狼狽のあまり『僕』はぬいぐるみの顔に冷や汗をかいた。

 易鳥たちがジト目で『僕』の背中を睨んでいるのが、振り返らずともわかる。

「お前……そのうち妹に手を出すだろうとは思っていたが、やはり……」

「にぃにぃの一番は美玖ちゃんなんデスね。性的な意味で」

「あにくん……いつの間にそこまで症状が……」

 あと、振り返るのが怖い。

「に、い、さ、ん? ミクと、な、に、を、す、る、って……?」

 ファーストキスを奪われまいとする男子が、初体験は妹を候補にしているのだから。

 背後の魔王に肝を冷やしつつ、『僕』は正面の陽菜に弁明する。

「あっあれは! びっくりさせようと思って、その」

 対する陽菜は、怒りにますます声を震わせた。

「わかってますの。ヒナを諦めさせようと、あんな嘘をついたんですよね? ですけど……妹さんが一番だなんて言われて、納得できるわけありませんのっ!」

 恵菜もマジカルラピスに変身し、マシンガンを構える。

「女の子をバカになさったこと、とことん後悔させてあげますわ! エナにあんなことをした分も含めて、覚悟はよろしくて? お兄さま先輩!」

『あんなこと? Pクン、あっちの子には何をしたわけ?』

「そ、それどころじゃ……!」

 ギャラリーと応答の間もなく、決戦の火蓋は落とされた。

 マジカルラズリ(陽菜)とマジカルラピス(恵菜)が鏡写しのように動き出す。

「お兄さん先輩のファーストキスはヒナが絶対、いただきますの!」

「でしたらエナと競争ですわ! 早い者勝ちでよろしくて?」

 さすが双子、息ぴったりだ。

 易鳥は間合いを取りながら、美玖を急かす。

「来るぞ、美玖! 早く構えろ!」

「美玖って呼んじゃだめデスよ! 易鳥ちゃん」

「そう……今のあの子は美玖じゃない。あにくんの妹でもない」

 しかし依織と郁乃は冷静だった。

「「聖装少女!」」

 美玖が俯き、長い息を吐く。

「ったく、しょうがないわね……ううん、しょうがないね」

 その口調が変わった。

 純白のスクール水着が夜空を染めるほどに光り輝く。

「ライオットソード、召喚!」

 一対の剣が瞬時に実体化し、彼女の両手に電流をまといつつ収まった。

 あれこそがユニゾンジュエルの武器、ライオットソード。

「行くよッ!」

 スタートダッシュの反動が、後方に圧の波紋を残す。

 それが突風を巻き起こし、ぬいぐるみの『僕』は危うく引きずり込まれそうに。

「うわああっ?」

「イスカに掴まってろ! ……あれが、本当に美玖なのか?」

 易鳥は『僕』を抱えるとともに、一直線の閃光に目を凝らした。

 金色のそれが魔法少女たちの中央を抜け、垂直に跳ねあがる。そして夜空の月をバックに浮かぶ、聖装少女のシルエット。

「と、とんでもないスピードですわ……!」

「撃って、恵菜! 撃つの!」

 マジカルラズリのライフルが、マジカルラピスのマシンガンが火を噴き始める。

 しかし弾丸はシルエットに掠りもしなかった。

 ユニゾンジュエルは左右の剣を大きく振りかぶり、それを振りきるとともに前へ。剣を振った際の反動を、前転に上乗せし、初速からトップスピードを獲得する。

 さらには、その回転によって生じる遠心力で、跳躍。

 デタラメに飛びまわっているかのようで、実際は動きのすべてが計算されている。

「も、もう後ろに……?」

「遅いッ!」

 目で追って撃つだけでは、当たるはずもなかった。

 最大加速に達するのが速すぎる。

 マジカルラズリはライフルで狙うに狙えず、マジカルラピスは無駄弾を撃つばかり。

マジカルラピスのほうが躍起になり、強引に追いかけようとする。

「そちらへ追い込みますわ!」

「お、お願い!」

 しかし一瞬の攻防でユニゾンジュエルの評価を改めたらしい。

 魔法少女の姉妹は阿吽の呼吸で、縦横無尽に飛びまわる相手に追い込みを掛けた。

 マジジカルラピスがマシンガンを二丁にして、一気呵成の斉射を畳みかける。

「逃がさなくてよ! そこですわ!」

 弾幕は左右で扇状に広がり、ユニゾンジュエルの行動範囲を確実に狭めた。

 さらにマジカルラズリがランチャーを取り出し、ホーミング弾を発射。ユニゾンジュエルの後方をキープし、後退を不可能にさせる。

 にもかかわらず、ユニゾンジュエルはバックステップで後ろへ逃れた。

「だから『遅い』って、言ってるでしょ」

 ホーミング弾をすれ違いざまに両断し、爆発するよりも早く今度は真上へ。二本のライオットソードで鋭い傘を作り、弾幕の真っ只中を最小のダメージで突っ切っていく。

 鮮やかな戦いぶりに易鳥が唸った。

「いい判断だ! 無理にかわさず、弾幕の薄いところを抜けたか」

 バトルシーンに定番の解説、ありがとうございます。

 実のところ、『僕』の目ではユニゾンジュエルの動きを追いきれない。認識阻害で光や音を封じるだけで精一杯だ。

「ユニゾンジュエル! 相手は色んな武器を持ってるぞ、気をつけて!」

「うん! 任せて!」

 妹は今、ユニゾンジュエルになりきっている。

 一体感に酔いしれている、と言ってもよいかもしれなかった。

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