第373話
そして9時。
『僕』と美玖はエリクサーで魔力を回復させ、魔法少女との決戦へ臨む。
場所はこちらの指定で、マーベラス芸能プロダクションの本社ビル、その屋上だ。高所ならではのお腹の底が冷える恐怖はあれ、煌びやかなネオンの夜景を一望にできる。
ここへ来たのは、まず『僕』と美玖。
強情な易鳥とともにKNIGHTSの依織、郁乃も参加となった。
「どうしてあなたまで来たのよ? 里緒奈たちでさえ留守番してるのに」
「イスカも当事者みたいなものじゃないか。最後まで見届けさせてもらうぞ」
「里緒奈ちゃんも寮で観戦はしてるよ。ほら」
宙にメンバーのビジョンが浮かぶ。
『頑張ってね、美玖ちゃん! Pクンも』
『でも無理はしないでね? 陽菜ちゃん、今夜は本気みたいだもの』
『ライブとは逆ね。美玖を応援するしかないなんて……』
里緒奈たちも同行したがったものの、美玖が許さなかった。
それもそのはず、妹はすでにユニゾンジュエルのコスプレで。ユニゾンヴァルキリーなのだから当然、恥ずかしいことこの上ない白色のスクール水着を着用している。
「ケイウォルス学院のスクール水着も白色なんデスよ? にぃにぃ」
「うん。知ってる」
「どうして今、マジ声で言ったの? あにくん」
『僕』も今夜は魔法を多用するため、ぬいぐるみに変身済みだ。
初夏の夜空を仰ぎながら、易鳥が不安を吐露にする。
「なあ、お兄ちゃま。やはりイスカも一緒に戦ったほうがよくないか? 美玖を信じていないわけではないが、相手はふたりだ。こちらも同じ数で……」
「気持ちだけ受け取っておくよ。でも」
と言いかけたところで、依織が口を挟んだ。
「易鳥もユニゾンヴァルキリーになりきって戦えるんなら、構わないけど。そうじゃないなら、美玖のなりきりプレイをかえって阻害しかねないってこと」
「う、うむ……わかるような、わからんような……」
今夜は美玖ではなく聖装少女『ユニゾンジュエル』の戦いだ。美玖がユニゾンジュエルになりきるためにも、雑音の類はできる限り遮断しておかなくてはならない。仮に連携するなら、その相手もいずれかの聖装少女になりきっている必要があるわけで。
「頼んだぞ? 美玖。陽菜ちゃんと恵菜ちゃんを止めてあげて」
「はいはい。やるだけやってあげるわ」
美玖はぶっきらぼうに答えるものの、ユニゾンジュエルへのリスペクトか、コスプレには気合が入りまくっている。
緊張感のない郁乃が『僕』に確認を取った。
「にぃにぃ~。イクノちゃんと依織ちゃんは、いつからデス?」
「何の話よ? 兄さん」
「あとで教えるよ。依織ちゃんもサポートよろしく」
「了解」
今夜の激戦を想像するだけで、ぬいぐるみの胸も高鳴る。
(あとは伸るか、反るか……!)
やがて約束の時間を過ぎ――問題の姉妹はそれぞれの制服を着て、階段を昇ってきた。
姉の陽菜はS女のセーラー服、妹の恵菜はケイウォルス学院のブレザーだ。
先に恵菜のほうが前に出て、『僕』たちに会釈する。
「こんばんは、お兄さま先輩。今夜は月が綺麗ですわね、とっても……うふふ」
その挨拶に便乗するかのように、夜空の雲間から金色の月も出てきた。
恵菜の後ろから陽菜も歩み出て、ぬいぐるみの『僕』と相対する。
「お兄さん先輩。この勝負に勝ったら、本当にヒナにくれるんですのね? お兄さん先輩の、正真正銘のファーストキスを」
愛の囁きには程遠い、宣戦布告たる響きだった。
『僕』はたじろぎながらも、真正面の陽菜に問いかける。
「陽菜ちゃん、やっぱり……怒ってる?」
「はい。すごく怒ってますの」
形はどうあれ、ラブホテルで『僕』は彼女に恥をかかせてしまった。
陽菜にしてみれば、一世一代の勇気を振り絞ったアプローチ。にもかかわらず、『僕』にまんまと逃げられてしまったのだから。
気丈な恵菜が姉の気持ちを代弁しようとする。
「お兄さま先輩が一目散に逃げたりするからですわ。陽菜だって――」
「違うの。恵菜」
それを制し、陽菜は自分の言葉で語った。
「ヒナが許せないのは、お兄さん先輩がヒナを遠ざけたくって、嘘をついたことですの」
ビジョンの向こうで里緒奈たちがうんうんと頷く。
『嘘つきだもんねー、お兄様。リオナにイイ顔しておいて、裏で二股、三股……』
『弄ばれちゃったわねえ、ナナルたち……ナナルもお兄たまで遊んだけど』
『××は自分じゃできないっていうのも、嘘でしたね』
あのね? 今はそういう空気じゃないから。
隣の易鳥が眉根を寄せる。
「お前、あいつに『デビューさせてやるから言うこと聞け』とでも言ったのか?」
「言ってない! そこまでは堕ちてないからね?」
「そうじゃありませんの」
これだけ周りに茶化されても、陽菜の表情は硬かった。
「お兄さん先輩、ヒナに言いましたよね? 初体験は妹の美玖に決めてるって」
「……はい?」
その唇が大きく開いて、呪文を唱える。
「ミラクル・マジカル・アーップ!」
彼女を中心に、俄かに夜空の色が遠ざけられていった。虹色の光が螺旋を描きつつ、陽菜の身体を滑り落ちていく。
セーラー服は粒子となって散り、瞬く間にサイズぴったりのドレスが生成された。
手袋とブーツも同じように形を得て、光沢を帯びる。
ピンク色のスカートが翻り、パニエがフリルの花を咲かせた。
可憐な装いの魔法少女――ところが、その肩に担いだのはスナイパーライフル。
「マジカルラズリ、参上ですの!」
そこに彼女がいるだけで、空気の色が変わったように思えた。
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